「この本が売れなければ、編集者を辞めなくてはいけないかも」ダイヤモンド社/今野良介さん【編集者の時代 第6回】
CORECOLOR編集長、佐藤友美(さとゆみ)が、編集者に話を聞くシリーズ「編集者の時代」。
2023年9月20日に『ていねいな文章大全』が発売された。528ページにもなる本書では、雑な文章を丁寧な文章へと生まれ変わらせるためのポイントが、108項目にわたって解説されている。
この本を編集したのは、ダイヤモンド社の編集者、今野良介さん。「この人の編集した本は全て面白い」と読者に言わしめる、ファンの多い名物編集者でもある。
文章にまつわる本を担当するのは4作目。「この本が売れなければ、編集者を辞めなくてはいけないかもしれないと思っている」。そう語る今野さんに、“文章本”を作ることで感じるプレッシャーと面白さ、編集者としてのこだわりを聞いた。
聞き手/佐藤 友美(さとゆみ) 構成/羽石 友香
傷つきやすい人だから「ていねいな文章」がわかる
──『ていねいな文章大全』、とても良かったです。
私はライターさんに文章の書き方を伝える仕事もしていますが、今後は添削をした原稿に「この本の何ページを読んでおいて」と添えればいいのではないかと思ったくらいです。私のライターゼミの生徒さんには全員通読してほしいです。
今野:「通読してほしい」とは言いづらい厚さですが(笑)。何が書かれているかを把握した上で辞書のように使ってもらえるとより役に立つと思うので、願わくば一度は通読してほしいですね。
──「ていねいな文章」というコンセプトはどのように生まれたのでしょうか。
今野:世の中には「相手の心を動かす」「絶対伝わる」と謳った文章術の本がたくさんありますよね。ですが、伝わったかどうかを判断するのは受け手であって、コミュニケーションとしての文章は受け手がいないと成立しないはずです。「伝わる」と言い切るのはそもそも構造的に嘘だと思っていました。
では、「伝わらなさ」の原因は何なのか。ひょっとしたらそれは、表現の上手さや技術の高さよりも、「相手にはこれぐらいの知識があるはずだから、ここまで書かなくても理解してくれるだろう」とか「常識的に考えてこう書いておけば済むだろう」という書き手の甘えや雑さが原因なのではないかと考えました。書き手ができることはまだまだあるはずなのに、それをしないで「伝わらない」と嘆いているのではないか、と。
文章術というとゼロをプラスにしていくイメージがありますが、「文章力」を上げる前段階の基礎を知らないまま書いている人のほうが圧倒的に多いと感じています。なのでもっと敷居を低くして、雑な部分を丁寧にする、つまり、まずはマイナスをゼロに持っていくところから始めようよ、やれることはこんなにいっぱいあるんだから、というコンセプトにしました。
──完成までに8年かかったと聞きました。
今野:雑さをきちんと分解して言語化しないと、それこそ雑な本になってしまいます。そうならないためにも、「雑さを丁寧に説明する」のがこの本を作る際の課題でした。
完成するまでに時間がかかったのは、著者が本に掲載する「雑な文章の例」をじっくり集めてくれていたからです。丁寧な形に直す前の文章にリアリティを持たせて、徹底的に実用性の高い本を目指しました。
──著者の石黒圭先生は今野さんの大学時代の恩師だとあとがきに書かれていました。どのような経緯で本の執筆を依頼されたのでしょうか?
今野:大学のとき、石黒先生の「日本語をみがく」という講義を受けていました。助詞の使い方や、文章構成による読みやすさの違いなど、日本語そのものを扱う講義です。当時の石黒先生からは、とにかく「日本語をこんなに真面目に研究している人がいるんだ」という印象を受けたのを覚えています。
社会人になってから、先生が書かれた『文章は接続詞で決まる』(光文社新書)という本を読んでみたら、当時の印象と変わっていなかった。1冊まるまる接続詞についての本で、接続詞の意義や効用や使い分け方などをひたすら語っている。「しかし」の話だけで何ページもある。日本語の見え方が変わる名著ですが、著者の真面目すぎるほどの日本語への探究心が読み物としてのおもしろさにつながっていて、やっぱりこの人と本を作りたいと思って依頼しました。
──「真面目すぎる感じ」は、書籍からひしひしと伝わってきます。
今野:石黒先生の研究室には、学生のレポート用紙が入った段ボール箱が何十年分もずらりと並んでいて、僕が大学生だった頃の解答用紙も保管されていたんです。そんなところにも先生の真面目さを感じました。
それと、これから話すことはすべて私の勝手な想像ですけど、日本語一筋30年以上の研究者でおられる以前に、きっと石黒先生は傷つきやすい人なのだろうと思っています。
──傷つきやすい?
