検索
SHARE

締め切りの守り方~切っても切れない、イラストレーターと締め切りの関係【絵で食べていきたい/第8回】

絵で食べていく時に、どうしても避けて通れないのが締め切りです。とはいえ、締め切りを守るのが苦手な人も多いのではないでしょうか。今回はこの締め切りについて、私なりにしつこく考えてみたいと思います。

締め切りを守るイラストレーターは常に求められている

とある編集者さんが教えてくれた話です。新人の頃、上司にこんな質問をされたのだとか。

締め切りに遅れがちだが完成度の非常に高いイラストレーター

締め切りを守るが完成度はそこそこのイラストレーター

どちらが良いイラストレーターか?

上司曰く、自分たちにとっては後者の、締め切りを守る方が良いイラストレーターだ、と。理由はこうです。早めに出してもらえば、もしイラストに不足な部分や間違いがあっても、修正などで完成度をあげていける。締め切りを守ってくれればその時間がある。しかし締め切りを守らなかった場合、もし何か問題があっても直す時間がなく、そうなると取り返しがつかない。自分たちの仕事は、良いクオリティのものを確実に世に出すこと。そのためには0点か120点かに賭けるのではなく、最初は80点のものをチームで100点にしていく方がベターだと。

その話を聞いて、なるほどなあと納得しました。とはいえ、私がこの話を素直に聞けたのは、その編集者さん自身が、基本的に期日を守り、こちらが送ったラフや質問事項に対していつもすぐに返事をしてくれて、遅くなる時にも一報をくれる人だからです。

「どんなイラストレーターと仕事をしたいですか」という質問をすると、多くの発注者さんたちが「締め切りを守る人」を大事な項目としてあげるのも、先に書いたような理由からだと思います。

たとえば、ある編集者さん曰く、これまで依頼したイラストレーターのうち、締め切りを守ったのは20%とか。さすがにそれは言い過ぎではないか? と思うのですが、別の編集者さんからも締め切りを守らない人についての愚痴は時々聞きます。とはいえ、個人的な印象では、昔に比べると多くのイラストレーターが締め切りを守るか、少々遅れても想定の範囲内で納めているように感じます。それでも、常に「締め切りを守るイラストレーター」の需要は高いのです。

締め切りを守るべき理由

「白ふくろう舎さんって、締め切りに遅れないそうですね!」

イラストの仕事を始めて数年目、ある編集部に挨拶に行った時に言われた言葉です。その時は「それって珍しいこと?」と驚きつつも、まんざらでもない気持ちでした。締め切りを守る努力はかなりしていたので、ちゃんと認めてもらえていたのが嬉しかったのです。

とはいえ私は、小学生の夏休み最終日には親に怒られながら泣きべそで宿題をし、それで反省するどころか中学生になると「どうせ登校初日には宿題を提出しないから」と開き直っていたタイプです。それがどうして今は締め切りを大体は守れているのかというと、第一に「締め切りは絶対に守る」と決めているからだと思います。当たり前のようですが、これが結構大事な点だと思っています。決まりだから仕方なく、程度の気持ちではなかなか心を決められないと思うので、以下に「締め切りを守るべき理由」を私なりに書いてみます。

私が締め切りを守ろうと思う理由は大きく三つあります。一つは、学校を卒業して最初に勤めた会社で期日を守ることの大切さを叩き込まれたから。メーカーでは、納期や発売日に間に合わないのはあってはならないのです。場合によっては賠償問題にもなります。たとえばお客様が待っている発売日に商品が間に合わなければ大変な損失ですし、信頼を損なってしまいます。

二つ目の理由は、私の場合、イラストレーターとして突出するほど優れたセンスや人気があるわけではないので、締め切りを守る、まめに連絡をするといった「仕事のしやすさ」も、イラストレーターとしての「総合点」に加えて、相手に選んでもらいたいと思っているからです。

三つ目は、私が締め切りに遅れることで、他の人たちの労働時間を増やしたくないからです。イラストの制作は多くの場合一人作業ですが、仕事自体はチームで進んでいます。イラストが遅れれば、困るのは編集者さんだけでなく、デザインや印刷など、その先の工程をする人たちです。私が遅れた結果、その人たちを待たせたり、時には残業をさせたりもするでしょう。私は若い頃、経験不足を埋めたくてがむしゃらに働いた結果、体力には自信があったけれどやはりダメージを負いました。長く仕事を続けるためにも、今はできるだけ自分に合ったペースで働きたいし、他の人にも無理をして欲しくないのです。もちろん他人の生き方は変えられませんが、少なくとも私の仕事分では、できるだけ相手に負担をかけたくありません。

