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『Michael/マイケル』をじっとしたまま見られる人はいるだろうか

批判を恐れず言うと、マイケルを地球上で最も好きなのは、僕だ。マイケルを最も理解しているのも、僕だ。そう思ってしまう。彼を、ひとり占めしたくなる。ちなみに僕は、マイケルのバックダンサーが来日した際にはダンスを習いに行った。マイケルにムーンウォークを教えたと言われるダンサーも、来日した際に見に行った。ミュージカル『MJ』を見に、ブロードウェイにも行った。マイケルのボイストレーナー直伝の日本人のトレーナーからは、何度もボイトレを受けた。いくらお金を使ったかわからない。それくらいには、マイケルが好きだ。

そして、ほかの皆もきっとそうなのだ。自分こそが最もマイケルを好きなのだと、思いたい。自分こそが最もマイケルを理解していると願うあまり、モノマネをしている人を見ると、ついアラを探してしまう。腰の使い方、体の傾け方、キレの良さ。今まで何人ものモノマネタレントを見てきたけれど、正直、完全に一致する人はいなかった。でも、しょうがないのだ。体が違えば、動きは変わる。そういうものなのだ。

つまり、マイケルの動きを再現しようとした時点で、ある程度の批判・中傷は覚悟しなければならない。しかも、世界向けのエンタメであれば、そういう反応は世界中から向けられる。マイケル・ジャクソンのお兄さん、ジャーメイン・ジャクソンの息子であるジャファー・ジャクソンは、映画『Michael/マイケル』で自分の叔父を演じ、その道を選んだのだ。

どれだけの恐怖とプレッシャーがあっただろう。しかも彼は、この映画の制作が決定した時点では俳優の経験さえなく、自分が叔父を演じることも発想になかったそうだ。つまり、ほぼゼロから練習したということだ。結果の映像から考えると、信じられない。

映画の中ではマイケル達がジャクソン5を組成し、地方の飲食店などで活躍する姿から始まる。マイケルはすぐに頭角を現す。父親の邪魔を受けながらも、ソロとして活動しはじめ、後半あの『スリラー』のMVを撮影するシーンに。ゾンビのメイクをして、赤いパンツとジャケットを着て踊る。ファンとしては何度も見た光景。うんうん、そうだよね、監督も似てるね、と思いながら見ていた。サビのシーンに差し掛かった時だった。僕の口はあんぐりと開き、それこそゾンビのように顎が落っこちそうだった。なんという再現の精度だろう。

ダンスの経験があり、自分が踊っているところを映像で見たことがある人なら、わかってもらえると思う。自分の体の感覚をたよりに、いま自分が”こんな感じで見えている”とイメージした姿と、実際の見え方にはとても乖離がある。特にダンスを習い始めた時は、その乖離が激しい。僕は初めて自分が踊っている映像を見た時、「キモいっ!」と思った。カッコいい状態にはほど遠い。20代前半〜30代前半まで、約10年ほど断続的にダンスレッスンに通ったが、とうとうその乖離を埋めることはできず、ダンスを辞めてしまった。そもそも僕に素質が無かったことも原因だと思う。でも、よっぽどの天才でない限り、多かれ少なかれ皆おなじ道を辿るはずだ。イメージと実際の見え方の乖離を埋めるのは、思っているより大変なのだ。

自分がカッコいいと思う状態にするまでも大変だ。更に特定の人のマネをする場合は、自分の体の形や動きの癖などからも修正していく必要があり、その工程での苦労は並大抵ではないだろう。というか、僕の感覚では、ほぼ無理なことだと思っている。しかし、この映画の『スリラー』は、カメラの撮り方の画角も含めて、元のMVに非常に近い状態で仕上がっている。その苦労は、僕からすると果てしなさ過ぎて、想像することもできない。血の滲むような練習と撮影が、あっただろう。それは、語らなくても伝わってくる。パンフレットのコメントやYouTubeのインタビュー動画では、制作中の苦労について、スタッフや演者はにこやかに答えている。いやいや、そんなものではないだろう。きっとみんな、インタビューもエンターテイナーとして対応しているのだ。あの肉薄した再現からは、何人かが病んでいてもおかしくないとさえ思った。もう、ここまでの再現であれば、元のMVを流せばいいのではないか。そう思いそうになったくらいだ。

物語は『BAD』ツアーのステージを最後に、閉幕となる。ライブの映像はMVとは違い、何度も見た映像ではなかったから、オリジナルとの一致を確認するような時間ではなく、シンプルにライブとして楽しんだ。このステージを見た後の感覚、自分の中の感覚を確かめて、僕は思った。最後のこのステージは、ジャファーのステージになっている。マイケルと同じかということを超えて、ジャファーのステージを、純粋に楽しんだ。イスに座っていることが苦痛に感じるくらい、体が動いてしまうのを止めるのが大変だった。

そして、最後のシーンが終わり、スタッフロールを見ていた時、また驚いた。いつも聞いているマイケルの曲を映画館の大きなスピーカーで聞くと、楽器の一つひとつが個々に聞こえてくる。すると、演奏されている音の一つひとつがちゃんと意思を持って鳴っている気がして、まさに”演奏”を聞いている感覚になった。それがまた、僕をじっとしていられない状態にした。体がくい、くいっと動く。これが、音楽なのかと思った。僕がまだ理解できないGrooveという言葉の意味は、ひょっとしたら、これだろうか。

もう少しで69歳になる僕の母は、この映画を公開初日に一人で見に行ってきた。40年近く前、ディズニーランドでアトラクションとして流れていたショートフィルム『キャプテンEO』を、僕たち3人の姉弟を連れて何度も見に行かせてくれたのは、他でもない、この人だ。本人もマイケルが大好きなのだ。介護の仕事をしていて、夜勤明けの体に鞭打って行ってきたのだ。膝の軟骨がすり減り、ずっと足を引きずって生活している。駅から映画館まで歩くのに人より3倍以上時間がかかるはずだ。それでも、行ってきた。夜、感想を聞いてみると「マイケルも一人の人間だったんだなと思ったよ。すごく良かった。もう一回行く!」という彼女。その言葉を聞いて、僕は次の日に見に行き、このレビューを書いた。ジャファーとマイケルの音楽の力は、膝の痛みを超えるのだ。

文/hanata.jp

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