今野:丁寧な日本語は、雑な日本語に敏感じゃないと書けないと思うんです。例えば本の中にもある例で、メールで「ご返信ありがとうございました」と送って、相手から「こちらこそご返信ありがとうございました」と返信が来たとしますよね。ありがちな何気ないやりとりですが、「もう少し何か言いようがあるんじゃないか」と先生は思うわけです。
つまり、先生は一つひとつの言葉遣いや、「なぜこの言葉を選んだのか」という相手の気持ちに強く思いを馳せる人なのだと思うんですよね。
「から」と「ので」の使い分けもその一つです。「時間があるからお手伝いしましょうか」と「時間があるのでお手伝いしましょうか」だと、「ので」のほうが相手に不快感を与えないという話が書かれていますが、そこまで気にする人はあまりいないでしょう。でも、言われてみるとそんな感じがしますよね。
──それが「傷つきやすい」の意味ですね。
今野:言葉を受け取ったときの自分の違和感を大切にする人なのだと思います。なぜこれを失礼だと思ったのだろう、なぜわかりにくいと思ったのだろうという感覚を放っておかない。そうでなければ「改善しよう」と思えない。傷つきやすくて繊細な人だからこそ、文章の違和感に気づける。その繊細さはおそらく誰の中にもあるものなのに、僕たちは「まあいいか」とか「あえて言わなくてもいいよな」と違和感を押し隠している。その慣らされた果ての鈍感さが「文章の雑さ」につながって円滑なコミュニケーションを阻害しているのではないかというのがこの本の仮説であり、石黒先生に依頼した理由です。
雑な表現が巷に溢れているのは、この本を企画した8年前から今も変わっていません。特にSNSでは罵詈雑言がいまだに多く、炎上したり、心を病んでしまう人も増えてきている。誹謗中傷で人が亡くなることも起こりましたよね。
8年前に考えたコンセプトが今も通用するというのは、あまりないことですが、この本は「今こそ出したほうがいい」という気持ちがどんどん強まっていきました。
そんなことを言って、この本が売れなかったら説得力がないのですが。
──きっと売れると思います。
今野:いや、本当に売れてほしいです。もし売れなかったら、編集者を辞めようと思っているくらいです。今この時代に日本語を使っている人にとって、この本に書いてあることが「身につけておいたほうがいいな」と思えない内容だったら、編集者としてのピントがずれているということなので。それくらいの覚悟を持って世に出しました。今日は発売日なので、緊張しています。(この5日後に重版したそうです)
文章に関する本をライフワークにする理由
──今野さんが担当した文章に関する本は、『ていねいな文章大全』が4冊目になりますよね。1つのジャンルの本は1回作ったらもう作らないという編集者さんもいると思いますが、なぜこんなに文章の本を作るのですか?
今野:文章に関する本はライフワークにしようと決めています。進んでいる文章関連の企画も、3つくらいあります。文章の本を作るのは楽しいです。
──それは、どういう種類の楽しさ?
今野:ずっと文章を通して自分が誰かとコミュニケーションを取ってきましたし、文章を通して社会を見てきたからかもしれないです。
小学校の頃から、作文を書くのが嫌いじゃなくて、読書感想文なんてみんなやっつけで書いてたなかで、僕は何か個性を出してやろうと思っていました。
生徒の作文は、基本的に先生が一人で読みますよね。ということは、個人的なメッセージを忍ばせた先生宛の手紙を書くつもりで作文の場を利用することができる。作文のテーマにこじつけて、以前先生と話したことを混ぜて書いたりしていました。
今でもその感覚は同じで、仕事の依頼文でもSNSの文章でも、たった何文字か見るだけでその人がどんな人かわかったり、依頼文1本でその後の相手との関係が何十年も続くか続かないかが決まったりもします。
自分と他人との接点には常に言葉があって、文章なしには自分の人生も仕事も成り立たないからそもそも不可欠だし、面白いんです。
ただ、文章を扱う本を作ることで、自分が文章を通して見ている社会や人への認識が滲み出てしまう。なので、作った本が受け入れられなかったら自信を失くすだろうし、この仕事をやっていけないと思います。それくらい大事なテーマなので、文章の本を作るのは毎回すごく緊張するのですが、楽しいです。
──「文章を通して社会を見ている」というお話を、もう少し詳しく聞いていいですか?
