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バレンタイン、愛を取り戻せ。【連載・炭田のレシピ本研究室/第3回】

スマホ片手に検索すれば、いくらでも素晴らしいレシピに出会える時代。それでもやっぱり「レシピ本」が好き! この連載では、ジャンル問わず年間100冊以上のレシピ本を読むフードライターの炭田が、同じテーマのレシピ本を2冊ご紹介します。なぜ2冊かというと、取り扱うテーマが同じでも、本によってアプローチが違って面白いから。
今回のテーマは、バレンタイン。いつもレシピ本片手に見慣れない味付けや異国の料理ばかり作っているけれど、バレンタインまでの間くらい夫の好みを優先してみたい。そして、あわよくば「好き」と言われたい。そんな個人的な野望を叶えるであろう2冊を紹介します。

起死回生バレンタイン

私の誕生日に小学生の娘が、お小遣いでキティちゃんのキーホルダーを買ってプレゼントしてくれた。彼女は私と違いお金の使い方がシビアで、小児科帰りに「頑張ったからジュースでも買う?」と聞いても、「家にりんごジュースあるから要らない。もったいないよ」と答えるような子供だ。私が娘なら、自販機の中でいちばん値段が高くて、スーパーでは見掛けないナタデココが入ったジュースを選ぶのに。自分のお小遣いではなく、親の財布から出るお金なら尚更だ。

そんな娘が自分のお金を使ってくれたことが嬉しくて有難くて喜んでいたら、娘は「500円なのに」と照れながら言っていた。が、私にとっては18,000円くらいの値打ちがある。というか値段なんておいそれとつけられない。

そんなことを考えながらキーホルダーを眺めていたら、夫と付き合い立てほやほやのバレンタインのことを思い出した。夫はチョコレートが苦手で抹茶が好きだと言っていたので、抹茶のクッキーを作って箱に詰めて贈った。そうしたら、ホワイトデーにハイブランドの財布になって返ってきたのだ。クッキーの材料費は、どんなに多く見積もっても3,500円。「3倍どころか20倍返しになっちゃった……」と、自分と同い年なのに金払いが良すぎる彼の行動に、戸惑った覚えがある。はじめて手にした上等な革の財布は、頬ずりしたくなるくらいすべすべしていた。

でも今思えば、私が娘のプレゼントに値段以上の価値を感じたように、夫も自分のためだけに作られたバレンタインのクッキーがすごく嬉しかったのだと思う。

と、ここまではほっこりラブラブいい話なのだが、近年の我々夫婦はなんちゅうかお互いに雑な気がする。つい先日も娘に「え? ママはパパのこと好きなの? そうは見えないけど」と言われてしまった。これはちょっとショックで、夫に「君のこと好きなんですけど、伝わってます?」と聞いてしまった。彼の答えは「えー?」だった。えー?

起死回生、バレンタインに懸けよう。私の作る料理だけでも「好き」だと言われたい。

みんな大好きど真ん中をゆく、山本ゆりレシピ

バレンタインらしくオシャレな料理にしようか。そう思ったけれど、夫はこじゃれた料理が苦手だ。一昨年の私の誕生日に、家族でフレンチを食べに行った時のこと。帰り道にすごくおいしかったと感謝を伝えたら、夫は遠慮がちに「僕はぜんぶ塩か醤油で食べたいかも」と言っていた。普段の食事も、少しでも凝った味つけにすると、首を傾げながら食べている。だからバレンタインまでの食卓は、雰囲気よりも「分かりやすいおいしさ」を優先して料理をすることに決めた。

まず手に取ったのは『syunkonカフェごはん8 読むとやる気が出る簡単絶品レシピ』。著者の山本ゆりさんといえば「この手間でこの味!?」の第一人者。夫は、私がブーケガルニまで用意して3時間かけて作るビーフシチューより、レンチン5分で完成するゆりさんの料理が大好きだ。見慣れない料理でも「ゆりさんのレシピだよ」と伝えると、普段は表情の変化が乏しい夫の口角がちょぴっと上がる。

