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調理科学を知れば、お皿の裏を洗わずに済むかも。【連載・炭田のレシピ本研究室/第4回】

スマホ片手に検索すれば、いくらでも素晴らしいレシピに出会える時代。それでもやっぱり「レシピ本」が好き! この連載では、ジャンル問わず年間100冊以上のレシピ本を読むフードライターの炭田が、同じテーマのレシピ本を2冊ご紹介します。なぜ2冊かというと、取り扱うテーマが同じでも、本によってアプローチが違って面白いから。
今回のテーマは「調理科学」。……待って! 科学と化学の区別もおぼつかない文系(それは私)でも楽しく読めたから安心して! 『新しい料理の教科書(樋口直哉著)』と、『スーパーの食材で究極の家庭料理(東山広樹著)』の2冊を紹介します。

その調理工程に、意味はあるのか

もう5、6年髪を切ってもらっている美容師さんは、筋トレが趣味らしい。朝食はいつも茹でたブロッコリーとささみだそうで、いつだったかパサつかないささみの茹で方を教えてもらったことがある。だからてっきり料理をする人だと思っていたけれど、人生においてレシピ本の類を読んだことは一度もないとのこと。

「え、でもクックパッドは見たことありますよね?」

「リュウジさんを知らない!? 栗原はるみさんは……?」

「家政婦の志麻さんならどうだ!」

矢継ぎ早に繰り出した私の質問に、美容師さんは「いま生まれてはじめて、料理について考えてます」みたいな様子でひとつずつ確かめるように答えてくれて、料理に特に関心がないのが伝わってくる。美容院の鏡越しに目を合わせて「料理、されないんですねぇ(お好きなんですねぇ)」と笑い合う。

そのあとも根掘り葉掘り聞かせてもらったところによると、料理はレシピを見ても「なんのためにその作業が必要なのか」がいまいち分からないので、やる気が起きないとのことだった。

確かにブロッコリーとささみは低カロリー、高たんぱくで筋肉を育ててくれるけど、「米を研ぐ」とか「青菜は塩を加えて茹でる」は、特に説明もなく「やるべきこと」として書いてありますもんね。しかもレシピによって指示が違って、さらに迷いますよねぇ。私も『新しい料理の教科書』を読むまでは、ほうれん草を茹でる時、意味なんて考えず、おまじないのように塩を鍋に放り込んでいましたから。

ハンバーグ焼き方迷子からの卒業

『新しい料理の教科書』の副題は、定番の“当たり前”を見直す。定番とされる調理工程のあれそれを「本当にそうかな?」と科学の視点から紐解いている。例えばこの本のレシピに沿って作る唐揚げは、冷たい油からじわじわと時間をかけて揚げる。高温に熱した油に向かって、フライパンの蓋を盾にして油跳ねから身を守りつつ、衣をつけた唐揚げを鍋に放り込まずに済むのだ。さらに油が温まるまでの時間を有効活用して副菜を作る、なんてことも可能だ。

そんな定番を見直したレシピたちの中で、私が調理科学の有り難みを特に感じたのがハンバーグ。というのも私にとってのハンバーグとは、きちんと中まで火が通っているのか、いざ箸で割るまで分からないロシアンルーレット的な食べ物だから。中々これだ! という焼き方に巡り合えず、作るたびにいろいろなレシピを調べ、往復ビンタよろしく手の平に肉だねを打ちつけて空気を抜いたり、フライパンで焼いたあとさらにオーブンに入れたり、時には諦めて煮込みハンバーグにしていた。

それが、本に沿って肉だねの表面を滑らかに整え、中火と弱火を使い分け、さらに日本酒を加えて空気より熱伝導がよい蒸気で蒸し焼きにすると、中までしっかり火の通ったジューシーなハンバーグが出来上がるのだ。

科学というきちんと説明のつく強力な後ろ盾のおかげで、生焼けを過度に心配することなく「おいしくできるかな」と、焼き上がりではなく味に想いを馳せることがはじめてできた。ハンバーグに立ち向かう私の心は、調理科学を取り入れたことで一気に凪いだ。