今野:例えば、「エモい」や「エグい」といった口語的な形容詞が広がったときには、「趣味嗜好もメディアも細分化してみんなで共有できる出来事が少なくなったから、広くて抽象的な言葉で自分の感覚を誰かと共有したいのかな」などと考えます。
あとは、SNSで「匿名で文句を言ってくるのをやめてくれませんか」と誰かが言ったときに、無関係な別の匿名のアカウントがその投稿にものすごく噛みついていたとしますよね。関係ないのに口を出すのは、「自分が匿名でやっていることにコンプレックスがある裏返しで怒っているのかな」と考えたりもします。
言葉の使われ方の裏にある人々の思いや欲求みたいなものを想像して、社会を見ている感じです。
寄り添って待つ。著者とのコミュニケーションの取り方
──著者さんとのコミュニケーションについても聞かせてください。今野さんといえば、著者さんへの執筆依頼文が書籍に掲載されたり、著者さんとの応酬がSNSで話題になったりしていますよね。先ほど、『ていねいな文章大全』は8年かかってできあがったと聞きました。その間はどんなやりとりを?
今野:石黒先生とは、オンラインを合わせれば少なくとも100回は会っていると思います。とくに後半は、頻繁に会って話をしながら原稿をもらっていました。本が完成するまでに先生と交わしたメールを数えてみたら432通ありました。
──ものすごく密ですよね。これまでに担当した本で、著者さんが原稿を書ききれなくて挫折してしまったことはありますか?
今野:特殊な事情で出なかった本はたくさんありますが、原稿が進んでいるのに著者が途中で書けなくなって出せなかった本はないですね。どの著者に対しても、この本はこの人にしか書けないという確信があるので、待つしかない。
──でも、待っているだけでは原稿は来ないですよね。その間の連絡などは何か工夫されているのでしょうか?
今野:仕事の話は直接しないようにしています。執筆が止まっているときは「書きたいのに書けない」状態だと思うので、「書いてください」と言うのはさらに追い込むことになると思うからです。「あのニュース見ました?」と聞いてみたり、ランチに誘ってみたり。「どうして書けないんでしょうねえ」などと書けないこと自体を一緒に考えることもあります。
自分の都合で負担をかけてくる人だと相手に思われたら終わりなので、「こちらの都合もあるけど、書けるまでずっと待ちますよ」というスタンスでいるようにしています。
もちろん、相手によってコミュニケーションの手段は異なります。メールのニュアンスで伝わる人もいれば、会って話したほうがいい人もいるし、一緒に飲みたい人もいる。それぞれの相手とのコミュニケーションを通して、アプローチを自分で判断しています。
例えば『1秒でつかむ』の高橋弘樹さんは常にものすごい量の仕事を抱えている人で深夜に連絡が来ることが多かったのですが、いつ連絡が来ても待っているという姿勢を示すために、連絡が来たらできる限りすぐに返事をしていました。『読みたいことを、書けばいい。』の田中泰延さんとはとにかく雑談が多くて、メッセンジャーで映画の話を延々とやり取りすることもありました。田中さんには、「コミュニケーションそのものを楽しめる人かどうか」を見られていたように思います。知らんけど。
──今野さんはダイヤモンド社に転職する前にも出版社に勤務されていましたが、昔からそうしたスタンスだったのでしょうか?
