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「室井が、走った」と泣けた日のこと【今日もコレカラ/第661回】

昨日はインタビューdayだったのだけれど、ライターがブータン&ネパール旅行帰りのアナちゃんだったので、待ち時間にはその旅行の話を聞いていた。
ブータンのお寺では「自分のことではなく、人のことを祈るのです」と言われ、ネパールのお寺では「自分のことを祈るのです」と言われた話とか。
時間の流れ方が全然違って、携帯が全然入らなくて、日本に帰ってきたら信じられない量のメールが未読になっていて、なんだかいろいろ考えてしまった話とか。

その話を聞いて思い出したのが、リクルートの人たちと一緒に15年くらい前に訪れた、タイの美容院視察ツアーのことだ。

私はそのツアーの記事を書くために同行した。
ツアコン会社は元リクルートの人が社長をしていた。日本人である。
そしてそれをアシストするためにきてくれていた女性は、タイ人である。

スタッフ側の女性が私しかいなかったせいか、そのアシスタントの女の子は私にずーっと愚痴を言っていた。
「ねえ、ゆみ、日本人ってバカなの。なんでこんなにスケジュールを詰め込むの? ご飯もゆっくり食べずに、せかせかいろんなところを動き回って、バッカみたい」と、彼女は言っていた。
まあ、たしかにそのツアーのスケジュールはきっつきつだった。ちょっと遅れると見学できなくなる場所が出てくる。渋滞に巻き込まれたときは車を降ろされ、レストランまで急がされたこともある。その時も彼女は「バカじゃないの?」という冷めた目で、小走りになる私たちのあとからゆっくり歩いてきていた。
不機嫌な顔になって文句を言うのは私に対してだけで、それ以外の人たちにはニコニコしていたように思う。

当時のタイは今よりずっと貧しくて、道には物乞いをしている人たちがたくさんいた。体の不自由な人が多かったように思う。
その人たちに対して、タイの人たちは次々とお金を渡していく。彼女も何度もお財布を出していた。自分が今日食べるものがなくなったとしても、困っている人がいたら施しをするのが普通だと彼女はいう。
私は元気だし、働き口はいくらでもあるし、明日働けばお金をもらえる。だから、困っている人にお金を渡す。何か変? そんな感じで言われた。
いろんな人の口から出るのは、「マイペンライ(心配するな)」。なにもかも無問題という。

そんなこんなで、終始(私に対しては)不機嫌な愚痴をこぼし、せかせか移動する私たちを「見てられない」という冷めた目で追っていた彼女だけれど、一度だけ豹変したことがある。

最終日、タイの国際空港についたときのことだ。空港への道は信じられないくらい渋滞するのでだいぶ早く空港に着いたのだが、そこで「あ、パスポートがない!」となったのだ。ホテルのセキュリティボックスに入れっぱなしだった。

やってしまった。なんという初歩的ミスを!
コンサルの人に話をすると、ゆみさん、今からホテルに戻っても絶対に間に合わないですと言う。
そうだろうと思う。ここにくるまで車で1時間半かかったのだ。往復でどんなにうまくいったとしても2時間半。今はフライトのジャスト3時間前だ。
戻ってきたとしてもチェックインできないだろうから、今日はもう諦めて明日のフライトをとりましょうと言われる。

いやでも、明日、私は200人ほど集まる会場で講演会がある。それをキャンセルするわけにはいかない。どうやっても今日中にフライトしたい。
ダメ元で、ホテルに戻ってもらえないかと話をしていた時に、アシスタントの彼女が社長に向かって言った。
「とりあえず、ホテルに戻ろう。やるだけやってみよう」

それまでわざとかなと思うくらいのんびりした動きしかしなかった彼女が、車の中からホテルに電話して次々指示を飛ばしている。
「部屋のセーフティボックス! また電話するからそれまでに必ず探しておいて」とホテルに伝えてくれる。
ホテルが近づくと「あと5分で着くから。どうすれば一番早く受け取れる? 身分証明書? わかった用意しておく。あなたも玄関まできて。いや、フロントに行く時間ももったいないの!」と早口でまくしたてている。人が変わったようだ。
そして、ホテルの近くが大渋滞しているとわかると、「ゆみ、降りて。走るよ」と言って、彼女は車を飛び降りものすごい勢いで走り出した。走りながら、「もう着くから。入り口に人を寄越して」とケータイでまた電話をする。

なんというか、、、感動した。
あれだけ「日本人は急ぎすぎる。せわしない」と文句を言っていた彼女が、いま、私のために走ってくれている。
『踊る大捜査線』で、柳葉さん演じる室井管理官が、織田裕二さん演じる青島刑事を心配して初めて走ったシーンくらい、感動した。
「室井が、走った」と思った。泣けてきた。

このツアーの最中、コンサル会社の社長が「こちらの人たちに『しっかり働いて』と言っても響かない。でも、『困っているから助けてほしい』と言うと、一生懸命サポートしてくれる」と言っていたのを思い出した。

入り口に待機してくれていたホテルの人からひったくるようにパスポートを受け取り、「ゆみはここにサインして!」と言う。そしてそのままケータイでドライバーに連絡をして、「今、ホテルを出る。すぐに戻るからUターンしておいて!」と大声で指示をしている。

結果、飛行機が1時間delayしたこともあり、空港でツアー仲間が交渉して手荷物を検査し終えていてくれたこともあり、私は空港に着くなりCAさんに捕獲され、VIP専用入口を通され「走って」と言われて800メートル近い駐機場までの道をヒールで猛ダッシュで走らされて、なんとか離陸寸前の飛行機に乗ることができた。
彼女にはロクに挨拶もできないまま、私は機上の人となった。

あのとき、私のために走ってくれた彼女の後ろ姿を私は今でもくっきり覚えている。

今日、アナちゃんと話をしていて、また思い出した。
タイトスカートがめくれ、あられもない姿で走ってくれていた彼女のこと。

↓同じく、昨日思い出した「ありがとう」という言葉がない国の話のレビュー。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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