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“へいわ”を問われ ことばを紡ぐ。「いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ『みんな なかまよ』」

「わたし、この人の絵が好きなの」

インドネシアで出会った中国人の友人が一冊の画集を見せてくれました。その画集は絵本作家いわさきちひろさんのもので、中国で手に入れた画集だそうです。

自身がアーティストでもある彼女は、いわさきちひろさんとタッチがよく似たとても優しい絵を描いていて、ああ、だから好きなのかなと妙に腑に落ちた瞬間がありました。

異国の地で、日本人を好きだと言ってもらった嬉しさと、同じ日本人なのに実はあまりよく知らないという罪悪感で、私は彼女の好きないわさきちひろさんをもっと知ってみたいと思いました。

ちょうど同じ頃、もう10年以上前からお世話になっている京都大学総合博物館准教授・塩瀬隆之先生が企画協力をしている展示が、ちひろ美術館で開催されることを知り、一時帰国中に訪れてみることにしました。

2024年はいわさきちひろさん没後50年の年で、ちひろ美術館では「いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ」が開催中です。

「あそび」「自然」「平和」の3つのテーマで会期を分けて構成されている展示は、東京と安曇野の国内2か所のちひろ美術館で開催されています。

今回私が訪れたのは、長野県にある安曇野ちひろ美術館。この日は「平和」をテーマにした「みんな なかまよ」が開催されていました。

松本駅から単線のローカル電車で48分かけて最寄駅の信濃松川駅に、そこから徒歩30分程度の場所に安曇野ちひろ美術館はありました。

駅からの道中で目に入るのは、まだ収穫までに時間がありそうな青いりんごの木、そろそろ旬かしらの桃の木、大切そうに実が包まれたブドウの木。そこから少し視線を上げると、緑色の整った山々がどっしりと広がっていました。

美術館の周辺は安曇野ちひろ公園という自然豊かな公園が広がっていて、そこにはちひろ美術館の館長でもある黒柳徹子さんの著書『窓際のトットちゃん』の世界が再現されています。本書の挿絵にはいわさきちひろさんが描いた子どもたちの絵がたくさん採用されていて、この公園には、トットちゃんが通ったトモエ学園の教室と図書室が再現された電車が置かれていました。電車の中に入ると、運転席の入り口にちょこんと座るトットちゃん。一緒にきた友人と私たち親子はトットちゃんに「いらっしゃい」と迎えてもらえたような気がして、しばらくそこに置かれた絵本を読みふけっていました。

安曇野ちひろ美術館に到着して、まず驚いたのは入館料。18歳以下・高校生以下無料で、同伴した保護者には保護者割引があるのです! 子どもと一緒に訪れていた私には嬉しい価格設定で、この美術館が誰のためにどんな場所でありたいかが伝わってくるような気がしました。

館内に入って一番最初に目に飛び込んできたのは、いわさきちひろさんの絵と共に展示された「へいわの はんたいの はんたいは なんだろう?」という問いでした。そして、その隣には、「あしたのへいわにむけて なにからはじめよう?」という問いが。

急な問いに私は答えが出せぬまま最初の展示室にたどり着きます。展示室入り口で出会った問いは「へいわのはじまりは ひとりから? ふたりから?」

一緒にきた友人がこう呟きました。「私は2人やなぁ。やっぱりだれかがいるから私がある」。その言葉に応えるように、私もまだまとまっていない言葉を口から出しました。「わたしは…まずは自分ひとりの心のへいわから始めたいかな」。

そこから先も、次々に目に入ってくる問い。展示室はもちろん、窓ガラスや館内の椅子、トイレの中まで、“へいわ”とは何かについて様々な角度からの問いが置かれていたのです。

トイレの中で12歳の息子が問われたのは「へいわは つくるもの? さがすもの?」。トイレから出てきた息子が伝えてくれた答えは「つくるものだね。探してしまうから争いが起きる」。

そして、9歳の娘が「なかよく なれるかな? なんて こえを かけようか?」という問いに対して書いた言葉は「いっしょにあそんでもいい? なにしてあそぶ?」でした。

一つ一つの問いに、一人一人の答えが紡ぎ出される。自分が考えたこともない方向から問いを受けるたびに、思考のスイッチが入る。どこかに答えが置かれているわけではないので、正解も間違いもなく考え続けることができる。そして、考えたことを自分なりの言葉にして対話する。そんな展示空間が広がっていました。

これらの沢山の問いは、いわさきちひろさんの描いた子どもたちの絵の隣にありました。彼女は生前このような言葉を残しています。

「“みんな仲間よ” 私は自分の心にいいきかせて、なつかしい、やさしい、人の心のふる里をさがします。絵本の中にそれがちゃんとしまってあるのです」

ちひろさんの絵本には “へいわ”という言葉が直接書き残されているわけではありません。しかし、この展示では彼女の絵の隣にそっと平仮名の “へいわ”が置いてありました。“みんな仲間よ”という思いが込められた彼女の絵と、平仮名の“へいわ”が合わさってつくられた展示空間で、私は自分の存在も受け入れてもらった安心感を得て、深い呼吸を続けていました。

最後の展示室には「へいわを あなたのことばで いいかえると?」という問いと、大きく膨らました風船のように透き通った色のまあるい付箋が置かれていました。そこに私が書いたことばは「カラダの チカラが ヌける」。

私にとって、この展示空間やこの美術館に辿り着くまでに目にした自然は、柔らかくて暖かい場所でした。暖かさに身体がリラックスした場所でした。この場所で私が感じた感覚、それ自体が私にとっての“へいわ”だったのかもしれません。

展示空間にあった沢山の問いによって思考と対話のスイッチが押された私は、ちひろ美術館から帰った日の夜、何気なく子どもたちに問いかけました。「ねえねえ あなたたちは へいわなの?」。

息子は「へいわな時もあるし、そうじゃない時もある」。そして娘は「へいわだよ」。という答えをくれました。私は、子どもたちとそんな会話ができたことに “へいわ”を感じました。

「あなたは へいわを だれといっしょに かんがえたいですか?」

展示には、こんな問いもありました。私は、この問いの答えをその場では紡ぎ出せなかったけれど、その日の夜、私が出した答えは「かぞく」でした。ただ、もしかしたら私はこれから先、また別の人と“へいわ”についてかんがえたくなるのかもしれません。問いの答えは一つでなくてもいいと思います。この日私は、何度も取り出してこられる問いを手に入れました。

文/岡山 美和

「いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ『みんな なかまよ』」

 安曇野ちひろ美術館
 会期:2024年6月8日(土)〜9月1日(日)
 住所:〒399-8501 長野県北安曇郡松川村西原3358-24

 ちひろ美術館・東京
会期:2024年10月12日(土)〜2025年1月31日(金)
住所:〒177-0042 東京都練馬区下石神井4-7-2

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