
自信、あったほうがいいのかなあ【さとゆみの今日もコレカラ/第426回】
昨日は一日じゅう「自信」という言葉や、この言葉が指す状態について考えていた。
というのも今、この「今日もコレカラ」のZINEを買ってくださったみなさんの悩みや関心ごとに合わせて1冊ずつメッセージをつけてお送りしているのだけれど、
「自分に自信が持てるようになりたい」
「自信がなくて挑戦できない」
というお悩みが多く、それに対するメッセージをずっと考えていたのです。
「自信」って何だろう。
辞書的には
①自分の能力や技術を信じる
②自分を信頼する
の2つがあるみたいだ。
たとえばスポーツ選手のような職業の場合、練習を重ねて本番で自信を持ってプレイすることは大事だろう。この場合、自分に自信を持てるようになるためには、自信を持てるほど練習するしかない。
だけど、多分、みんなが「自信を持ちたい」「自信がない」というときは、こういうオリンピックの本番でうまくパフォーマンスできるか、というようなケースではなくて、「一歩踏み出す勇気」のようなものを指していることが多いように思う。
で、その場合なのだけれど、私、そこに「きっとできるはず」「うまくできるはず」の自信はいらない気がするの。
初めての場所や、自分にとってハードルが高い挑戦。自信満々でいられる方が不思議だ。つまり、①はない。なくていいというか、普通持てなくて当然だと思う。自信満々の新人がいたら、ちょっと大丈夫ですか? と言いたくなる。
だけど、②はあるといいなと思う。自分への信頼。
うまくいかないこともあるだろうけれど、全うするぞ。
うまくできるようになるまで、やめないぞ。
私はそれを自分に約束するぞ。
そして私はその約束を守る人間なのだぞ。
これは、成功することを確信しているという意味の「自信」とは、むしろ逆の感覚のように思う。
むしろ、成功しなくてもくじけないぞ、という感じ?
そんなことを考えていたら、1人にメッセージを書くのに1時間とかかかっちゃって、なかなか進まないのですが、これが本当に楽しい。
みなさんからたくさんの「問いのプレゼント」をもらっている気持ち。
しあわせな休日。
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