脚本家・金子茂樹さん『俺の話は長い』『コントが始まる』『ジャパニーズスタイル』 に見る「セリフのノールックパス」【連載・脚本家でドラマを観る/第2回】
コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。
はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。
俺の前置きは長い
今回紹介したいのは、現在放送中『ジャパニーズスタイル』の脚本家でもある金子茂樹さんです。
金子さんのドラマは、1時間×1話という常識を覆し、30分×2話で観せた『俺の話は長い』、コントを物語の伏線にした『コントが始まる』など、その仕掛けの部分がよく話題になります。しかし僕が思う金子作品のスゴイところは、「セリフ回しの楽しさ」です。特にケンカのシーンが最高です。
と、その前に、この発見に至るまでの経緯を、少し聞いてもらえますでしょうか。
まずは、金子さんがどのようにしてプロになったのか。
プロの脚本家になる王道のひとつが、シナリオコンクールで賞をとることです。
- 創作ドラマ大賞(NHK)
- フジテレビヤングシナリオ大賞
- テレビ朝日新人シナリオ大賞
特にこの3つは、大賞をとるとテレビ局でドラマ化されるため、受賞=デビューとなる登竜門的コンクールです。
金子茂樹さんは、フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、デビューしたひとり。
受賞作『初仕事納め』(2005フジテレビ)のデビュー以降、
『プロポーズ大作戦』(2007フジテレビ)
『ハチミツとクローバー』(2008フジテレビ)
『SUMMER NUDE』(2013フジテレビ)
といった「ラブストーリー」の脚本を担当し、人気脚本家となります。
しかし今回紹介したいのは、これら「ラブストーリー」ではなく、金子さんの描く「ホームドラマ」についてです。
- 『もみ消して冬〜わが家の問題なかったことに〜』(2018日本テレビ)
- 『俺の話は長い』(2019日本テレビ)
- 『コントが始まる』(2021日本テレビ)
金子さんのキャリアは前半がフジテレビ、後半が日本テレビと、わかりやすく分かれています。ここまではっきりしているのは、とても珍しいことだと思います。
フジテレビの新人賞でデビューしたので、フジテレビ作品がいくつか続くのはわかります。しかしその後です。脚本家は個人事業主ですから(※脚本家のマネジメント事務所というのはいくつかあります)、ヒット作を書いたら、各局からお声がかかると思うんです。例えばM-1グランプリで優勝した芸人さんが、どのチャンネルのバラエティにも出演している、みたいなことですね。しかし、まるで移籍でもしたかのような日本テレビ作品の連投。
勝手な想像ですが、とても馬が合うプロデューサーさんと出会ったのではないでしょうか。そして、こういう「人対人」で仕事をしている義理人情に厚い感じが、僕が金子作品を好きな理由のひとつかもしれません。
さて、テレビ局が変わったことよりも、ここで注目すべきは「ジャンル」が変わったことです。
まず、デビューして割とすぐに『プロポーズ大作戦』が大ヒットします。
主人公の岩瀬健(山下智久さん)は、恋に不器用で、大好きだった幼なじみの吉田礼(長澤まさみさん)に告白できないまま、礼の結婚式に出席することになってしまった。「ちゃんと告白していれば、自分が礼と結婚できたかもしれないのに」と激しく後悔する。そこへ、時間を操れるという妖精(三上博史さん)が現れ、過去に戻してやると申し出る。健は何度もタイムリープし、礼との結婚を目指して奮闘するというラブコメディ。
しかし、金子さんはラブストーリーが得意というわけではなかったようです。
デビューからラブコメ作品を多く手がけてきた金子さん。『プロポーズ大作戦』のヒット後、しばらくラブストーリーのオーダーばかりの状況が続いていた。しかし本人いわく「ラブストーリーが得意なわけではない」とのこと。
「BRUTUS」2021年12月1日号No.951,p125より
自分が本当に書きたいものは何か、日々格闘する中で、日テレのプロデューサーさんとの運命的な出会いがあり(僕の勝手な妄想)、ともに作り上げてきたホームドラマ。それが『俺の話は長い』に結実しました。この作品は、ホームドラマの女王・向田邦子さんの名を冠した、向田邦子賞を受賞します。
本題が始まる
さて、ここからが本題です。
金子さんは、ラブストーリーが得意な脚本家ではなく、ホームドラマが得意な脚本家であるということが言いたいのではありません。デビュー当時から変わらず、最強の武器で戦っているということを紹介したいのです。それが「セリフ回しの楽しさ」です。よく「脚本家の得意ジャンル」という言い方をしますが、僕は、脚本家の得意ジャンル(周りの評価)と武器(脚本家の本分)は別物だと考えています。
