かわいい悪魔に大人が本気で考えさせられる。鳥山明さん原作・映画『SAND LAND』
鳥山明先生が『DRAGON BALL』で語り尽くせなかった政治や社会の問題を、可愛らしい悪魔たちとの旅を通して見つめる漫画『SAND LAND』は、一冊で完結する短編だ。この作品が、20年以上の時を経て長編アニメーション映画として上映されている。
本作は『DRAGON BALL』終了から5年後の2000年に、週刊少年ジャンプで短期集中連載された。舞台は、悪魔と人間が共存する架空の世界。この世界では貴重な水を国王が独り占めしていて、水に法外な値段が付いている。そのせいで人々は日々の暮らしに困窮していた。そんな国王の覇権を挫くべく、人間の保安官ラオと悪魔のベルゼブブ、しょうがなく同行させられる魔物のシーフの3人で、幻の泉を求めて旅をする。悪魔と魔物と人間という異色のチームが、危なっかしくも信頼感と結束力を高めながら大きな組織に挑んでいく。
現実世界でも水の供給がままならない地域は存在する。非現実の世界だがファンタジーとも言い切れない設定に、現実との共通点を感じながらスクリーンに釘付けになっていく。国王はまるで、油田の処遇を巡って戦争を始めるどこかの国の頭領のようだし、水の供給事情に右往左往させられる人々は、為替の変動に気をもむ私たちに似ている。
主人公であるベルゼブブは、素直で好奇心旺盛。全身ピンク色の悪魔だ。悪魔である彼の悪事とは、歯を磨かないで寝ること。一方、人間であるラオが過去に行った行動は、冗談にも笑えないほど残酷なものだった。本来なら人間を苦しめたりいたずらをするはずの悪魔が、ラオの話を聞いて絶句する。そこに、現実でも資源や領土を巡り、目もあてられないような所業を繰り返す人間の姿が重なる。人間とは悪魔よりひどい生き物なのかもしれない。悪魔の視点を借りて、人間という生態を引いた目で見る。『SAND LAND』とは、人間社会を俯瞰し省みるためのモデルケースなのだ。
ネタバレになるので詳細は割愛するが、敵方のアレ将軍という人間には、葛藤するシーンがある。しかし悪魔のベルゼブブには悩んでいるシーンがほとんど無い。人間のみが葛藤し悩むという精神性を見せていくことで、悪魔と人間の区別を巧妙に感じさせてくれるのも面白い点だ。人間関係の中で起こる理不尽や、利害関係に考え込む人間。その傍らで裏表なく、ただただ素直に気持ちを表現し、自分の思うままに行動する悪魔のベルゼブブ。この対比を見て、自分の日常を思ってしまう。もっと素直にシンプルに生きたらいいのにと。
リーダー的な立場である人間ラオと、時には相棒のように、時には子どものような関わり方でベルゼブブは対話する。ラオは過去に配偶者を亡くし、今でも一途に元妻を想っている。そんなラオを知り、お互いの理解と、それによって生まれる愛情がチームの結束力を強くしていく。悪魔と人間でさえ通い合わせているこの愛情を、私たちは大切にできているだろうか。
鳥山明先生がこの作品で伝えたかったことは、何だろう。思っている以上に人間同士がお互いを思いやれていない日々を、立ち止まって見つめる必要があるのではないだろうか。大それた形でなくていい、ただほんの少しだけ、そばにいる人を思いやって行動できれば、世界はハッピーになる。そんなメッセージが聞こえてきそうだ。
キャラクターたちはとても愛らしく、真剣な話をしている時でも冗談交じりの会話でコミュニケーションを取る。そのやり取りに、時々ぷっと笑ってしまう。それ故に、扱っているテーマはかなり重いはずなのに、全くと言っていいほどストレスを感じずにさらりと観られてしまう。今回脚本を務めた森ハヤシさんは、元コントグループのリーダーだそうだ。確かに3人の掛け合いは、どこかコントっぽい。
映像もとても美しい。漫画タッチで描かれている線にも関わらず、戦車の装甲や内部は非常に細かく描写されていて、ポップさと繊細さが同居している。また、しつこくない3DCGの使い方が絶妙だ。全てを立体表現にするわけではなく、動きが強調された箇所で立体表現を用い、CGを漫画タッチの絵に自然とマッチさせていた。現実には存在しないはずの悪魔や魔物のキャラクターたちも、しっかりと肉体がそこにあって、生きて動いているような、厚みを感じさせる映像で描かれている。そのため感情移入しやすい。爆発シーンや格闘シーンでは迫力を最大限に演じ、劇場ならではの醍醐味も十分以上だ。
2001年に米国では同時多発テロが起きた。当時この作品を読んだ子どもたちは大人になり、今でも世界ではまた新たな戦争が起こっている。資源の枯渇や立場の違いから起こる争いごとを扱った本作を改めて大人の目で観ると、現実の世界と照らし合わさずにはいられないだろう。悪魔たちとの不思議でかわいいロードムービーは、ニュースやドキュメンタリーとは少し違った形で私たちに問いかけてくる。
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