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ピタッと一流【さとゆみの今日もコレカラ/第 131 回】

小学生と中学生の時、男子ソフトテニスの世界チャンピオンと練習させてもらったことがある。当時は軟式テニスという名称だった。

父と交流があったその人は、年に何度か、私たちの練習に合流して指導をしてくれた。その人は、小学生との練習でも一球一球ちゃんと声を出してボールを打つ。適当に返すボールは一球もなくて、膝をしっかり曲げてラケット面を確かめるようにして丁寧に打つ。

ラリーをすると、測ったようにピタッと同じ場所にボールが戻ってくる。私たち小学生は、ほとんど一歩も動くことなく、同じ場所でボールを打ち続けることができる。

あるとき、「父がお願いして来てくださっているのはさておき質問なんですけれど、小学生相手のこんな練習に付き合っていていいんですか?  もっとレベルの高い人たちと練習しないと下手になりませんか?」と聞いたことがある。「君たち初心者の、どこにくるかわからないボールをきっちり同じ場所に返すのは、とても練習になる」と言われた。

父が「一流って、そういうことだ」と言った。

以来、一流と聞くといつも、その方とのラリーを思い出す。

恵まれた環境も恵まれない環境も己の負荷にできるのが一流なのだと理解した。

【この記事をおすすめ】

鳥山明先生がこの作品で伝えたかったことは、何だろう。思っている以上に人間同士がお互いを思いやれていない日々を、立ち止まって見つめる必 要があるのではないだろうか。大それた形でなくていい、ただほんの少しだけ、そばにいる人を思いやって行動できれば、世界はハッピーになる。そんなメッセージが聞こえてきそうだ。

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