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これでもう、見失ったりしない。自分軸を持ち続けるためのスタディ「WILL発掘ワーク」

「ベクトルがな、自分に向きすぎなんや」

超ベストセラー『夢をかなえるゾウ』でこんなセリフがあった。ベクトルを自分以外に向ける? 私には到底無理だ。私は私のことしか考えられない。もう何年も前に読んだとき、はっきりそう思った。自分が現在どれだけ幸せか、やりたいことができているか。その情熱があるから生きてこれたし、これからもそのつもりだ。

と思っていたのだが。昨年、広告業界へ転職した私の毎日は、目の前のタスクをこなすので精一杯。あのプロジェクトのあれが終わっていない、この案件のこれを調べておかなくちゃ、あの知識が足りないから勉強しないと。始業の2時間前に出社し終電ギリギリまで会社に残り、通勤時間も仕事にあて食事や睡眠時間を削り、気がついたら季節が変わっている。時間が、全然足りない。あれ、私のやりたいことってなんだった?

そんなとき、2024年3月に発売されたビジネス本『WILL「キャリアの羅針盤」の見つけ方』のもととなるワークショップに参加した。集まったのは同じビジネスライティングゼミ卒業生の31名だ。共通のコミュニティーに属するとはいえ、普段はSNSでたまに近況を知る程度であったが、順風満帆なキャリアを歩んでいるはずのあの人も、出産を終えたばかりで幸せいっぱいのはずのあの人も、海外に行きまくって自由を謳歌していたはずのあの人も、みんな少なからず自身の心の中にある何かを発掘したくてここにきた。

私たちをリードしてくれるのは本書の著者で、「WILL発掘おじさん」こと、WILL-ACTION Lab. 所長の大川陽介氏。自分のやりたいこと、ありたい姿を言語化する「WILL(意志)発掘ワークショップ」を主催し、今まで3,000人以上のWILL発掘を導いてきた。

通常は何週間もかけて行われるワークショップであるが、今回は超特急のエッセンシャル版として事前課題とペアワークによってそれぞれの心の中にある、やりたいこと=WILLの発掘を成し遂げる。

事前課題の内容は、自らの人生曲線を描き、子ども時代に夢中になったことや価値観が変化した経験などを記しておくこと。

この人生曲線の作成ですでに、私は途方に暮れてしまった。支給された用紙には、タテ線とヨコ線がそれぞれ1本ずつ引かれ、アルファベットのTを90度左回転した形をとっている。タテ線の上下にはプラスとマイナスのマークが記され、2本の線の結節点は0。ヨコ軸は時間を表すのだが、タテ軸は空欄になっていて、自分の人生を評価する言葉を自分で設定する。けれど、このタテ軸の空欄を私は埋めることができないでいた。今まで幸福を感じるのはどんなときだった? 空欄が私に問いかける。手を動かしたら何か出てくるかもしれない。実験してみよう。

実験その1。収入が幸福と比例しているかを考えてみる。収入をそのままタテ軸にしてみたら何か発見があるだろうか。親からのお小遣いが全収入だった中学時代まで、線はほとんど直線のまま0値のわずか上を走っている。借金はないからマイナスになることはない。だが、当時はなんとなく常にガマンをしていた。欲しかったものなど今となってはひとつも思い出せないのに、不自由さを感じていたことは覚えている。だからこそ高校に入学してすぐに始めたバイトの収入で、羽が生えたほどの自由を得た。稼いだお金をどう使おうが誰にも何も言われない。線の位置はそれまでの倍の高さまで上昇し、収入と幸福が比例している。けれど社会人として入社した不動産会社で、経理として評価され給料も年々上がったけれど、満足できていない自分がいた。給料をもらってもボーナスをもらっても、感謝の心を維持できない傲慢な自分。自分が世の中に関われていない無力感がどんどん膨らんだ。収入をもとに描いた人生曲線と自己評価の乖離は明らかだ。

収入をもとに描いた人生曲線

実験その2。他者からの好感度が幸福に比例するかを考えてみる。モテ期だった少女時代、同級生から3ヶ月に一度は告白された。先生たちからは下の名前で呼ばれ、同級生の親たちからも気に入られていた。スポーツクラブで受付スタッフとして働いていたときもそれはそれは人気者で……、とここまでプラス側で多少の上下を繰り返す曲線を描いてみて、だからどうした、と思った。他人からどんなに好評価を得ようと、当時抱えていた感情をなかったことにはできない。自分には何の能力もないんじゃないか、何も成し遂げられない人生を送るんじゃないかと不安と焦りを感じていたことが、この曲線には表れていない。