さらに加えると、私はもともと慌てやすいタイプなので、締め切りギリギリだとか遅れている時に焦ってイラストを送ると、高確率でデータを間違えるなどのケアレスミスを起こします。ギリギリな上にミスがあるとリカバリーが本当に大変なので、その対策として余裕をもって納品したいのです。

これらの理由から、私はできる限り締め切りを守ろうと思っています。それでも守れないことはあるので偉そうに書くのも実は気が引けますが、逆にこれくらいの心構えでいないと、締め切りを守るのは難しいのです。

様々な要因に対処し、締め切りを守る方法

そんなわけで、私は仕事の依頼があったらまず「確実に締め切りを守れそうか」を考えます。やってみたい仕事でも、納期的にどうしても難しそうなら断るか、納期をのばせないか、あるいは制作時間を縮める方法がないか相談します。つまり、私の言う「締め切りを守る」とは、無茶な納期をそのまま承諾して、どんな無理をしてでもこなすという意味ではないと、まず書いておきたいと思います。

そうなると、締め切りを守るための最大のキモとは、「守れる締め切りを設定する」ことだと思います。それができれば苦労はないと言われるかもしれませんが、はじめから諦める必要もないはずです。依頼する側も多少はスケジュールに余裕をみている場合が多いため、確実に納品できるなら少し締め切りを伸ばせたりもします。また、短い納期でも、たまたま自分がその期間は空いていて、確実に作業時間を確保できるとわかっていれば、受けられる場合もあります。ただし予定の納品日の翌日にはもう別の動かせない仕事が詰まっていたりするので、スケジュールの変更に対応できる余白はありません。ですから、たとえば制作に必要な指示書が予定より1日遅れたら、その分1日締め切りを伸ばしてもらっても、納品は出来なくなってしまうのです。そのことを事前に了承してもらう必要があります。

また、最初に確認するのをうっかり忘れがちですが、ラフなどの提出をしたら、返事はいつもらえるのかを聞くのも大事です。イラストレーターは依頼を受けたら、まずラフを描いてからチェックしてもらい、その後に本制作に入ります。全体で2週間の納期があると思ったのに、そのうち1週間はラフチェックの返事待ちで制作ができなかった、結局全部を1週間でやるスケジュールと同じだったなんてこともあるからです。

もちろん、こうやって大丈夫と判断した納期でも、やはり締め切りを守れなくなりそうな時もあります。いざ手をつけると様々な「締め切りを守りにくくする要因」が立ちはだかるので、それぞれに対処が必要になってきます。

たとえば、思っていたよりも自分の制作に時間がかかってしまうことがあります。私がはじめて受けた雑誌の仕事は、5センチ程度のカットが一点でした。どこまで描けば満足してもらえるのかわからず、何度も描き直して、細かいところまで描き込みました。納品した時には、この仕事にこれだけの時間と労力をかけていたら全く採算が合わない、と絶望的な気持ちになったのを覚えています。

けれど、自分の制作時間は、慣れてくると大体予想がつくようになります。心配な時は切りのいいところまでタイマーで作業時間をはかり、完成までに必要な時間を予想して確保する方法もあります。計算通りにいくとは限りませんが、ペン入れや色塗りなどの作業については大体の目安になります。

また、先に実績サンプルを見てもらって、相手に「私のイラストの完成形」を知ってもらい、ゴールのイメージを共有しておきます。これで「完成度の迷子」にならないで済みます。一方で、制作時間以上に、描く前の準備に時間がかかってしまうこともあります。たとえば作画に必要な資料がなかなか見つからないような場合です。そんな時は早めに発注先に相談して、一緒に資料を探してもらうなど、一人で抱え込まないようにしています。

また、そもそもこちらは断ろうとした短すぎるスケジュールを、頼み込まれて引き受けてしまう場合もあります。しかも元の納期に無理がある時に限って、来るはずの原稿が来ないなど、予定外のトラブルも起きがちです。この場合はその都度、進行が遅れた分はどうするべきか確認した方がいいです。大体は、相手も予定日にあがらないのは多少想定していて、締め切りをずらしてもらえます。だからといって、「先方が遅れたのだから当然締め切りも伸ばして平気だろう」と勝手に判断して進めないこと。これをはじめると、お互いに約束はあってなきものといった気持ちになってしまい、ズルズルしがちだからです(ただし、私はズルズルした状態がストレスになるというだけで、むしろそれ位ゆるい感じの方が自分のペースに合う人もいます)。

