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月にまつわるポッドキャストが教えてくれる、目に見えないけどそこにあるもの『月の立つ林で』

「こんなはずじゃなかった」「人生思い通りにいかないな」「こんな自分、まわりの人も好きじゃないだろう」「誰の役にも立てていない」……この中でひとつでも、心当たりのある感情があったとしたら、これはあなたのための本だ。

私もまさにこのところ、孤独感や無力感にさいなまれていた。この3年ほど、コロナ禍だとなげくよりは、なるべく楽しみを見つけるようにしてきたと思う。できなくなったことが増えたけどそれはみんな同じだし、言葉にしたら余計につらくなりそうだったから。それよりは、今まで恵まれていたことに感謝して、明るいほうに目を向けたかった。

そう思っていても、いつでも前を向いていられるわけではない。表に出さないようにしているだけで、日々不安はつきまとう。体調を崩したり、新しく始めた仕事が難しかったりと、落ち込むことが重なって、明るさより暗さの割合のほうが勝ってしまうタイミングがきた。もともと友達は多いほうだったけど、声をかけてごはんやお茶……なんてことができない期間を経て、なんとなく声をかけづらくなってしまった人が結構いるなと気づいて落ち込んだ。コロナ禍にフリーランスになり、何とかやっているが、できていることよりできていないことにばかり目がいってしまう。

この物語は、5つの物語からできている。5人の主人公たちもそれぞれ、やるせなさや孤独を抱えている。長年勤めた病院を辞めた元看護師、夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを覚える二輪自動車整備士、親から早く自立したい女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。特に元看護師・怜花の、前職でうまくいかず自信を失うところや、アクセサリー作家・睦子の家族の生活音が気になって仕事に集中できないところなどは、すごくわかるなと思った。

「竹林からお送りしております。タケトリ・オキナです。かぐや姫は元気かな」

5つの話すべてに出てくるポッドキャスト『ツキない話』の、お決まりのあいさつ。「かぐや姫」の物語を知っている人なら、すぐにピンとくるだろう。タケトリ・オキナはかぐや姫に出てくるおじいさんで、タイトルは「月」と「尽きない」をかけている。毎朝更新されるこの番組は、月が好きな男性が、天体に関する豆知識を話しながら、それにからめてちょっと前を向けるような言葉をかけてくれる。5人の主人公たちは、うまくいかない日常の中で、『ツキない話』に励まされていく。

2話目で気づくと思うが、5つの話の世界は絶妙につながっている。それぞれの話の中でも、別の話の中でも、主人公たちと読者はタケトリ・オキナが語る新月のように「見えないけどそこにある」ものに気づいていく。それは人との関係や、心のつながりだ。家族に嫌われている、ひどいことをしたと思っていても、実際相手が思っていることは違うんだと気づく。ちょっと苦手だと思っていた人が、実はいい人だった。読者しか気づかないが、みんな知らないうちに知らない誰かを励まし、助けている。そんな、じんわり心が温まるような発見にあふれている。

特に印象的だった言葉を2つだけ挙げる。どちらもまわりの人との関係について思い当たる言葉でハッとした。

「私がいるよってことだけ、知ってほしかったの。(中略)私がいるよっていうのは、あなたがいるよって伝えるのと同じことだと思うの」

「当たり前のように与えられ続けている優しさや愛情は、よっぽど気を付けていないと無味無臭だと思うようになってしまうものなのよ。透明になってしまうものなのよ。それは本当の孤独よりもずっと寂しいことかもしれない」

世界のつながりに気づきつつも、5つ目の話で想像していなかった真実が発覚して、2か所で泣いてしまった。物語の中でそのとき起こった出来事やセリフに泣くというのはよくあることだが、物語全体のつながりに気づいて心が震えるというのは、初めての体験かもしれない。

この本、表紙カバーと帯のエンボス加工の美しさも魅力的なので、書店でカバーをかけてもらったとしても、一度外して見てみてほしい。そして物語を読み終わった後にあらためて表紙を見ると、また別の気持ちがあふれると思う。私はなんだか愛おしくなって、表紙を指でなでてしまった。もしかしてそのためにこういう加工にしたのかと思うくらいだ。自分には何もないわけではなく、あるものに気づけなくなっているだけ。目に見えなくても、つながっているものはある。そう信じよう、気づける自分になりたいと思えた。今度晴れた日に、夜空を見上げて月を探してみよう。

文/ぐみ

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