お笑い芸人・バカリズムさん『ブラッシュアップライフ』『架空OL日記』に見る「裏切りと共感」【連載・脚本家でドラマを観る/第5回】
コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。
はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。
ルールを破る
「脚本家でドラマを観る。」という本連載ですが、5回目にしてルールを破ります。今回紹介するのは脚本家ではありません。お笑い芸人のバカリズムさんです。
バカリズムさんは今、TVerでも大人気の、繰り返し何度も観たくなるドラマ『ブラッシュアップライフ』の脚本を書かれています。
『ブラッシュアップライフ』
地元の市役所で働き、実家住まい、33歳で独身の近藤麻美(安藤サクラさん)は、交通事故で死んでしまった。目を開けると、ただ真っ白い空間が広がり、自分は死んだのだと自覚する。そこにポツンとある案内所の男性(バカリズムさん)に、来世はオオアリクイだと告げられる。なんとか人間として生まれ変われないかと聞く麻美に、男性は、「希望の生命に生まれ変われないのだとしたら、それは徳が不足している。来世には行かず、今世をやり直して徳を積めば、人間に生まれ変わる確率が上がるが、どうする?」と提案する。
平凡な人生をゼロからやり直す麻美。徳を積みながら、自分や周りの人生をちょっとずつ変えていく、奇想天外、地元系タイムリープ・コメディ。
お笑い芸人だとしても、結局ドラマの脚本を書いているんだから、なんだかんだ脚本家の話じゃん、と思われたかもしれません。それでも僕は、今回「脚本家を紹介する」というルールを破ったと思っています。それは、『ブラッシュアップライフ』はドラマではなく、コントだからです。
お笑い芸人・バカリズムさんが天才だと思う理由のひとつに、常に「今まで観たことのない笑いを観せてくれる」というのがあります。常識を疑い、ルールを壊し、笑いに変えてくれる。
バカリズムさんは、ドラマの脚本家としてクレジットされている仕事も、ドラマの常識を疑い、ルールを壊し、今までにない、笑える作品を僕らに届けてくれているのです。
ということで今回は、ドラマ「のような」バカリズム作品を考察し、ドラマや脚本のルールと、その破り方を発見したいと思います。
ドラマorコント
僕は『ブラッシュアップライフ』をドラマではなくコントだと思っています。
笑えるお芝居がコントで、それ以外のお芝居がドラマ? そんなことはありませんよね。三谷幸喜さんや古沢良太さんの脚本作品を、コントとは呼びません。
(以前、古沢さんの作品を紹介させていただきました。こちらもご覧いただけると嬉しいです。https://corecolor.jp/3363)
ではまず、「ドラマ」とは何か、確認したいと思います。
僕が脚本の学校で習ったドラマの定義とは、以下の4つを「すべて」満たすものです。
定義と言いながら、実はなかなか曖昧なものなのですが、イメージできますでしょうか。
先ほど名前を挙げた古沢良太さんの作品である、大河ドラマ『どうする家康』(NHK)と、コント『ブラッシュアップライフ』を比較しながら、違いを説明していきたいと思います。
2作品とも主人公がいて(定義①)、それなりの欲求があるので(定義②)、ここだけを見るとどちらもドラマと言えそうです。
※徳川家康の欲求「厭離穢土 欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」とは、徳川軍の旗に刻まれた言葉で、穢(けが)れた世を離れ、浄土(平和な世)を求める、という意味です。解釈はいくつかありますが、ドラマの中の家康的に言うと、「天下泰平」といったところでしょうか。
詳しくは『どうする家康』第2回で。
ここで少し、ドラマの定義②:主人公が本能的な欲求を持っている。について補足します。
ドラマの要件となる主人公の欲求は、なんでもいいわけではありません。例えば、「ずっと寝ていたい」とか「お腹が空いた」では、ドラマにならないのはなんとなく想像できるのではないでしょうか。(※この定義に則すと『孤独のグルメ』(テレビ東京)も、主人公の欲求が弱く、厳密にはドラマとは言い切れないと思います。定義④:主人公が変化する。も満たしていないため、これは、ドラマ仕立ての情報番組だと理解しています)
