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愛と親しみと切なさとあったかさと。『高橋幸宏 50周年ライヴ LOVE TOGETHER 愛こそすべて 』を観て 

8歳のとき、初めてYMOの『Rydeen』を聴いた。これは未来の音楽だ。ピコピコとした電子音。きっと宇宙人みたいな人たちが弾いているに違いない。果たしてYMOがテレビに現れた。クローズアップされたドラマーはいやに姿勢がいい。それが高橋幸宏さんだった。あ、宇宙人じゃないや。思いっきり人間だった。

以来、音楽の師としてYMO3人の音楽を長らく聴いてきた。やがて教授(坂本龍一)が、がんで闘病生活に入る。幸宏さんは脳梗塞を患う。なんだか親が病気です。そんな気分になっていた。『高橋幸宏 50周年ライヴ LOVE TOGETHER 愛こそすべて』のチケットが売り出されると、ファンは皆、「幸宏さん、快方に向かっているんだ」と思った。即日完売した後に一転、7月に幸宏さんがライブに出られないかもしれないというアナウンスがあった。活動が宙ぶらりんになっている幸宏さんのテクノバンド・METAFIVEの話を友人としていて、「もう幸宏さん、演奏しなくていいから、ステージに出てきて『METAFIVE、解散!』とだけ言ってよ」なんて言い合っていた。

ライヴ開始前

9月18日のライブ当日、台風14号が日本列島を縦断した。会場の渋谷・NHKホールも豪雨に見舞われ、開演が28分遅れた。幸宏さんデビュー50周年のお祝いなのに、本人がいない。しかし高野寛率いる幸宏さんゆかりのバンドメンバーの音が鳴ると、主役不在の欠落感は吹き飛んだ。矢口博康、ゴンドウトモヒコ、高田漣……。皆、幸宏さんと同時代を駆け抜け、幸宏さんに教えられてきた人ばかりだ。特にドラムの大井一彌に至っては、タイトな音もドラムを叩くその背格好もまるで幸宏さんそのものだった。

緻密で優しい音がした。バンドメンバーはこの夏、どれだけ練習を重ねたのだろう。病に負けずに頑張る幸宏さんに喜んでもらいたい一心で練習したのだと思う。キャリアの長いアーティストだけに、セットリストを組むのは至難の業だ。テクノ、アコースティック、アーティストへの提供曲……。ジャンルレスな幸宏さんの膨大な曲の中から、ゲスト一人ひとりにアプローチして楽曲群を編み上げた音楽監督・高野寛の仕事ぶりを思う。優しくなきゃ、この仕事はできないな。なにせこの日のゲストは19名もいたのだから。

台風14号の影響はライブ中にも現れた。コロナ禍の開催で、NHKホール閉館の時間は決まっているのだ。こんなにゲストがいるのに、1曲2曲歌うとすぐにセットチェンジが入る。一緒にいた人は「まるで『NHKのど自慢』みたいな慌ただしさだ」と言った。え? 大貫妙子も鈴木慶一も小原礼も林立夫も立花ハジメもSteve Jansenも原田知世も坂本美雨も小山田圭吾もスカパラホーンセクションもいるのに。もっと見たかったのに袖に引っ込んじゃうの~? 腹八分目どころか腹四分目で、とんでもない豪華なおかずが次から次へと出てくるライブだった。

たしかに慌ただしい。でもゲストが皆、ホームパーティーに来たようなカジュアルさで現れた。幸宏さんはすっごく年上だけどお友達。幸宏は長年一緒にやってきたお友達。もっというと、会場をぎっしり埋め尽くしたファンも「50周年のお祝いに駆けつけました」という古くからのお友達感があった。実は似たような構成で、松本隆作詞活動50周年記念の「風街オデッセイ2021」というライブが昨年あった。こちらは誤解を恐れず言うならば、「えっへん、僕って偉いでしょ?」という松本隆の権威的な側面が若干見受けられた。一方、幸宏さんのライブはでっかいホームパーティー。ライブメンバーやゲストがたびたび口にする「幸宏さんはこの様子を映像で観てますから」。本人不在でも、たしかに幸宏さんがその場にいる感覚があった。

ライブ終盤、サディスティック・ミカ・バンドでボーカルを取った木村カエラが現れた。会場は幸宏さんと同世代の60~70代も多い。「幸宏さん、観てますから。さあ、立ちましょう!」と、腰の重いファンを一気に立たせる彼女。明るい陽のエネルギーを存分に放つフロントマンとしての木村カエラはすごい。『タイムマシンにおねがい』を爽快に歌い上げ、台風で湿気た空気を変えてしまう。そして冒頭の『Rydeen』の作曲者が幸宏さんだと知らずに彼女は一緒に仕事をして、「あの曲作ったの、オレだよ!」と幸宏さんに言われたこと。「え? あの曲って、運動会の徒競走や大玉送りで流れる曲ですよね」 と木村カエラが言い返したこと。そんな笑い話まで披露してくれた。

ラストのゲストはやっぱり細野晴臣さんだった。YMOでこの一曲となると、細野さんが必ず選ぶ『CUE』が披露された。そして最後に流れたのは幸宏さんの『元気ならうれしいね』。元気ならうれしい。遠くても気になる。愛がちょっと切ない。もうまさに幸宏さんの現在そのものじゃないか。

実は私、幸宏さんの甘い歌詞がちょっと苦手だった。「君」と「僕」という、一人称と二人称で書かれる幸宏さんの歌詞。聴いていると、ちょっと照れくさくなっちゃうのだ。でもこんなにも幸宏さんの甘酸っぱい歌詞が沁みた日はない。「君」はNHKホールにいる私達みんな。「僕」は幸宏さん。僕は不幸じゃない。それを聴いて、目頭が熱くなる。いいホームパーティーだった。でっかいホームパーティーだった。幸宏さん、次はNHKホールで会いましょうね。

文/横山 由希路

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