その他の定番料理も4、5ページに渡って工程の「なぜ?」が説明されているので、一般的なレシピ本のつもりで読むと文字が多くてびっくりすること必至だけど、この心の平穏さは他にはない。なぜその作業が必要なのか納得して料理をすると、こうも心が穏やかなのね。あの美容師さんに、ぜひ読んでほしい。

調理以前の道具の話

もう1冊紹介するのは『スーパーの食材で究極の家庭料理』。タイトルから、カニカマのような手軽な食材を本物のカニ味に昇華するレシピ本を想像するかもしれないけれど、れっきとした調理科学の本。

「プロ並み家ステーキ」「ガチ四川式麻婆豆腐」「海鮮ゴロゴロ天津飯」「アルティメット トマトソースパスタ」などのレシピが並んでいて、料理上手なアルバイト先の先輩が振る舞ってくれそうというか、恋人との付き合いが長くなってオムライスにハートとか書かなくなった時に作りたいレシピというか、遠慮なんてせずにモリモリ食べ進めたくなるようなメニューが揃い踏み。

我が家では「町中華のチャーハン」が一番人気。レシピで指定されているラードとうま味調味料があまりにもたっぷりなので不安になるが、「この量を厳守」と注意書きがあるので思い切って従う。すると、先代の親父さんと跡継ぎの息子さんが親子二代で営んでいて、床が少しぺトッとしているけどいつもお客さんで賑わっている、町に馴染んだあの店の味がするのだ。調理科学と聞いて「どうせ難しいんでしょ」と感じた人にこそ、この家庭を超えるうまさを味わってほしい。しっかりした計量が必要なレシピが多いが、だからこそキマる調理科学の妙を体感できるはずだ。

それからもう一つ、この本でぜひ読んでほしいのが、調理以前に気に掛けたい道具や調味料についてたっぷり語られた1章。フライパンや包丁など、料理をする上でのスタメンにも関わらず、調理工程と同じように「なんとなく」で済ませていたことに気付く人も多いのではと思う。

かくいう私も、まずは出来ることからと本に倣って包丁をマメに研ぐようにしたところ、切れ味が抜群に。あまりにもスパスパ切れるので、美しく切り揃えたキュウリやらトマトやらにマヨネーズを添えて、うやうやしく「本日の突き出し」として毎日食卓に出している。

ただしこのコラム、楽しく読み進めているうちにAmazonの欲しいものリストがどんどん増えていくので要注意だ。

お皿の裏は洗わなくてもいいんだよ

調理科学の本を読み比べて、思い出したことがある。食器を洗うのが嫌いな私に、友達が「お皿の裏は洗わなくてもいいんだよ」と教えてくれた時のことだ。おかずを乗せたお皿の裏なんてさして汚れてないんだから、スポンジを泡まみれにしてゴシゴシしなくても大丈夫、手間も省けて楽だよ、ということだった。

ありがとう! もう一生洗わない! と感謝しつつ「こういうのもっと知りたいな」と思ったそれが、今思えば調理科学だったのだ。科学と聞くと身構えてしまうけど、筋道立ててロジカルに考えれば、お皿の汚れていない部分を一生懸命洗う必要はない。そういうものだから、となんとなくこなしていた作業も「なぜ?」を考えればやらなくて済むかもしれないし、もっといい方法が見つかるかもしれない。

調理科学といえど、実は手に取る本によっておいしいとする塩分濃度が0.8%だったり0.6%だったり、肉の焼き方や素麺の茹で方が違ったりと、答えはひとつじゃない。科学をどう扱うかは、著者の数だけ答えがある。

でもこうやって、ひとつずつ「なぜ?」に向き合っていけば、自分の作る料理がどんどん洗練されていく予感がある。そして「なぜ?」を考え続けることは、仕事とか人間関係にもよい影響を与えそう、とまで思ってる。

知らんけど、そうだったらいいなぁと、今日も私は料理を作る。

文/炭田 友望

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