
過去を変える暴力。変えられる希望。【さとゆみの今日もコレカラ/110】
人に対して腹立つことがあまりない。でも、暴力を受けた時は別だ。5年経った今でもうまく消化できない想いを、私はあるレストランに抱いている。
その店は、オーナーとシェフが2人でスタートした店だった。料理もワインも一流。だけど気さくな雰囲気で、「うちのシェフ、最高でしょう」が、オーナーの口癖だった。家族の誕生日も、結婚記念日も、重版のお祝いもその店でさせてもらった。一人でふらっと立ち寄る日も多かった。お客さんがはけてから、オーナーとシェフと3人で飲むこともあった。
開店から4年経った頃、突然シェフが変わった。酷い辞め方だったらしい。その日カウンターの客は私だけで、オーナーは彼がいかに怠慢で未熟だったかを語り始めた。
ゆみさん、よく出張帰りに「席、空いてますか?」って連絡くれたでしょう。あれ、本当は空いてる日も結構あったんだよね。だけど、アイツが「こんな時間から来るなよ。迷惑だよ」と言うから、なかなか受けられなかったの。
オセロの白がパタパタとひっくり返るように、この店での幸せな時間が塗り替えられる。この日、自分にとって大切な過去は、人の手で簡単に変えられてしまうのだと知った。凄まじい暴力だ。
新しいシェフは、あんな半端な料理を出すアイツとはモノが違うからと胸を張られた。私たち家族が美味しい美味しいと食べてきた料理はもう、どこにもなかった。それどころか、その記憶さえ今や粉々だ。半端な料理という言葉で踏みつけられた、私たちの誕生日。結婚記念日。
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あの日無防備だった私は、ほかならぬ自分の過去なのに自分で防御できなかった。大切な記憶を守るために、何かできることはあったろうか。同じようなことがもし再び起こったら、私は私の過去を守れるか? そして私は人の過去を砕いてないか。
一方、たった数十秒の言葉で、簡単に過去が変えられることは、希望でもあると気づく。解釈が変われば、過去は変わる。ならば、私のオセロがパタパタとひっくり返って黒くなったように、その逆もあるということだ。
その言葉は、友人の一言かもしれないし、私たちが書く書籍の一行かもしれない。
願わくばと刻みながら、今日も書く。

