
絵で長く食べつづけていくために【絵で食べていきたい/第35回】
この仕事をしていると「絵で食べつづけるのは無理かも」とくじけそうになることがあります。そんなとき、何か打てる手はあるでしょうか。今回は、絵で食べつづけるための具体的な対応策を考えたいと思います。
「絵で食べつづけていけないかも」と感じる状況には、以下のようなものがあると思います。
1:収入が不安定
2:心身の健康に問題が起きた
3:スキルが時代に合わなくなる
4:気力がなくなる
それぞれに、どんな対応策があるか、自分自身や同業者の経験から考えてみます。
1:収入が不安定
フリーランスの場合、絵で食べつづけるための最大の難関は、収入の不安定さです。地道に信頼を勝ち取り、次の仕事への種まきをつづけても、突然仕事が減ることはあります。しかし、あきらめる前にできることがあるはずです。たとえばこんな方法はどうでしょうか。
・周囲に「仕事が欲しい」と知らせる
「そんなことは、もうやっているよ!」と思うかもしれません。しかしこれは、通常どおり営業をしたり、発信をつづけたりすることとは少し意味が違います。すでに取引のあるクライアントの担当者や、同業の友人に、本当に困っているので仕事があればまわしてほしいとしっかり伝えるのです。キャリアを積んでいくと、「仕事がない」とか「暇だ」というボヤきは季節の挨拶のようなもので、相手もその言葉をうのみにはしません。「いくら暇そうでも、この人に安い仕事はまわせない」「この人に自分の手伝いなどさせられない」と思われているかもしれません。普段なら断るスケジュールでも今なら受けられる、などと具体的に説明をして、相手に本当にピンチだと伝える必要があります。
あえて「取引のあるクライアント」や「同業の友人」と対象をしぼったのは、お互いに信頼関係があるため、内情を話してもリスクが低いからです。いっときの苦しい時期を乗り越え、その間に次の手を打てばいいのですから、わざわざ不特定多数の人に対してまで仕事に困っていると知らせなくてもいいのです。せっかく積み上げてきた自分のイメージや価格の相場を、必要以上に崩す必要はありません。まずは「いつもなら頼めない条件で、この人に依頼できるチャンスかも!」と感じてくれそうな相手に伝えましょう。
・ライスワーク(生活のための仕事)を持つ
絵以外の仕事をして、安定した収入を得ることは妥協ではありません。むしろ、安定した収入があることで、創作に集中できる時間と心の余裕が生まれます。
同業のある友人は、絵の仕事が減ったときにあえて営業をせず、他業種のアルバイトで収入を得ることにしました。しばらくアルバイトで稼ぎ、収入には直結しない絵の研究や試みに挑戦しました。新しい作品がきっかけで新たなクライアントを得ることができ、現在は再びアルバイトなしで生活しています。
・自分以外の資本も力にする
助成金などの他、配偶者やパートナーの収入も立派な支えです。仕事が途切れてもすぐに生活には困らない、そういう環境にあるならば、その強みは大いに活用すればいいのです。また、収入が減ったときに頼れる実家があれば、ありがたく住ませてもらいましょう。家賃その他の節約となり、生活が安定します。
2:心身の健康に問題が起きた
身体と精神が健康であることは、絵で食べつづけるために必須です。若いうちはできた無理も、年々難しくなってきます。また、精神的な辛さで、仕事をつづけられなくなる場合もあります。
・働きかたを見直す
明らかに身体を壊したときは、とにかく仕事のことは忘れて回復のために尽くす必要があります。しかし、まだ働けるもののこのままではいずれ駄目になると感じたら、手遅れになる前に改善策を立てましょう。睡眠や食、休息は何より大切です。睡眠不足なのに徹夜が当たり前という働きかたをしているなら、まず徹夜はしないと決める。仕事先の相手が当然のように深夜に電話をかけてくるなら、自分の「営業時間」を決めてそれ以外は出ない、などと決めて伝えることも必要です。当然ながら、相手の対応は自分から伝えない限り変わりません。しかし、宣言してしまえばあっけないほど簡単に受け入れられた、ということも多いのです。夜型で徹夜が苦にならない場合も、日中の睡眠時間を確保するなど、自分の身体にあった調整をすべきでしょう。比較的ゆったりしたスケジュールで動く案件や業界にシフトするのも一案です。
・メンタルの健康を保つ
仕事上のトラブルなどで精神的に参ってしまい、働きつづけることが難しくなる場合もあります。不払いなど契約の不履行や、一方的な条件の変更などで、一人で解決できそうもない場合は、行政の相談窓口などを利用しましょう。オンラインや電話での無料相談ができるところもあります。
仕事以外でも、たとえばSNSで自分と他者とを比較しつづけて、メンタルを削ってしまう場合があります。他人の成功ではなく、自分自身の成長に目を向けるべきですが、わかっていても頭の中だけで切り替えるのは難しいでしょう。物理的にSNSオフの日を決める、全く違うことで他者に貢献して感謝されるなど、行動を変えるほうが効果的です。
