
「ウクライナの手袋とロシアの魔女――『文化の脱走兵』を読んで越えた心の国境線」
10数年ぶりに、子どもたちが小さかったころに読み聞かせていた本を探した。その本を探してもう一度読みたくなったのは、奈倉有里さんの『文化の脱走兵』(講談社)を読んだからだった。
我が家に上の子が生まれて間もないころに、たまたま郵便局で手に取ったチラシを見て「童話館ぶっくくらぶ」に入会した。長崎にある児童書専門の本屋さんが毎月2冊ずつ、子どもの年齢に応じた本を選書して配本してくれる。配本は下の子どもが中学生になるまで15年間続いた。ひと月に2冊ずつ、1年に24冊×15年。いっとき我が家には本屋さんが開けるのではないかと思うほどの絵本と本があった。
そのうち狭い我が家にはすべての本を保管する場所がなくなり、子どもたちと話し合って本を処分することにした。ただし、とりわけ自分が気に入っている絵本と読み物を1人10冊まで取っておくことにした。
子どもたちは悩みに悩んだ。さすがに児童書のプロが選んだ本ばかりである。なかなか決められなかったが、最終的に手元に残った絵本の中にウクライナの民話『てぶくろ』と、ロシアの民話『バーバ・ヤガー』があった。
『てぶくろ』は、森を散歩していたおじいさんが落とした手袋に、動物たちが次々と暖を求めて入ってくる物語だ。初めにやってきたのは小さなねずみ。次にかえるが、さらにうさぎが……と、やってくる動物たちはだんだん大きくなっていく。きつねがやってくるころには子どもたちから「おいおい、無理やろ」とツッコミが入るのが「お約束」だった。子どもたちは毎回、同じ場面で同じツッコミを入れるのを楽しんだ。わたしは(いや、うさぎの時点ですでに無理やろ)と心の中でツッコミつつ読んでいた。
さて物語は続き、さらにやってくるのはおおかみ、いのしし、そしてくま! 話の結末は知っているはずなのに、子どもたちの目は、絵本にくぎ付けになる。そして物語は、おじいさんが連れていた「こいぬ」が「わん! わん! わん!」と吠えて、動物たちがみな消えてしまう、という場面で終わる。雪の中にポツンと落ちている片っぽだけの手袋の絵。子どもたちはいつも、文字通り夢からさめたような面持ちで、しばらくそのページを眺めていた。(これから寝るのだけど)
一方『バーバ・ヤガー』は、ニワトリの足が生えた小屋に住む魔女が登場する、ロシアの古い民話だ。「悪い子を見つけてはシチューの中に放り込み、ぐつぐつ煮てくっちまう」と言う、古いお話に出てくるお決まりの恐ろしい魔女なのだが、言うことの物騒さに反して、ちょっとおまぬけでもある。子どもたちは、バーバ・ヤガーと主人公の少女マルーシャのやり取りに、つい笑ってしまう。そもそもマルーシャがバーバ・ヤガーにつかまったのは、母親に「カブを買ってきて」と頼まれたのに、売り切れで買えなかったからだ。「悪い子」どころか、お手伝いのできるとっても「良い子」なのに、なんとも理不尽である。最終的に、賢いマルーシャはハリネズミにされていた少年ドミトリーとともにバーバ・ヤガーのもとから逃げ出す、という物語。
『文化の脱走兵』を読んで絵本を読み返したとき、わたしはウクライナやロシアの子どもたちが、我が家の子どもたちと同じようにこの物語を読んでもらっている姿を思い浮かべた。ウクライナの母親もロシアの母親も、同じ場面で子どもたちの反応を楽しみながら読み聞かせ、子どもたちもベッドの中で睡魔と闘いながら耳を傾けているのだろうか。
「人を押し込めてしまう枠組みの中でも国の名前は特に、そのせいでなにかが見えなくなるような、そういうものなのだ」と奈倉さんは書く。それはたぶん、とても大切な「なにか」なのだ。その「なにか」が見えなくなるとき、人は心に国境を引くのかもしれない。
その「なにか」はたとえば、住んでいる国や話す言葉が違っても、同じ絵本を読み、同じ場面で笑うようなことかもしれない。
奈倉さんが書いたこの本を読み終えたときわたしは、自分がロシアに対して抱いていた一方的なイメージについて思いめぐらせた。「ロシアがウクライナを爆撃した」というニュースを聞いて「ウクライナを占領しようと一方的に爆撃したロシアは『悪い国』なのだ。だからウクライナに軍事的な支援をするのは正しいことだ」と、考えていたことに気が付いた。そしてそれはとても恐ろしいことだと思った。
わたしはうっかり「ロシアは悪い国」、というより「ロシア人はみな悪人」のレッテルを貼るところだった。「悪いロシア人」を懲らしめる方法を探すことが、ウクライナの人たちへの連帯を表す方法だと思っていた。
けれどいまはニュースで「ロシア」という言葉を聞くたびに、あの『バーバ・ヤガー』を思い出す。ニワトリの足の生えたへんてこな小屋、ボサボサ頭の理不尽な魔女、カブを買えなかっただけでとんでもない冒険に巻き込まれたマルーシャを。国の名前が持つイメージより先に、物語の登場人物たちの顔が浮かぶようになった。
『てぶくろ』も『バーバ・ヤガー』も本棚の一番取り出しやすい場所に戻した。もう読み聞かせてやる小さな子どもはいない。それでもときどき絵本を開いてみようと思う。「国」ではなく「人」を思い出すために。
文/森 佳乃子
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