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ショートフィルム【今日もコレカラ/第616回】

パリのメトロにて。

少し離れた場所に座る黒人のブレーズの女の子が、目の縁を赤くしていた。
涙は落ちそうで落ちない。絶対にこぼしてやるもんかという強い意志を感じるほどに、その唇は引き結ばれていた。
きっと、その内側で血が出るほどに歯を食いしばっているのではないだろうか。

歳は15、16歳くらいだろうか。
何がそんなに悲しいんだろう。
いや、きっと悲しみの涙じゃない。
だったらもう少し素直に涙をこぼしたはずだ。
恋人に振られたとか、喧嘩したとかでもなさそうだ。
デート帰りにしては持ち物が少なすぎる。
ケータイすら入らなさそうな小さなチェーンバッグひとつで、
彼女はどこから乗り、どこに行こうとしているのだろう。

表面張力を超えて、ぽろりといきそうでギリギリいかない涙を
私は、サングラスの奥からずっと見ていた。

2駅超えたところだったろうか。
突然、その視界にずずっと大きな影が入りこみ、
彼女の目をごしごしとティッシュで拭こうとした女性がいた。
その救済の手を、彼女は無表情で、しかしはっきりとした仕草で払いのける。

ああ、親子喧嘩か、と納得する。

母親らしき女性は彼女にいくつか声をかけるが、そのどれにも、彼女は反応しない。
目を合わせようともしない。
母親はついには諦め、彼女の手にティッシュを押し込んで、
自分は後ろの席に戻って行った。
それからも彼女は、その押し込まれたティッシュを、握るでもなく捨てるでもなく
ただただ、目の縁をさらに赤くしている。

映画みたいだな、と思う。
どこかに監督がいて、カメラマンがいて
彼女のこの演技を望遠で狙っていて
そのうちカットの声がかかるんじゃないかと思ったくらいだけれど
私が降りる駅まで、彼女はぴくりとも動かず
そして彼女の涙はずっと持ち堪えていた。

駅名を確かめるふりをしてそっと後ろを振り返り母親の表情を見たけれど
母は母でまた、何かに耐えるような目をしていた。

映画みたいだな、と再び思う。
人の人生なんてみんな、映画みたいだ。

彼女たちは、同じ駅で降りたのだろうか。
同じ家に帰ったのだろうか。
今夜何を話すだろう。

通りすがりのショートフィルム。

みんな誰かのショートフィルム。

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※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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