ドラマの定義として必要な「欲求」とは、その欲求を満たすためにかなりの困難があるにも関わらず、それでも自ら行動を起こし、達成したい、そんなエモーショナルを含んだ強い欲求のことを指します。
『ブラッシュアップライフ』の主人公・麻美は、人間に生まれ変わりたいという強い欲求があります。そのために、やり直しの人生で徳を積むという行動を起こすのですが、様々な障害があり、葛藤・対立をします(定義③)。
ですから、定義①~③までは満たしていることになります。
先に結論をお伝えするのですが、ドラマとコントの違いは、主人公が変化するかしないかの違いです。
『ブラッシュアップライフ』は絶賛放送中のドラマです。(2023年2月現在)
麻美は、いまだ人間に生まれ変わることができず、人生4周目に突入しています。徳を積むための行動が、あちらが立てばこちらが立たずの状況を生み、様々な葛藤を乗り越えている最中です。この葛藤により、麻美は変化することができるのか、最終回まで目が離せません。なので、表の「④変化」の欄には「???」と表記しています。
しかし、最終的には、主人公・麻美の考え方や性格が変化することはないと考えています。
またまた補足的に説明すると、ドラマの要件となる主人公の「変化」とは、葛藤・対立を経て、考え方・内面が変わること。ドラマの主人公は成長し、コントの主人公は性格が変わらないままなのです。
ちなみに、バカリズムさんが脚本を書いた『住住』(すむすむ)の第2話で、バカリズム役のバカリズムさんが、コントの定義について語るシーンがあります。
『住住』
バカリズムとオードリー若林は、同じマンションの同じ階に住んでいる。芸能人でありながら、派手に遊ぶこともなく、地味な独身生活を送る2人。ある日、女優の二階堂ふみも同じマンションの住人であると知る。3人は仲よくなり、暇な時間を若林の部屋で過ごすようになる。
仲のよい芸能人という設定で、それぞれのキャストが本人役を演じる、ドラマ仕立ての妄想。
バカリズムさんは、二階堂ふみさんに説明します。
コントって、普通こういう人だったらこういう行動をするっていうパターンがあって、そのパターンから外れることをするから、笑いが生まれるっていうのが基本的な構造なわけですよ。で、それをお客さんに、最短で伝えるために行動パターンを想像しやすいものを題材として選択するわけですね。想像しやすいってことは、それを崩しやすい。そして崩しやすいってことは、コントの設定として使いやすいってことなんですね。
これは、コントの主人公が変化しないことの裏づけにもなっていると感じるのですが、つまり、主人公をぶらさずパターン化することで、分かりやすく、想像を裏切ることができるのだと思います。
タイムリープを繰り返す
僕が『ブラッシュアップライフ』の主人公・麻美が変化しないと予想したのには、もう1つ理由があります。それは、バカリズムさんが過去に手掛けた2本のタイムリープものが、主人公が変化しない「コント」だったからです。
タイムリープものはコントと非常に相性がよく、実はバカリズムさんがタイムリープものを書くのは、『ブラッシュアップライフ』で3本目になります。1本目は『素敵な選TAXI』。2本目は『ノンレムの窓』(2022・秋)で書いた『未来から来た男』という話です。
タクシー運転手・枝分(えだわかれ)(竹野内豊さん)の運転するタクシーには、一風変わった機能がついている。それは「時間を遡ることができる」というもの。毎回、乗客が決断を誤った過去までお連れし、その選択をやり直して様々な結果を体験してもらう、タイムリープ・コメディ。(※「枝分」は苗字と見せかけて、「枝・分」というフルネームであることを補足しておきます)
『ノンレムの窓』
バカリズムさん原案のSFショートショート・ドラマ。1時間に3話のオムニバス形式で、バカリズムさんが各話の案内人を務める。現在第3弾まで放送されており、毎回1話、バカリズム脚本の作品が楽しめる。
タイムリープものは1回目の人生をパターンとすることで、2回目以降の人生を想像してもらい、それを裏切り、笑いを生む構造になっています。バカリズムさんが語った、コントの構造そのものなのです。
最後は笑いに変えるから