前回、「ドラマは主人公の変化である」とお伝えしたのですが、もう少し丁寧に考察してみます。主人公1人だけでは何も変化しないわけで、つまり、主人公と誰かを関わらせることが必要になります。この主人公と誰かの人間関係の描き方が、脚本家の特徴になり武器になると思うのです。
人間関係の描き方は、大きく分けて2種類あります。
- 構造で見せる。
- セリフで見せる。
構造で見せるとは、立場や役職によって生じる、葛藤や対立を描くこと。
セリフで見せるとは、会話によって生まれる心情の変化を描くこと。
ドラマのほとんどは、この2つの組み合わせでできているのですが、ジャンルによって、どちらかの要素が色濃く出る傾向があります。
「構造で見せる」描き方が向くジャンルは、「刑事もの」「医療もの」といった「お仕事もの」、先生を主人公にしたときの「学園もの」、善悪の組織がはっきり別れた「ヒーローもの」など。前回紹介した脚本家・黒岩勉さんは、こういった「構造で見せる」描き方が武器だと思います。
一方、金子さんのような「セリフで見せる」が得意な方は、「ラブストーリー」「ホームドラマ」「青春群像劇」といったジャンルで力を発揮するように思います。
キャッチボールからパス回しへ
俺の長い話をここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。そしてここからも本題が続きます。
金子作品のスゴイところは、「セリフ回しの楽しさ」です。
金子さんのセリフ回しは、ラブストーリーを書いているときから軽妙で、めちゃくちゃ面白かったのですが、ホームドラマでは、さらにその面白さが大爆発します。ラブストーリーとホームドラマの違いは「人数」です。金子さんのセリフ「回し」は、ラブストーリーにおける2人のやりとりよりも、ホームドラマによる3人4人の掛け合いの方が断然面白い。例えるなら、キャッチボールだったものがパス回しになったということ。
しかも、金子さんの書く掛け合いにはフェイントがたくさんあって、それが他のホームドラマにはない楽しさを生んでいました。
金子作品の特徴を知ってもらうために、まずは別の方の脚本作品から分析してみたいと思います。ここでは、ホームドラマの王道、フジテレビの連続ドラマ史上最高の視聴率を記録した『ひとつ屋根の下』を考察してみます。
主人公の柏木達也(江口洋介さん)は、3人の弟と2人の妹を持つ、6人兄弟の長男。両親の交通事故以来生き別れとなっていた兄弟たちを1人ひとり訪ね、またひとつ屋根の下、みんなで暮らそうと声をかける。様々な困難が兄弟たちを苦しめるが、絆を深め、支え合って生きていくホームドラマです。
「そこに愛はあるのかい?」といった決めゼリフや、兄弟を想って出た、遠慮のない胸のすくような本音のぶつかり合いが、多くの視聴者の心を打ちました。
ホームドラマの掛け合いの肝は、視聴者に、セリフを言われるドラマの登場人物と同化してもらうことにあります。つまり、パスの受け手になってもらうということです。そこに「決めゼリフ」や「本音」といったメッセージを投げることで、パスの受け手である視聴者にカタルシスを感じてもらう。
そのためにも、脚本家は、誰が誰にセリフを言うのか、視聴者にわかってもらうための工夫をこらします。
たとえば、「あんちゃん」や「小雪」「和也お前なぁ」と相手を呼んでみたり、メッセージの前段でつまらない冗談やたとえ話を入れてみたり。しかしそれは同時に、会話のテンポを遅くするリスクもはらみます。
ホームドラマの中で交わされる会話に白けた経験はありませんか?これは、会話のテンポが影響していると思います。(『ひとつ屋根の下』がそうだと言っているわけではありません。ホームドラマや青春群像劇、セリフで見せる脚本家の皆さんの共通のもどかしさみたいなものを紹介しています)
視聴者を観客席に座らせて「ノールックパス」
さて、このような王道の作品に比べ、金子さんの書く掛け合いは、あえて逆をいっているように感じます。フェイントがたくさん入っているのです。
オリジナル脚本作品『俺の話は長い』を見てみましょう。
主人公の岸辺満(生田斗真さん)は大学を中退して起業したが、僅か9ヵ月で事業に失敗。母・房枝(原田美枝子さん)と2人暮らしのニートになり6年が経つ。ある日「マイホーム建築の一次避難」と称して、姉の秋葉綾子(小池栄子さん)が、夫・光司(安田顕さん)と娘・春海(清原果耶さん)を伴い、家に転がり込んでくる。期間限定の家族がひとつ屋根の下、くだらないケンカをしながらも、絆を深めていくホームドラマ。
ここで金子さんは、
- 話し手が急に話し相手を変える。
- 2つの会話が交錯する。
- 別の人が返事をする。
- 質問を質問で返す。
といった、的を絞らせない掛け合いを多用して、会話にスピードと軽さを出しています。
スポーツで例えると、王道のホームドラマの会話は野球のようなボールの受け渡し。金子作品は、バスケットボールのパス回しのようです。しかも、相手の顔を見ないでセリフを言うところが、まるでノールックパス!