ちなみに、原稿を送るのが予定より遅れます、などと連絡を下さる発注者とは仕事がしやすいです。そういう相手とは、たとえ遅れがあっても結局スムーズにいくことが多い気がします。誰でも、「遅れる」などのネガティブな情報はできるだけ言わずに済ませたいでしょうが、悪い知らせほど早くもらったほうがお互い助かるものです。こういった連絡をもらった時は、原稿が遅れるのは困るけれど、早めに教えてくれたことに対しては御礼を言うようにしています。誰しもネガティブな情報を伝えて嫌な顔をされたくないものです。だからこそ伝えられても怒らない、むしろ感謝するようにした方が、まめに連絡をもらいやすくなると思うのです。

とはいえ、締め切りより大事なこともある

ここまで散々、いかに締め切りを守ることが大事か、どうやったら守れるかという話を書いてきました。その上で今さらですが、実は私は締め切りを守るのが、全てにおいて善だと思っているわけではありません。

たとえば、私は守れる締め切りを設定すると書きましたが、そのためにはどうしても仕事量を調整しなくてはなりません。少し無理かな、と思う量でもどんどん受けて、多少遅れながらでも許される範囲でこなしていった方が、売上的にはあがるなと思ったりもします。私は今のところこの仕事量でも希望額は得ていますが、たとえば締め切りを守れないことを恐れすぎて、仕事を減らしすぎ、必要な金額さえ稼げなくなったら、それはそれで本末転倒です。

さらに、締め切りそのものに対する考え方も、時と場合や、関係性によって大きく変わります。メーカーの次に勤めたゲーム会社では、前の会社と比べると、比較的納期意識はゆるいと感じました。そもそも開発スケジュールが予定通りに進むことの方が稀だったのです。私の同期で、その会社の作るゲームのファンだったという社員は言いました。「ファンは良いゲームができるならいつまでも待つ。完成度の低い作品を出されるくらいなら、待たされてでも自信作を出してほしいから」と。その時私は、その言葉はお客として待つ側なら言ってもいいが、待たせる側となった自分たちが言うべきではないのでは、と感じたものです。けれど一方で、このゲームファンのように、顧客の方が「いつまでも待ちます」と言ってくれるようなイラストの描き手になれたら、それはそれですごいとも思うのです。実際、「描いてくれるならいくらでも待ちます」と言われる描き手はいるのです。とすれば、実はどうしても描いてほしい相手になら、そのようなスケジュールを組めるということ。いつかそう思ってもらえるように努力しよう、という気持ちもやはり捨てたくはありません。

出版の仕事を始めた頃、私は「この業界は、期日については比較的のんびりしているなあ」と感じました。なにしろ「締め切りを守るイラストレーター」が話題になるくらいです。でも今、そののんびりさはもしかしたら、スケジュール管理が難しい性分の人だとか、育児中や介護中、体調不良など様々な環境にある人でもそれなりに仕事がまわせるように、業界全体が対応してきたからかもしれないと思うようになりました。実際、私が工夫をしながらも大体はなんとか締め切りを守れているのは、まあまあ健康で、一人暮らしで予想外の事も起こりにくく、ある程度のお金があれば暮らしていけるという現在の環境のおかげもあると思います。

今こなせているスケジュールも、今後年齢や体調、環境の変化でこなせなくなることもあるでしょう。たとえば、徹夜してもリカバリーに倍以上かかるなら、徹夜という選択ははずすしかなく、私はもう何年も徹夜はしていません。年齢があがるとともに、調子が悪い日も多くなり、それを想定したスケジュールを意識していかないといけないでしょう。業界や、社会全体を考えても、無理できることが前提で、常に予定通りに動けるのが当たり前、そこからはずれたら即ドロップアウト、というような仕組みが良いとは決して思いません。私自身、自分の締め切りを守るために忙しい編集者さんを逆にせっつくような真似は、本来したくはないのです。

締め切りを守ることは大事でも、それが仕事の目的ではないはずです。早ければ早いほど優秀、といったものでもありません。関わる人たちが長くつづけられ、充分なクオリティを保てるだけの、余裕をもったスケジュールがとれる、それでも業界全体がちゃんと立ちゆくのが一番望ましいと思います。

文/白ふくろう舎

【この記事もおすすめ】

writer