まずは夫に本とふせんを手渡して「食べたいレシピに貼ってね」と伝えた。返ってきた本を確認すると、前作の『syunkonカフェごはん7』に比べてふせんの数が明らかに少ない。「ゆりさんのこと、好きだって言ってたじゃん!」と、学園のマドンナの告白を断る男子を責めるトーンで詰め寄りたくなる。

が、よくよく確認すると前作より豚バラのレシピが多いので、豚肉はロース派の夫はふせんを貼るのを躊躇ったようなのだ。ところがどっこい、ゆりさんのレシピの懐はマリアナ海溝くらい深い。本には冷蔵庫事情に合わせて材料は自由に変更してもいいと書いてあるし、気軽に替えてOKな材料の例まで挙げてある。「まずはレシピ通りに作りましょう」と伝える料理家さんが多いなか、驚きの懐だ。有難く豚バラをロースに替えて、もつ鍋風、肉吸い、豚キムチ丼と次々振る舞った。

そしてこの本についてもう一つ触れておきたいのが、前作までのシリーズにはなかった、カチコチの冷凍肉をボウルに「ゴン!」と入れて、電子レンジで「チン!」するだけで出来る「ゴン&チン」レシピが登場していること。流石ゆりさんだと感じる素晴らしい手間の抜きっぷりで、これだけでもこの本を買う価値がある。常に前作を超えるレシピを繰り出すゆりさんは、いつだって我が家のマドンナだ。

主語デッカめだけど、男子はみんな好きなやつ

2冊目に選んだのは『菱田屋の男メシ!』。駒場東大前で100年続く定食屋「菱田屋」の5代目店主・菱田アキラさんによるレシピ本だ。いつだったかフードイベントでお隣になった男性が「男子はみんな絶対に好きです!」とこの本を猛プッシュしていて、思わず購入した1冊だ。

確かに我が夫も好きそうなレシピばかりで、一度「にらたま炒め」を作ったらそればかりリクエストされて、他のレシピにはまだほとんど手を付けられていないほど。ゆりさんのレシピは和食と洋食が多いので、中華のレシピを菱田さんに頼ることにした。

作る前は、男子が好きな中華なので「さぞかし油ぎっとりなんだろうな」と身構えていたが、特にそんなことはなく嬉しい誤算。「青椒肉絲」は刻み生姜が実にいい仕事をしていて、お店で食べるよりもさっぱり軽い仕上がりだし、「えびチリ」もいかにも辛そうなビジュアルに反して、その赤さのほとんどは豆板醤ではなくケチャップなので甘辛味で食べやすい。そしてどれもそれも、白いご飯がぐんぐん進む。

実は青椒肉絲を食べる直前に夫とちょっぴり揉めたので、いつものように味の感想を聞きにくいなぁと思っていた。だが、向かいに座る夫をチラリと見ると、お茶も飲まずに「ご飯、青椒肉絲、ご飯、青椒肉絲」を繰り返していた。きっと気に入ったのだろう。

賞味期限が切れたオイスターソースを捨てたなら「捨てた」って、ちゃんと教えてよ! 青椒肉絲、作れないじゃん! と、ついさっきまでプンスカしていた気持ちが和らいでいく。

翌日、キッチンに置きっぱなしにしていた『菱田屋の男メシ!』をパラパラと見た夫が「この卵炒飯って、作れたりする?」と、おずおず聞いてきた。材料にオイスターソースが入っていたが、昨日コンビニで手に入れたので問題ない。定価で買ったオイスターソースを思い浮かべながら「お安い御用!」と元気よく答えた。

いつか「好き」って言うのかな

連日、ゆりさんと菱田さんのレシピを順番に作り続けては、夫にしつこく「好き?」と聞いている。彼の答えは「うん」もしくは「おいしい」の二択。もうちょっと何かあるだろ、と思いつつ「このさ~、旨味を吸った春雨がおいしいよね」とか「これレンチンだけなの。すごくない?」とか「絶対好きな味だと思う!」とか「私はこれ好き」などと一人で喋り続けている。

いつか夫は、私に問われて「好き」と答えるのだろうか。来週あたりペロッと言う気もするし、一生言わない気もする。でも、分からないから面白い。バレンタインまで、しばらく楽しいご飯作りが続きそうだ。

文/炭田 友望

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