今野:転職してからです。前にいた会社では税金や法律などを扱う実務書を中心に作っていたので、どんな本を誰に作ればいいかというゴールが見えていたし、著者に書いてもらうことも明確でした。転職して、世の中になくてもいいけれど自分がどうしても読みたい本を作るようになってからは、著者とのコミュニケーションをより大事に思うようになりました。他の誰かではなく僕と本を作りたいと思ってもらわないと、良い原稿はこない気がします。
作りたいのは「新しい切り口の入門書」
──先日、「今野さんが編集した本ばかり読んでいます。今野さんの担当本にはどんな共通点があるのでしょう?」といったX(旧Twitter)の投稿に対して、「僕が担当しているという共通点があります」と回答をされていて思わず笑ってしまったのですが。
今野さんが担当する本なら間違いないと言う読者さんも多いですし、編集者の今野さんにファンがついていると感じます。
今野:そう言ってもらえると嬉しいです。
──今野さんが作る本の読者には、どんなタイプが多いと感じますか?
今野:ノウハウより哲学が好きな人が多い印象はあります。やり方を知るよりも自分で考えるほうが好きで、わかりやすい正解は面白くないと感じている人が多い気がします。
僕は基本的に「新しい入門書」しか作っていません。あるジャンルのこれまでにない入口を作ることに面白さを感じています。今まで興味を持てなかったテーマでも、面白いと思える角度がきっとどこかにある。そういう入門書を作りたいんです。
──「新しい入口」は、どうすれば見つかるのでしょう?
今野:僕の場合は、テーマの掛け合わせですね。これまでに担当した本で言うと、『子どもが幸せになることば』は子育て本と絵本の掛け合わせで、『1秒でつかむ』は映像と本の掛け合わせ、『東大卒、農家の右腕になる。』は実用書と読み物の掛け合わせ、『お金のむこうに人がいる』は経済と言葉の掛け合わせです。
経済のことを学ぶなら、経済についての予備知識がないといけないという思い込みがあるとします。でも、通常は経済と掛け合わされないジャンルを掛け合わせることができたら、経済を別の角度から見られる可能性を提示できます。僕自身、経済には深い興味も知識もなかったのですが、「お金」と「言葉」は効用がそっくりです。どちらも、その扱い方に思考や人格が滲み出ます。人と人をつなぐ役割があるところも、使い方を誤ると人間関係がこじれてしまうところも似ている。なので、「言葉のようなお金の話」として経済を考えるのは面白いと思いながら『お金のむこうに人がいる』を作りました。興味がない人代表の自分が面白いと思えるなら、他にも面白いと思う人がいるはずです。
なので毎回、自分にない考えを持っている人に依頼するようにしています。著者の文章を通して、まず自分の考え方を変化させたいと思って依頼します。
──そのような考えで作っていらっしゃるから、「新しい本」になるわけですね。
今野:紀伊国屋書店の新宿本店2階には「今日の新刊」と「昨日の新刊」というコーナーがあります。そこにはいつも200冊以上の本が並んでいて、毎日驚くほどたくさんの本が出版されている現実がビジュアルで体感できます。二番煎じのような本を作るのはやめてくれと言われているような気になるし、無数にある本の中でも独特の輝きを放つような本を作りたいと思います。
今は動画やゲームなどで人の可処分時間がどんどん奪われていて、本を読むのは面倒くさいと言われることもあります。でも、その面倒くささの中に本ならではの優位性があります。例えば100ページの薄い本でも、全てを記憶しておくことなんて不可能ですよね。読むごとに感想が違うし、響く箇所も変わる。好きな動画を何回も見返すことはあっても、本ほど読むごとに感想が変わったり、その時々で違う効用が得られたりするものはない。
本はそういった体験の可能性が圧倒的に広いので、コンテンツが増えた結果として独自の優位性がどんどん際立っている気がしています。寝転がって動かなくてもひたすらコンテンツを消費し続けることができる世界になっていますが、本を読むことで得られる体験を積極的に楽しむ人がいる限り本はなくならないだろうと思うし、本にしかできないことをやりたいと思っています。
編集者だからこそ、書く
──今野さんはSNSやnoteで長文の発信をされたり、小説も書かれていますよね。「書き手」としての今野さんにも興味があります。今野さんにとって、書く行為にはどんな意味があるのでしょう?
今野:基本的には、自分が何者なのかを自分で知りたいだけなんです。過去の体験を今考え直したときにどう捉えられるかを考えることで、自分の物事の認識を更新したいという気持ちがあります。
頭の中でふわふわしているものを書きながら仮留めしておく。書きながら考える。今起きている出来事や昔の記憶を一旦言葉にして、思考の起点にする。そうすると、この言葉とあの言葉を組み合わせれば、この出来事とあの出来事を一緒に考えるとこういうことが言えるじゃん、と新たな発見をすることもある。思考の道具として言葉で遊んでいる感じです。
特にSNSは、違和感があったときや感動したときに、ピンで仮留めしておく感覚が強いです。そこで書き留めておいたことが企画の発端になったり、著者と話すときの起点になったりもします。
──自分が何者かを知りたいとは?
