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「食べること」を通して見えてくる、福島の「いま」――映画『ロッコク・キッチン』

中学1年生から大学2年生までの8年間暮らし、今も実家のあるまちには、国道6号線が通っている。10代の私には、この先に東京がある、ということしか見えていなかったけれど、振り向いたその先には福島の人々の生活がつらなっていたのだと、この映画を観て気づいた。

2011年3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原発事故は、多くの人々の日常を奪い、福島の地に深い爪痕を残した。あれから15年が経つ。

ドキュメンタリー映画『ロッコク・キッチン』は、国道6号線(通称「ロッコク」)沿いの地域を舞台に、「食べること」を通して、福島のいまを見つめた作品である。東京・日本橋から千葉、茨城、福島を経て仙台へ至るこの道は、福島第一原発事故によって全町民が避難を余儀なくされた富岡町、大熊町、双葉町、浪江町を通る。道路沿いからは、メルトダウンした原子力発電所が見える。本作は、13年が経過した2024年に撮影が行われた。

「みんな、なにを食べて、どう生きてるんだろ?」

本作の出発点にあるのは、この素朴な問いである。「ロッコク・キッチン」は、ロッコク沿いに暮らす人々が、日々どんなふうに、なにを食べているかについて書かれたものが読みたいという、ノンフィクション作家・川内有緒さんの発想から始まったプロジェクトだ。プロジェクトの立ち上げは、2023年秋。

エッセイ募集から始まったプロジェクトは、やがて実際に人に会い、料理をともにし、語り合う旅へと展開していく。

印象的だったのが、本作のポスタービジュアルにもなっている、夜だけオープンする本屋「読書屋 息つぎ」の武内優さんのエピソードだ。ビニールハウスの枠組みを利用した屋外の本屋。店主の武内さんは、震災当時、小学6年生だったという。北関東、福島県内、西日本と各地を転々とし、12年ぶりに故郷の大熊町に戻ってきた。

「震災前はこのあたりはどのような場所だったのか」と問う川内さんに、武内さんは「建物がなくなると思い出すきっかけがなくなって、もう思い出せない」と答える。時を経てやっと戻れた故郷に、過去のおもかげはなく、自身の記憶も薄れてきているという。本屋は、かつて武内さんのおばあさんの家があり、いまは解体されてしまった跡地にある。しかし、在りし日の姿は、もう思い出せない。大熊町内にある武内さんの家も、解体を待っているのだと告げられた。

本屋のシーンで交わされる武内さんと川内さんの言葉のやりとりは、取材する者と取材される者という境界を越えた対話のように感じられた。穏やかに、真面目に語り合う姿に、この映画は悲しみや怒りを声高に叫んだり、対立や分断を大仰にあおったりする類のものではないとわかる。それは、川内さんの姿勢でもあり、武内さんの姿勢でもあるように思えた。だからこそなのか、より重く胸に迫るものがある。映画を観ながら、この対話を書きとめておかなければ、と思った。試写室の暗がりでとったメモには、「いまのおおくままちを、いまのままこうていする」と書いてあった。

武内さんの書店「読書屋 息つぎ」の営業が夜だけなのは、武内さんに昼間の仕事があるからだ。武内さんは、福島第一原発で板金加工の仕事をしているという。昼は板金工、夜は書店主という二足のわらじをはきながら、毎日18:00~21:00で店を開けていると話した。

この日の「読書屋 息つぎ」の晩ご飯は、大熊町に移住してきた女性が鍋ごと持ち込んだクラムチャウダーの差し入れだった。夜の屋外の書店という寒さと冷たさが伝わってくる映像に、ぬくもりが加わったようであった。

チャイ、ギョーザ、中華丼、鍋料理。画面に映るのは特別なごちそうではなく、ごく日常的な食事ばかりだ。しかし、その一食一食の背景には、それぞれが過ごしてきた時間と、それぞれの事情が折り重なっている。「きのうの晩ご飯は何を食べましたか」と聞かれると、一度みんな考え込む。そして、数秒後に思い出して答える人の顔は、みな明るい。たとえそれがカップラーメンであっても、笑いながら、何かしらの理由を話すことに気づいた。

この映画には、地元の方々の協力で集まった、震災以前に撮影されたホームムービーの映像が随所に挿入されている。たとえば2008年の双葉町の海岸の海水浴の映像。たとえば2010年の新町商店街の映像などなど。

プロジェクトに集まったたくさんのホームムービーの中には、食べものの記録だけでなく、海岸や松林、商店街、漁港などの震災前の風景がたくさん映り込んでいた。かつてあった日常や家族の食卓を映したそれらの映像が映画に挿入されることで、再開発や解体によって消えつつある「暮らしの記憶」を、現在へ、そして次世代へとつなぐ重要な手がかりになっている。2025年1月には、これらのホームムービーだけをまとめて再生するイベントが行われたそうだ。

2026年1月31日には、映画の全国上映を前に、福島県富岡町の文化交流センター「学びの森」で先行上映会と舞台あいさつが行われた。上映後にはアフターパーティが開催され、映画にも登場する東京電力OBをはじめ、プロジェクトに参加した地元の方々もたくさん訪れたという。

多くの人がかかわったロッコク・キッチン・プロジェクト。このプロジェクトが問い続けてきたものは、「みんな、なにを食べて、どう生きてるの?」という一点である。「なに食べた?」から始まる対話のなかで、「どう生きているか」が見えてくる。福島第一原発事故から15年経ったロッコク沿いのまちが、被災や復興という枠組みではなく、いまを生きる人たちの生活の場として立ち上がってくる。

ドキュメンタリー映画『ロッコク・キッチン』は、今後、2⽉14⽇(⼟)のポレポレ東中野(東京)を皮切りに、全国での上映が予定されている。

文/津田 麻紀子

映画 『ロッコク・キッチン』
2⽉14⽇(⼟)ポレポレ東中野、3⽉6⽇(⾦)シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』、3月13日(金)まちポレいわき ほか全国順次公開

監督:川内有緒 + 三好大輔
音楽:坂口恭平 撮影・録音:三好大輔 編集:川内有緒 三好大輔
スチール:一之瀬ちひろ アニメーション制作:森下征治 森下豊子
サウンドデザイン:滝野ますみ ドローン撮影:森下征治
ナレーション:武内優 プロデューサー:渡辺陽一 宮本英実
制作:2025年 / 制作国:日本 / 上映時間:122分
©ロッコク・キッチン・プロジェクト
公式ウェブサイトはこちら   

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