バカリズムさんは、別の感情を笑いに変換してしまうことも天才的です。
その中でも僕が一番好きなのは、怒りの感情があらわになった「悪口」です。バカリズムさんの書く悪口は、少しも嫌な気持ちになりません。それは、嫌な気持ちになるその瞬間に、笑いが起こる力を組み込んでいるからだと思っています。
- その人が持つ悪い部分を見つける:発見力
- 普通は人前で言わないだろうという常識を覆す(タブーを犯す):裏切り力
- 言われた悪い部分は自分にも思い当たるフシがあると思わせる:共感力
嫌な気持ちを忘れてしまうくらい笑っているのか、嫌な気持ちとないまぜになって、なんとも不思議な快感になっているのか。
笑いを生む「発見と裏切りと共感」を、ひと言に集約し、これをさらりとやってのけ、笑いに変換しているのだと思います。
お笑い芸人・バカリズムさんではなく、脚本家・バカリズムさんが、初めて手掛けた唯一の「ドラマ」がこちらです。悪口をたっぷり堪能できるドラマ『黒い十人の女』。
これはコントではなく、怒れるドラマを笑えるドラマに変換したものだと思っています。
テレビプロデューサーの風松吉(船越英一郎さん)には、9人の愛人がいる。そのことを知った妻と9人の愛人たちは、共謀して風の殺害を計画する。しかし、風への想いを断ち切れない女性たちが、自分だけを愛人にしてほしいと抜け駆けを画策する。
男女の醜い部分に焦点を当てた愛憎劇。
これは1961年、市川崑監督により製作された映画のリメイクです。映画では、妻を含む10人の女性の奇妙な友情と、男への復讐が話の中心なのですが、バカリズム版ドラマでは、女性10人の言い争いがテンポよく描かれます。ヤンキー漫画のようなエグくて汚い言葉の応酬で、まるで2022年のM―1王者・ウエストランドの漫才を観ているような、なんとも清々しい気持ちになります。
上品で奇妙な復讐劇でさえ、笑える愛憎劇に仕立ててしまう、お笑い職人バカリズムさんのすごさに打ちのめされます。
コントor漫才
ドラマの放送枠でコントを作り続けるバカリズムさん。先ほど、唯一の例外であるドラマ作品『黒い十人の女』を紹介したのですが、実はもうひとつ例外があります。それは、『住住』です。
『住住』は主人公が変化しないので、「ドラマ」ではありません。しかし、パターンを裏切って笑いを生むことがメインではないので、純粋に「コント」とも言い難いものです。僕はこれを、バカリズム版漫才だと考えています。
バカリズムさんは、コントと漫才の違いを、そのままドラマに当てはめているのではないかと思うのですが、では、コントと漫才の違いとはなんでしょうか。それは、コントは「役を演じる」もの。漫才は「本人を演じる」ものだということです。
『住住』の笑いの構造は、「本人のあるあるネタによる共感」がメインになります。「やられたー!」というような、予想を裏切る大きな展開は特にないのですが、「それ、わかるわー」という共感の連続で、ずっとニマニマと観ていられる作品になっています。
終わりがなく、ずっと観ていられるのも、コントにはない、漫才の特徴かと思います。
裏切りと共感
バカリズムさんの描くコント(主人公が変化しない物語)は、共感型の漫才『住住』を経て、『架空OL日記』から第2段階に入ったのではないかと思っています。
バカリズムさんが、実家暮らしで銀行勤めのOLになりきって書いたブログを、ドラマ仕立てにしたもの。何気ないOLの日常が淡々と描かれる。
コントって、普通こういう人だったらこういう行動をするっていうパターンがあって、そのパターンから外れることをするから、笑いが生まれるっていうのが基本的な構造なわけですよ。
バカリズムさんが語っているように、コントで笑いが生まれる場面の多くは、「パターンから外れることをする」ときです。
第2段階に入ったと感じたのは、この「予想を大きく裏切る」ことに加え、キャラクターのリアリティが格段に上がり、物語やエピソードへの「共感が強くなった」からです。
前回、倉光泰子さんの回で、フィクションにリアリティを加える方法を紹介しました。(https://corecolor.jp/3772)
- 専門用語を多用する。
- 視聴者の頭の中を「本当」という言葉でいっぱいにする。
しかしバカリズムさんが取った手法は、まったく別のものでした。