『俺の話は長い』では、特にケンカのシーンをぜひ観てほしいです。(1話30分なので!)
主人公の満は屁理屈の天才で、現実逃避と本心を隠すために言い訳ばかりしている。強気な姉・綾子と毎日のようにケンカをするのですが、これが、相手をえぐる悪態のオンパレード。しかし金子さんの書く軽妙な掛け合いが、メッセージ性を損なわないまま、マイルドにします。パス回しを速く軽くすることで、視聴者をあまり深く入り込ませない(当事者にさせない)のです。ですから視聴者は、まるで観客席の最前列にいるかのような距離感を保てます。えぐるような悪態も、何か応援したいような気持ちになり、とても楽しく観ることができます。
もうひとつ、オリジナル脚本作品『コントが始まる』も、やはり「視聴者を観客席に座らせる」ドラマだと感じます。
売れないお笑いトリオ「マクベス」の3人、高岩春斗(菅田将暉さん)美濃輪潤平(仲野太賀さん)朝吹瞬太(神木隆之介さん)には、「デビューから10年経ってもブレイクしなければ解散」という約束があった。10年目のある日、次のオーディションに不合格なら解散と決意し挑むが、無残にも玉砕。翌日の単独ライブで、マクベスは解散を発表する。マクベスを心の支えに生きていたファンの中浜里穂子(有村架純さん)も多大なショックを受ける。青春の終わり、カウントダウンを苦悩する若者たちの群像劇。
主人公がお笑い芸人のこのドラマでは、ドラマの冒頭で、伏線となるショートコントを演じているなど、視聴者=観客という印象を強めています。
『俺の話は長い』のえぐるような悪態を愛すべきものに。『コントが始まる』の青春が終わる悲壮感を軽やかに。金子作品は、泣きながら笑える会話劇なのです。一度、金子作品の会話を目で追うように観てみてください。金子作品の楽しさを、もっと強く実感できるんじゃないかと思います。
金子茂樹×テレビ朝日
金子さんの新作、現在放送中の『ジャパニーズスタイル』(テレビ朝日)は、観客を入れて、ほぼ本番一発、30分間ノンストップで収録している、テレビと舞台のハイブリッドドラマです。
これもまた、仕掛けが先行して話題になっていますが、何度もいうように、金子作品のスゴイところは「セリフ回しの楽しさ」です。テレビ朝日との初タッグ。舞台と会話劇の相性のよさ。今後の展開がとても楽しみです。
文/澤 由美彦
参考資料
ドラマ
『ひとつ屋根の下』(1993フジテレビ)※
『危険なアネキ』(2005フジテレビ)
『プロポーズ大作戦』(2007フジテレビ)
『ハチミツとクローバー』(2008フジテレビ)
『ヴォイス〜命なき者の声〜』(2009フジテレビ)
『最後の約束』(2010フジテレビ)
『あまちゃん』(2013 NHK)※
『SUMMER NUDE』(2013フジテレビ)
『きょうは会社休みます。』(2014日本テレビ)
『刑事バレリーノ』(2016日本テレビ)
『世界一難しい恋』(2016日本テレビ)
『ボク、運命の人です。』(2017日本テレビ)
『もみ消して冬〜わが家の問題なかったことに〜』(2018日本テレビ)
『俺の話は長い』(2019日本テレビ)
『俺の家の話』(2021 TBS)※
『コントが始まる』(2021日本テレビ)
『ジャパニーズスタイル』(2022テレビ朝日)
映画
『火花』(2017)※
脚本
『初仕事納め』(「月刊ドラマ」2021年7月号)
『俺の話は長い』(「月刊ドラマ」2020年11月号)
インタビュー
「BRUTUS」2021年12月1日号No.951
※印作品の脚本家は金子茂樹さんではありません。