実験その3。自分自身がワクワクしていたか、は幸福と相関しているか。毎日図書館で好きな作家の本を片っ端から読んで過ごした小学生の頃。ハリーポッターにハマって英語とイギリス文化にどっぷり浸かった中学生時代。バイト先の大学生と夜中までおしゃべりして過ごした高校生時代。事業経営の面白さを知った不動産会社勤務時代。好奇心が自分の財産だと知ったライター養成講座の受講時期。本を読み、人と出会い、新しい世界を知ること。今度の曲線は上下しながらも右肩上がりを描いた。出来上がったのは、知的好奇心の充実度曲線だ。

出来上がった知的好奇心の充実度曲線

この人生曲線ワークでは、他人軸ではなく自分軸で人生を考えることが鍵となる。空欄に入る言葉はワクワク度でも幸福度でも自分らしさ度でもなんでも良かったのだ。そして、過去のどの時点でもなく「今」の自分が持つ価値観で自分の人生を評価することが重要だ。こうして、どこに向いているのかわからなかったベクトルを、この課題で思いっきり自分方向に向け直すことができた。

事前課題でとことん自分と向き合った気になるのだが、このワークの大きなポイントとなるのはペアワークだ。ペアを組んだ相手に描いた人生曲線を説明すると、なんで? それで? ほんとう? と相手に質問されるのがルールだ。なぜ夢中になったのか。どう変化したのか。どのような感情を持ったのか。いちいち言葉にしてみる。最初は自分をさらけ出すようでなんだか恥ずかしいのだが、相手が書いたものも自分が書いたものと同じくらいくだらなくて、おもしろくて、純粋だ。ペアの相手は傷つけたりバカにすることなく、むしろ楽しそうに、そして真剣に話を聞いてくれる。自分をよく見せたりカッコつける必要がないから、ありのままの自分をひたすら掘り起こせる。

この作業を大川さんは「壁打ち」と呼んだ。壁打ちを続けることで自分の偏愛と、価値観と、記憶の中の原風景とに共通点が見つかり、自分自身が素因数分解されていく。

たとえば、幼少期に冒険に出る空想ばかりしていた少女は、主人公が船旅に出る本ばかりを読み、保護者会に潜り込んで大人たちの会話を聞いていた。自立してからはひとり旅に繰り出し、興味を持った人にアプローチしてはサシ飲みに誘うことを現在の趣味にしている。ワークシートにはペアを組んだ相手が記してくれた「刺激マニア」の文字。

行ったことのない場所に行く。楽しそうに生きている人に話を聞く。世界を広げる、刺激を求めて。それが私の個性だ。

こうして自分の個性を土台として、今度は価値観(VALUE)と自分の時間を使って取り組むこと(MISSION)、実現したい未来(VISION)について書き起こしてみる。ペアの相手から繰り返し問われる、なんで? それで? ほんとう? によってこれからやりたいことがさらに磨かれていく。

たとえば、刺激マニアの個性を活かし、出会った人の好きなことを調べてみる、さらに自分でもやってみる。そうして自分の偏愛の数を増やして、新しい世界を探求していくこと。

ワークで掘り出したのは、「#尻軽・知識探求トラベラー」。それが私のWILLだ。

私たち全員がWILL発掘を成し遂げられたのには、ワーク中繰り返し聞いた大川さんの言葉の力が大きい。

「WILLは変わっていい」

変わらない軸なんてない、と大川さんは断言する。一度決めた目標を簡単に覆してはいけないと思い込んでいたが、時代が移り変わっていく中でなくなるものも生まれるものもあり、キャリアを歩む私たちが見ている景色も徐々に変わっていく。それならばやりたいことも興味の方向も変化するのが自然だ。それを前提に、変わったこと、変わらないことを自分で把握しておくことの方が重要ではないか。何度も何度も繰り返し自分と向き合うことで、WILLは更新されていくものなのだ。

収入が安定している仕事を辞めて、新しい業種・新しい職種にチャレンジした。それはまさに私の軸が新しい知識や新しい出会いによって変化したからだ。ワークで出てきたWILLを見て、私の歩んでいる道は間違っていないと安心できた。大丈夫、道半ばなだけだ。

誰の人生もラクではない。就職、転職、休職、離職、開業、起業。継続することでさえも、自分が選んだ道は正しいだろうかと不安がよぎる。その決断の先で、選んだ道を正解にしていくのは自分だ。正解にするためには、自分の心に正直でいることが重要で、WILLは心の方向を指し示す羅針盤だ。

文/ささき りょーこ

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