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見得を切るシーンが少女漫画のワンシーンに見えた。8月納涼歌舞伎『新・水滸伝』

食わず嫌いはしないことにしている。行ったことのない場所、観たことのないエンタメ、やったことのないスポーツ。誰かを夢中にさせるコトは世の中にたくさんあり、自分が経験したことのないモノはいくらでもある。新しい世界に触れて、気持ちが高揚する瞬間が私はとても好きだ。

「新・水滸伝(すいこでん)」を観に行ったのは、「今度、歌舞伎を観に行くけど興味ある?」と聞かれ、軽い気持ちで誘いに乗ったことがキッカケだった。

実は、歌舞伎を観るのは初めてではなく、中学生のときに学校行事で一度だけ観たことがあった。しかし、台詞まわしが昔の言葉だったために内容があまり理解できず、途中で居眠りをしたという前科をもっていたのだ。大人になった今の私は歌舞伎を観てどう感じるのか、確かめてみたいという気持ちもあった。

「主人公の役者さん、かっこいい……! 素顔が気になる」

「悪役は役者の浅野和之さんだよね?歌舞伎役者以外の人も出るんだね」

「拍子木を打つ人が、全体のリズムを握っているんだね……!」

「女形の役者さんが、本当に女性に見えてきた!」

一幕が終わり幕間の休憩に入った途端、私は友人に感想を矢継ぎ早にぶつけていた。1時間15分の一幕を観た時点で、歌舞伎の世界にすっかり魅せられてしまったのだ。

その理由は、想像していたものは想像以上にかっこよく、想像していなかった面白い意外性があったからだ。豪華絢爛な衣装、女形の役者さんのしなやかな身のこなし、拍子木の音に合わせた切れのある動きといった歌舞伎の要素は、生で観ると想像以上にかっこよかった。

一方、浅野和之さんなどの舞台俳優も出演していたり、観客の笑いを誘うコミカルなシーンがあったり、キャストが舞台に集結して歌う群唱などは、ミュージカルや演劇を観ているような楽しさもあったのだ。

そんな感覚を味わえたのは、私が観た「新・水滸伝」が古典的な演目ではなく、中国の長編小説「水滸伝」を歌舞伎風にアレンジした演目だったからだろう。台詞まわしが現代の言葉なので、歌舞伎素人でもすんなりと物語に没入できる。そして、友人のアドバイスにより「イヤホンガイド」を会場で借りたこともよかった。イヤホンガイドは片耳で聞くタイプの音声ガイドで、上演前に作品の解説をしたり、舞台に初めて出てきた役者さんの役柄と名前を教えてくれる。「林冲(役名)、萬屋(屋号)、中村隼人(役者名)」といった感じだ。歌舞伎メイクの役者さんを見て、誰が誰なのかわからない素人にはとてもありがたい。

さらに「新・水滸伝」には市川中車(香川照之)さんなど、馴染みのある役者さんが出演している。中車さんの息子である市川團子さんも見せ場のある役どころで出演していて、魅力的な役者さんだった。足しげく歌舞伎に通う人たちにとっては、幼かった役者が経験を積んで成長していく姿を見ることも楽しみなのだろう。

キャストの中で私が一番惹かれたのは、主人公の林冲(りんちゅう)を演じた中村隼人さんだ。はっきりと素顔がわからなくても伝わってくる端正な顔立ち、よく通る凛とした声、舞台映えする長身。まさに主役の佇まいだった。

特にかっこよかったのは、剣で敵と戦いながら見得を切るところだ。寄り目になり、顔を揺らして決めのポーズを取る。歌舞伎役者さんが見得を切るのはテレビ番組などで観たことはあった。そのときは何も感じなかったのだが、歌舞伎の演目で観るその姿は少女漫画のワンシーンのようにきらびやかだった。花が描かれた背景を背負ってヒロインの想い人が登場するような、ハッとする華やかさを感じたのだ。歌舞伎は江戸時代には庶民の娯楽だったというけれど、歌舞伎役者に夢中になった町娘の気持ちがわかるような気がした。そして、歌舞伎の演目が終わってスマホの電源を入れ、即座に「中村隼人」と検索して素顔を確認したことは言うまでもない。

こんな風にじっくりと役者さんの様子を見られたのは「オペラグラスがあるといいよ」と事前に歌舞伎好きの友人から教えられ、持参していたからだ。歌舞伎は座席や劇場によってチケットの価格が異なる。私が観た演目の場合は一等席の1万6000円が一番高価なチケットで、価格が安いのは3階B席(後方)の3500円だった。私たちは歌舞伎初心者が多かったこともあり、まずは全体を見渡せる5500円の3階A席にしていたのだ。実際に、舞台の全体像がつかみやすく、オペラグラスがあれば3階席でも十分に楽しめると感じた。

唯一残念だったのは今回の席からは花道がほとんど見えなかったことだ。歌舞伎はまたぜひ観に行きたいので、今度は花道がしっかりと見える少しお高い席にチャレンジしてみたい。

今回久しぶりの歌舞伎を大満喫できた一番の理由は、歌舞伎にくわしい友人と一緒に観に行ったことだ。私の素人丸出しの質問にもにこやかに答えてくれて、ますます歌舞伎に興味がわいた。新しいことを体験するときにくわしい人が一緒だと、楽しみは倍増する。そして、友人がとても好きなものを自分も好きになったとき、友人との距離がちょっぴり近づいたような気がするのもうれしい。

これからもうれしい体験を重ねていきたいから、食わず嫌いをしない精神は大事にしたい。

文/久保 佳那

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