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書くときに、どこまで「脱ぐ」か【今日もコレカラ/第889回】

先日、幻冬舎plusの連載『50代を迎え討つ!』で、「リッツ・カールトンと入れ歯」と題した原稿をアップしてもらった。
この内容に関して、友人知人からの反響が大きかった。

その中に、「さとゆみの脱ぎっぷり!」とか「ここまで書く覚悟がすごい」とか、「自己開示すさまじい!」というコメントがいくつもあった。
それで、「ああ、そうなのか。これ、脱ぎっぷりよい感じ(自己開示しているように)に見えるのかあ」と思って、新鮮だった。

じつは、『50代を迎え討つ!』は、私にとっては、一番気が楽に書ける内容だ。

なにせ、自分のことしか書いていないから、人に迷惑をかけない。家族や友人を巻き込む心配もない。
disられることがあっても、自分のことだから別に気にならない。一番、脱ぎやすい。脱いだ結果、笑われても、別にいい。というか、笑ってほしい。

書籍レビューなどとも違って、自分の「思考」ではなく自分に起こった「出来事」を書いているだから、それも気楽だ。
自分が考えたことを書くときは、それがわかりやすいか、相手にとっても意義があるかなど考えながら書くので、だいぶ脳を使う。書いたあとも「もっとうまく書けたのでは」とうじうじする。
こちらのほうがよっぽど自己開示している気がしているし、脱いでる感じがする。すごく恥ずかしいし、ダサいこと書いてしまうと落ち込む。
脳内を脱ぐほうがよっぽど恥ずかしいし、命に直結している。

というわけで、家族のことを書くとか、自分の思考を書くとか、そういうのに比べたら、『50代を迎え討つ!』は、書いていて「楽しい」以外の感想はない。
そんな私の楽しい楽しい楽しい(ちょっと悲しい→老化)が、みなさんにも楽しく読んでもらえたら、嬉しいです。

「リッツ・カールトンと入れ歯」は、ここ近年では会心のカキーンとした文章なので(自分で言うな)、ぜひぜひです。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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