
私以外みんなバカと思っていたバカの行くすえ【今日もコレカラ/第628回】
高校生になるまで、子どもも大人も、タレントも政治家もまとめて、「私以外はみんなバカ」と思っている世間知らずだった。
今、考えると末恐ろしい。
ところが、15歳のとき。その根拠のない思い込みがガラガラと崩れた。
田舎者の私が越境入学でなんとか入学した高校の同級生は、みんな驚くほど頭がよかったのだ。
私はその高校に最低点で入学したので(私より1点低かった子は落ちていた)、文字通りみんな私より賢かった。そして、頭がいいだけではなく、みんな驚くほど性格もよかった。
わからなことを質問したら、先生よりもわかりやすく教えてくれたり、この問題集がわかりやすいよとか、こんな本を読むといいよとか、惜しみなく教えてくれた。
先生よりも、と書いたけれど、先生たちも非常に変わった人たちばかりで、高校なのに大学で習うようなことも教えてくれたり、教科書をぶっ飛ばしていろんな研究成果を教えてくれたりした。
うるさいことはまったく言われなかった。制服はなく私服登校だった。私が生まれる前から私服だったという。校則もあるようでないような感じで、自由な校風だった。唯一、「シマレ、ガンバレ」という校是があったのは覚えている。
「ああ、自分よりも頭がいい人ばかり周りにいる環境は、なんて幸せなんだろう」と思った。
みんな優しい、みんな頭がいい。なんでも聞ける。教えてもらえる。みんなそれぞれに学ぶことが好きで、自分が知ったことを楽しそうに教えてくれた。いじわるな人が全然いなかった。自分がリーダーにならなくてもいいのも嬉しかった。リーダーを支えるだけでいい。そりゃ全力で支えるさ。
こんなに素敵な人生があるか! と思った。高校時代は本当に幸せの極地だった。
鶏口牛後という言葉がある。
私は、牛の後ろにいるのが、心底、性に合っていたのだと思う。
そして、高校時代があまりにも幸せだったものだから、いまでも私は、自分よりもずっと頭のいい人、自分では考えつかないようなことをしている人、想像もできないぶっ飛んだ思考をしている人たちの話を聞いて書くことを仕事にしている。
そういう人たちが教えてくれることを一生懸命理解して、いっぱい噛み締めて書くのが、本当に幸せだ。
そんな心持ちの自分がすくすくと形成されたのも、高校時代の友人たちに恵まれたからだと思っている。
ヨーロッパに滞在している間に、その高校の同窓会があって、50歳になる代の私たちが幹事学年だった。
私は参加できなかったけれど、LINEグループに83人が集まり、懐かしい名前がずらっと並んでいた。
写真を見ながら、懐かしいなあ。みんな変わってないなあと思う。
いまの私をつくってくれた友人たち。
ありがとう。
私はいまの自分がとても好き。
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