今野:自分のことを一番よくわからないのが自分だと思っているので。大学生の頃、自分が何をどう感じるのかを知りたくて毎日日記を書いていましたが、今もSNSで同じことをやっているだけです。文章を書くことは、自分と対話することなので。
一部の人々には、自分のことを考えたり、自分と対話したりすることは、恥ずかしいことや意味のないことだと考えられている節があります。でも、今の自分が何をどう捉えているのかを客観的に見ることができれば、人の意見に対しても、社会の流れに対しても、自分の立ち位置が決まって生きやすくなる。現在の自分を知ることで、ある程度自信をもって社会と接するようになれるのではないかと考えています。
──でも、自分のことを知るためだけだったら、noteやSNSに書かなくてもいいですよね。書いたものを世の中に公開するのはなぜですか?
今野:よく言われますが(笑)、自己紹介になるからです。文章や写真をインターネット上にアップすると、「面白い」とか「つまらない」と反応する人が現れます。思ってもいないことを書いて嘘の自分を作り上げるのではなく、ある程度あけすけにしていれば、その反応から等身大の自分と社会との接点が擬似的に味わえる。当然嫌われる可能性もありますが、そういう相手は結局生身の自分とも合わないので、先に嫌われておいたほうがいいと思ってやっています。
僕のSNSに興味をもって話しかけてきてくれる人は、会わずして僕の考え方を知ってくれているので、そういう意味ではラクだし、便利です。
過去に複数の書き手から、「こっちは普段から書いているわけだから、編集者が書いている文章を見れば、どんな人で、どんな本を作り、どんなコミュニケーションをする人かはすぐにわかります。書き手だって編集者を選んでるんですよ」と言われたことがあって、ハッとしました。著者とのコミュニケーションをスムーズにするためにも、その前段階の人と人としての相性を測るためにも、編集者が文章を書く意味はあるだろうと思います。
──今後は、どんな本を作られる予定ですか?
今野:今作っているのは写真の本と、音楽と文章の関係についての本です。
──最近、ご自身が撮影した写真をSNSによくアップされていますよね。以前お会いしたときに「写真は文章と違って、すぐに完成形が見えるのが面白い」というようなことを、お話されていました。
今野:あるものごとについて文章を書こうとすると、形になるまで時間がかかります。一方で、惹かれたものや表現したいものがあったときに、シャッターを押せば次の瞬間にもう写真になる。撮ろうと思った理由なんか考える前に形になる速さが新鮮で、写真が好きになりました。
毎日、撮った写真を見返しているのですが、なぜこんなものに惹かれたのだろうと思う写真も中にはあります。意図的に編集して残す文章と違って、写真の場合は写したものがそのまま残るので、あとからなぜ惹かれたのかを考える余地が生まれる。自分を見つめ直すという意味ではさっきの文章の話と同じなんですけど、写真はもっと露骨に自分が写るので、それが楽しいですね。
──写真の本はどんな内容になりそうですか?
今野:以前担当した『読みたいことを、書けばいい。』の写真版というイメージです。「自分にしか撮れない写真とは何か」を考えられる本にしようと思っています。
今はスマホが普及して誰もがカジュアルに写真を撮っているのに、映えるとかエモいとかバズるとか、決められた正解をなぞる似たような写真が多すぎて、正直すごくつまらないなと思っています。
それは、『読みたいことを、書けばいい。』を企画した当初に、なぜみんな似たようなバズる文章やエモい文章を書きたがるんだろうと思った感覚と似ていて、文章と同じことが写真にも起きているのではないかなと。普段から写真を撮っている人にも、そうでない人にも、楽しんでもらえる本にしたいです。(了)
今野 良介(こんの・りょうすけ)
1984年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ダイヤモンド社の書籍編集者。担当書籍に『読みたいことを、書けばいい。』『お金のむこうに人がいる』『1秒でつかむ』『落とされない小論文』『超スピード文章術』などがある。
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