また、「誰にも相談できない」「自分だけが苦しい」と感じたときこそ、誰かと話すタイミングです。とはいえこういう精神状態のときは自分からなかなか動きだせません。だからこそ、お互いに声をかけあえる仲間が助けになります。私もこれまで、オンラインのグループ通話やチャットなどで発散できる小さなモヤモヤから、実際に会い、時間をかけてきいてもらうような込み入った話まで、何度も友人たちの力を借りました。絵を描く人には孤独に強いタイプも多いと思いますが、弱ったときには人を頼りましょう。
また、可能なら旅、できれば海外にいくのも、精神のリセットにおすすめです。言葉や文化がよくわからない場所にいると、今ここで何をすべきか、ということだけに集中できます。やりかたはどうあれ、目的地に着くこと。拙い言葉でも、欲しいものを伝えること。すると、普段は目的以外の些末なことにばかり気をとられていたのでは、とハッとすることが多いのです。どんな場所でも、なんとかやっていけるのだと思えると、自分への信頼が増します。
3:スキルが時代に合わなくなる
技術や知識は一度手に入れれば終わりではありません。時代もツールも、どんどん変化します。若いうちに身に着けたスキルだけでは、長い年月を駆け抜けるのは難しくなります。描きはじめたころは流行だった絵柄が古臭くなり、需要が下がってしまう場合もあります。
・学びつづけて「できない」を減らす
新しい技術やSNSの使い方などを学べば、できないことを減らせます。多くの場合、できないのではなく、やりかたを知らないだけです。ある先輩イラストレーターは、若いころにエアブラシで精密なイラストを描いていました。しかし老眼で細かい作業が難しくなってきてデジタルソフトを学び、制作方法を切り替えたのです。
また、仕事の連絡方法も、従来の電話やメールに加えて、メッセージアプリやビジネスチャットツールなどへと広がり、多様化しています。新しいツールに慣れるのも、複数のツールを管理するのも大変ですが、クライアントが希望する連絡方法に合わせられるほうが仕事はしやすく、依頼も受けやすくなります。
・ときには手放す
過去に学んだことにしがみついていると、新しい考え方がなかなか入ってきません。また、時代が変われば価値観も変わります。依頼のしかたがおかしい、これはイラストレーターの仕事の範疇ではない、などと自分の常識外の依頼をはねつけてしまうと、できる仕事は減ってしまいます。自分なりの基準を持つ必要はありますが、ある程度の柔軟さもあったほうがいいでしょう。「今のやりかた」に固執しない、いつでも初心者になることを恐れない。これが意外と難しいのです。
4:気力がなくなる
夢や目標、理想をかかげてがむしゃらに働き、ようやく希望の仕事に手が届くようになったころ、ふと次に何をすればいいのかわからなくなり、不安になる。描くことが好きだったはずなのに、ちっともワクワクしない。そんな状態がつづくのは辛いものです。絵で食べつづけることはもちろん義務ではありませんが、やめたくないなら、まだできることがあるかもしれません。
・小さな挑戦をつづける
キャリアを重ねると、挑戦してもおおよそ結果の予想がつくような気がして、新しいことに踏み出す気力を失いがちです。けれど、大切なのはとにかく実際にやってみることです。
行動するまでは、どんな人と出会い、どんな出来事が起こるかわかりません。
同じ時期にフリーランスになり、合同持込みをしたイラストレーター仲間も、今現在やっていることは全く違います。それぞれの出会いや起きたことに向き合いながら、自分の道を歩んだ結果です。また、一度の挑戦ではできなかったことを何年か後にまたやってみたらできたということもよくあります。自分も成長し、周囲の環境や条件も常に変わるので、結果も同じではないのです。年々重くなる腰を、まずはちょっと持ち上げてみましょう。
・長期的に考える
いろいろ試してもやはり絵で食べていくことが苦しくなったら、少し離れてみてもいいのです。別の仕事をしてもいいし、しばらく休んで仕事以外のことをしてもいい。戻ってくる道は、いつでもあります。戻りたいときに戻れるように、自分をすり減らさないことが大切だと思います。
ここにあげた対応策は私自身や、身近な仲間の経験から生まれたものです。人は「もう無理だ」と思ったとき、自分の視野が狭まって、あるはずの選択肢を見落としてしまうことがあります。そんなときは、他の人の考え方に触れることで新しい解決策を思いつくかもしれません。これらもヒントにしながら最終的には自分なりのやりかたで「絵で食べていきたいという気持ち」を守りつづけること。これが長く絵で食べつづけるための一番の秘訣ではないかと思います。
文/白ふくろう舎
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