- 相槌を打つ。
- 何かを口に入れて話す。
まずは相槌について。
「相槌」と書きましたが、これは、相槌も含む、会話におけるツッコミ全般の話です。思い返してみてほしいのですが、会話の多くは、誰かの言葉尻にかぶせて、次の人が話し始めているものです。「そうそうそう、だから〇〇さんは…」「いやいや、私はこっちがいいと思う」「(食い気味で)なんでやねん! そんなことないやろ」といった感じです。相槌やツッコミなど、会話が緩やかにつながっている方が、リアリティが高いと思います。
もしピンとこない方がいらっしゃれば、逆に、ZOOMなどのリモート会議で、リアリティのない会話を肌で感じたことはないでしょうか。誰かの言葉尻を待って話し始めなければならない、この違和感を。
脚本は特性上、1人のセリフを順番に書かなければなりません。大量の相槌を書くことも現実的ではないですし、2人同時のセリフを書き起こすことも、非常に難しいのです。
「芝居くさい」というけなし方があると思うのですが、このリアリティのなさが、一因なのではないかと思います。
やはりこの手法は、脚本家ではなかなか思いつかないと思います。お笑い芸人・バカリズムさん、ならではの手法だと思います。
そしてもう1つ「何かを口に入れて話す」ことについて。
友人とたわいのない話をするときは、食事や飲みの場が多いものです。『架空OL日記』では、歯を磨きながら会話するシーンもあります。つまり、会話がクリアに聞こえるのは実はウソくさくて、本当は、思っている以上にノイズが入っているものなのです。
こちらも、ドラマではセリフをクリアに聞かせなければならないという常識から外れた、リアリティの加え方です。
このリアリティは『生田家の朝』『緑山家の朝』と続き、今の『ブラッシュアップライフ』の掛け合いの面白さにまで受け継がれているのです。
『生田家の朝』『緑山家の朝』
日本テレビ開局65周年を記念して制作された、1話7分のホームドラマ。朝の情報番組『ZIP!』内で放送された。
企画プロデュースと主題歌を担当した福山雅治さんに誘われ、バカリズムさんが脚本を担当。
生田浩介(ユースケ・サンタマリアさん)生田早苗(尾野真千子さん)と、2人の子どもたちの、ごく普通の家族の朝の光景を描いた『生田家の朝』が28話。緑山貴志(バカリズムさん)緑山美羽(平岩紙さん)夫婦の、ごく普通の朝の光景を描いた『緑山家の朝』が5話。
まもなく『ブラッシュアップライフ』は最終回を迎えます。
これだけコントと言い続けてきたのに、最後に麻美が変化・成長し、これは素晴らしい「ドラマ」でした、となったらどうしようと、ドキドキが止まりません。そうなればしめたものです。予想を裏切り、笑いを届けてくれる、天才バカリズムさんが、「今まで観たことのないドラマを観せてくれた」ということですから。(了)
文/澤 由美彦
参考資料
コント番組
『ウレロ☆未確認少女』(2011テレビ東京)
『ウレロ☆未完成少女』(2012テレビ東京)
『ウレロ☆未体験少女』(2014テレビ東京)
『ウレロ☆無限大少女』(2016テレビ東京)
ドラマ
『素敵な選TAXI』(2014関西テレビ)
『桜坂近辺物語』(2016フジテレビ)
『黒い十人の女』(2016読売テレビ)
『住住』(2017日本テレビ)
『架空OL日記』(2017読売テレビ)
『生田家の朝』(2018/2019日本テレビ)
『緑山家の朝』(2019日本テレビ)
『殺意の道程』(2020 WOWOW)
『ノンレムの窓』(2022/2023日本テレビ)
『どうする家康』(2023 NHK)※
『ブラッシュアップライフ』(2023日本テレビ)
映画
『黒い十人の女』(1961)※
『バカリズム THE MOVIE』(2012)
『劇場版 ひらがな男子 ~序~』(2018)
『架空OL日記』(2020)
『地獄の花園』(2021)
『ウェディング・ハイ』(2022)
配信
『住住 シーズン2』(2020 Hulu)
『住住 シーズン3』(2021 Hulu)
『住住 シーズン4』(2022 Hulu)
舞台
『舞台 ひらがな男子』(2018)
単独ライブ
バカリズムライブ『〇〇』(2021)
バカリズムライブ 『信用』(2022)
※印作品の脚本家はバカリズムさんではありません。