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はしゃいでもいい、おばさんでもいい。そう教えてくれた『OVER THE SUN 幸せの黄色い私たち』

自分より年上の女性と話す時、「私はおばさんだから」と言われる度に、困っていた。なんと返したらいいのか。自分と年齢が3つくらいしか離れていない人に言われても困るし、10歳以上離れている人に言われても困る。「そんなことないですよ」としか言えず、それが相手にとって、良い返しなのかもわからずに困惑していた。しかし、30歳も過ぎ、自分より年下の女性と話す機会も増えた時、私の口から自然とあの言葉が出た。「いやあ、私なんてもうおばさんだよ」。目の前にいた年下の女性は、苦笑いした後に「そんなことないですよ!」と元気に否定してくれた。やっちまった。私が困っていたことと同じように、相手を困らせてしまった。それ以降、自分のことを人前で「おばさん」と言わないようにした。 

私が初めてポッドキャストを聞いたのは、『OVER THE SUN』だった。コラムニストのジェーン・スーさんと、フリーアナウンサーの堀井美香さんが、2人で雑談をするポッドキャスト番組だ。50代に突入した2人は、自身を「おばさん」と形容する。閉経、鎖骨が埋まる、疲れた体にアミノ酸が効く。雑談の内容は今の私には、2人と同じ粒度で理解はできないだろう。共感もまだできていないけど、こんなにも楽しく50代を生きている人がいるのだと、知れたことが嬉しかったのかもしれない。今度はどんな話を2人はしてくれるのだろう。気づけば、毎週金曜日の配信が楽しみになっていた。

そんな2人を生で見る機会が訪れた。LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で、2日間イベントを開催するという。2人の作る空間を体験したい。その一心でチケットを取った。

イベントは、日ごとにコンセプトが設定されていた。1日目は「はなす」で、2日目は「はしゃぐ」だった。私がチケットを取ったのは、2日目の「はしゃぐ」だった。イベントについては、コンセプトの発表のみ。なにが起こるか全く予想できないまま、当日を迎えた。

開演と共に、舞台が明るくなる。ラジオブースのようなセットが、センターに置かれていた。2人は向かい合って椅子に腰かけている。いつも聞いている声が、少し芝居がかったように感じる。そうか、今日は演技をする日なのかと、ぼんやり認識できた。

スーさんが、打合せがあるのになかなか戻ってこないTBSラジオの社員・吉田さんを探しに行く。すると、吉田さんが誰かと電話をしている様子を見つける。

「イベントが終わるまでは、番組が終了することは、2人には言わないでおきましょう」

吉田さんが話していた内容に、驚愕するスーさん。急いで美香さんのところへ戻り、番組が終わるらしいと伝える。演技だとわかっていても、一瞬本当に番組が終わったらどうしようと、どきりとする。

次の場面では、謎のカリスマ占い師・マダムうららが登場する。マダムうららの占いとオーラ診断の結果、3つの予言「挑戦」「分裂」「ヤマハタタキアウ」が2人に告げられる。

予言を聞いた2人は、番組が終わるとしても、イベントはお互いのやりたいことをやろうと決意する。スーさんはダンス、美香さんはマジックに挑戦する。ダンサーのJESSICAさんからレッスンを受けるスーさん。いろんな人に電話を掛ける美香さん。なにが起こっているのか、わかっているが、ついていけていない、そんな心境だった。

場面はどんどん進み、ダンスの練習で疲労感に襲われるスーさんと、マジックがあまり上達していないように見受けられる美香さん。

スーさんが「ちゃんとやろうよ」と言い、美香さんと言い合いになってしまう。一度は分裂した2人だったが、仲直りをして再びイベントに向けて進み始める。終盤には、終了するのは別の番組だと判明する。「おばさんの勘違いよ」そう笑い飛ばすスーさんに、会場は笑いに包まれる。

お芝居が終わり、ついに2人の挑戦の時間が始まった。BOØWYのMARIONETTEが流れる。スパンコールのジャケットを身にまとったスーさんが登場し、ダンスを披露する。JESSICAさんも登場し、ダンスを踊る。かっこよく、楽しそうにダンスを踊る姿に、気づけば涙が出ていた。自分のやりたいことを、堂々と表現する姿に、心が震えた。

ダンスが終わると、黒いジャケットを着た美香さんが登場する。マジックを披露すると言って、美香さんが呼び込んだのは、Mr.マリックさんだった。マリックさんのハンドパワーにより、美香さんはほんの少しだけ宙に浮く。想像とは違う空中浮遊に、さっきまでの涙はどこへ行ったのか。私は大きな声を出して笑っていた。涙あり、笑いあり、感情の波は激しく大きい。

2人の挑戦に大きな拍手が起き、次はスクリーンに映像が流れ始める。

「ヤマハタタキアウ」

謎の予言が流れ、2人がヤマハ音楽教室に向かう姿が映しだされる。会場はざわざわしだす。ドラムセットに座り、練習しているではないか。まさか。

舞台が明るくなり、ラジオブースのセットが回転する。2つ並んだドラムセットに、ひとりずつ座って登場した。ギターやベースの演奏に合わせて、TM NetworkのGet Wildをたたき始める。番組のイベントではおなじみの、秋川雅史さんも登場し、歓声を浴びながら歌う。それぞれドラムソロを決めた2人に、客席から大きな拍手が送られる。

演奏が終わり、2人が出演者やスタッフを1人ずつ紹介する。「自分たちのやりたいことを詰め込んだ、周りの人達の協力がなければここまでできなかった」。そう言い合う2人の姿にどくんと心臓が動く。自身のやりたいことを、全力でやるための努力も、沢山の人が関わる事の重圧も、どちらも簡単にはこなせないだろう。2人のやりきった表情が、それを物語っていた。

このイベントを通じて、私は自分自身にかけていた呪いに気づいた。性別や年齢など、自分では変えがたいもので、人の役割を決めつける呪いだ。

学生時代に、「30歳超えても独身の女は負け組」「可愛くて愛嬌のある女性がモテる」など、世間でささやかれる言葉が、私に刷り込まれていった。社会に出てからは、職場の先輩に「若い女の子は、すぐに結婚して会社辞めちゃうからなあ」と言われた。

なぜ、年齢で負け組と判定されなきゃいけないのか。女性なのに、可愛いらしさも愛嬌もない私がダメなのか。早くに結婚する気がない私が、おかしかったのか。世間が女性に求める役割を、なにもこなせる気がしなかった。

自分を「可愛くて愛嬌のある女性」と思えないから、「おばさん」と言って、どうにか誤魔化そうとしていた。やりたいと思ったことも、「もう遅い」と、諦めようとしていた。私にささやかれたような言葉は、ここ数年すっかり聞かなくなった。「今の若い子は、私みたいな言葉をかけられなくていいなあ」と、羨ましい気持ちと恨めしい気持ちが、ごちゃ混ぜになる。年齢や性別で判断されることが嫌だった私が、一番それに囚われていたのだ。

スーさんも美香さんも、年齢や性別を受け入れながら、自分たちのやりたいことに挑戦していた。性別で当てはめられそうな役割は、自分から選ばなくても良い。自分のやりたいことに、挑戦しても良い。そんなメッセージを、2人の姿から勝手に受け取った。

私が50代になったら、どんな「おばさん」になっているのだろう。その頃には、呪いがすっかり解けていてほしい。スーさんや美香さんのように、後輩に希望を与えられるような、かっこいい「おばさん」になっていてほしい。そうなるために、今の私は太陽の向こう側まで、ひたすらに突き進むことにする。

文/虻川 なつみ

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