フリーランスは安定しない?最初の3年で終わらないために【絵で食べていきたい/第9回】
「宣言さえすれば、誰でもその日からイラストレーターになれる」といわれることがあります。イラストレーターになるのに資格はいりませんし、いくら稼げばプロという決まりもありません。しかし、必要なだけの金額をイラストの仕事で得ながら、その状態を長く安定してキープするにはやはり工夫が必要です。今回は、うまくいっている時にこそするべき、安定して稼ぎ続けるための方法を私の経験から考えてみたいと思います。
3年続いたらプロ?
「3年続いたら、とりあえずはプロと認めよう」
これはイラストレーターになろうと思って活動をはじめた頃の私に、同業の先輩がいった言葉です。その先輩は、駆け出しの私を一緒に仕事に連れて行き、ディレクターやデザイナーといった人たちを紹介してくれました。先輩のアシスタントのような仕事をしながら、イラストの描き方から営業の仕方まで、色々なことを教わりました。冒頭の言葉はその時いわれたものです。まるでマンガに出てくる「師匠キャラ」です。
私は負けず嫌いで、そういうことをいわれると「見てろ、3年くらいすぐに超えてやる」と発奮するタイプです。結果として、3年はあっという間に過ぎました。
というのも、3年目くらいまでは稼ぎも仕事先も増えやすいのです。
周りを見ても、はじめての仕事をもらってからしばらくは、順調に仕事が増えていく人が多いようです。実績ゼロの状態から仕事をもらうためには、「まだ力量がわからない相手に頼む」という大きなハードルを、発注者に超えてもらわなくてはなりません。これは一苦労です。でも一旦「この人は大丈夫」と思ってもらえれば、比較的リピートの依頼はもらいやすくなります。会社のシステム上も、一度お金のやりとりをした相手とは関係を続けたほうが、登録などの手間を考えても効率が良いでしょう。仕事に満足してもらえて、さらに運が良ければ、最初に依頼してくれた人から、同じ部署内の他の人へなど、紹介してもらえることもあるかもしれません。
一方で、駆け出しの頃にせっせと持ち込んだポートフォリオも、忘れた頃にあちこちで芽吹きはじめます。また、受けた仕事が公開されれば、たとえば雑誌なら競合誌の発注者が目にして、「こんな人がいたのか」と興味を持ってくれることもあります。
このように、3年目くらいまでは稼ぎも、仕事先も増えやすいのです。
ところが、この調子でどんどん右肩上がりにいくだろう、と安心していると、いきなり壁に直面します。というのも、3年もたてば、担当者が異動したり、誌面のリニューアルがあって連載企画が終了したり、媒体そのものがなくなることもあるからです。
しばらくたった頃、ふと気が付くと、同じ時期に仕事をスタートした仲間は、少しずつ減っていました。もちろん、皆が仕事をもらえなくなって、やめていったという訳ではありません。別の仕事をしたくなったり、他に優先すべきことができたり、ライフスタイルが変わって自分が稼ぐ必要がなくなったりと、それぞれの理由があります。
でも中には、続けたいと思ったけれど、思ったよりフリーランスでは稼げなくて、やめていった人たちもいたのではないかと思います。
それでは3年、5年、さらにそれ以上仕事を続けられた人たちには、何か特別な秘訣があるのでしょうか? 現在、私の周りでずっとフリーランスで絵の仕事を続けている人を見て、共通しているのは、たとえば以下のようなことです。
前にも書きましたが、何よりも「この仕事で食べていくことを第1の目標にしていること」です。さらに「安定・継続・発展のために、常に考えて手を打っていること」だと思います。
「安定・継続・発展」のためにできること
「安定・継続・発展」などというとまるで企業の方針のようですが、実際にやっている1つ1つは小さなことです。これをいつも頭のどこかに置いて、仕事をしていく、くらいのゆるいイメージです。
たとえば「安定」のためには「1つの大きな柱に頼らず、収入の柱を分散しておく」。そのために私は「常に3つの柱をたてておくこと」を意識しています。
現在頻繁に発注してくれる担当の方が1人いるなら、同じように密なつながりを持てる人を3人に増やす。1社との取引があれば、それを3社に広げる。雑誌の仕事がメインなら、書籍、広告からの仕事も視野に入れて、媒体を1つから3つに増やす。もちろん3つ以上になっても構いません。逆に1つ減ったら次の1つを考えておく、くらいの気持ちでいると、減った時に大慌てしなくて済みます。
肝心の、どうやって1を3にするのか、という話ですが、残念ながら「こうすれば必ず増える!」という方法を、私は知りません。ただ、いつも3つの柱を立てておくのだと意識して日々の判断をするだけでも、結果は変わってくると思います。たとえば忙しい時に新規で小さめの仕事が来ると、「あまり条件がよくないから断ろうかな」と考えることもあります。でもその仕事先がこれまで経験したことのない媒体や相手なら、よほどの悪条件でなければ引き受けてみる、とか(もちろん条件を交渉してみるのはありです)。もっとも、何ごとも計算通りにはいきませんが、自分なりに「柱を増やすためにこれを試してみよう」などと目的をもって試してみたほうが、失敗したとしても次の手が見えてくると思います。
「継続」のためには、何より「今頼まれている仕事を大切にする」ことが大切です。ほとんどの場合、仕事の多くを占めるのはリピートです。お互いに慣れてくれば意思疎通の手間も減るので、続けて一緒に仕事をしたほうが楽なのです。ですから、ここで「次回もまた頼もう」と思ってもらえるように、毎回きちんと向き合っていく。当たり前のようですが、一番大事なことだと思います。
また、忙しくなってくると、せっかく作ったホームページやポートフォリオサイト、SNSアカウントなどを放置しがちです。あっという間に更新から1年たっていた、などということもよくあります。編集者さんから、「このイラストレーターさんに発注したいけど、ブログの更新が2年前で止まっている。まだ活動を続けているのかわからないし、問い合わせしても返事が来るかどうか心配で、頼むのをためらっている」という話を聞くことがあります。自分がすっかり存在を忘れている場所に限って、誰かがたどり着いて扉を叩いていたりするものなのです。こまめに更新するのが難しければ、いっそ放置しがちなものは片付けてしまうとか、入り口を1つにしてそこに誘導し、そこだけはまめに更新するとか、できるだけの手を打ちましょう。
ここで、私が「継続」のためにやっている例を1つご紹介します。依頼をいただいたことのある相手に、数か月に1度、ニュースレターを送っています。内容は、ちょっと目立つ仕事や、仕事以外でも新しいスタイルの絵に挑戦した時にはその成果を、あるいは書籍の発売や展示をする場合はそのお知らせなどを、画像を入れて読みやすくレイアウトしたメールで送信しています。SNSで不特定多数に発信することも大事なのですが、このように送る相手を絞って、こちらからアクションを起こすと、より相手に興味を持ってもらえる率は高くなります。このレターの開封率は5~6割といったところですが、受け取りを解除されたことはほとんどありません。そしてこのニュースレターは、単に「存在を忘れないでもらう」ためだけではありません。「久しぶりに頼むというハードルをちょっと下げる」ためにも、結構有効な手段だと思っています。実際、とても久しぶりに依頼をくれた人から、「いつもニュースレターをありがとうございます」といっていただくことが時々あります。このレターは私にとって「挨拶まわり」や「ご用聞き」といって取引先に顔を出すかわりに、オンライン上でチラチラと顔を見せる役割なのです。
「発展」については比較的イメージがしやすいと思います。新しいタッチや画材にチャレンジする、未経験のジャンルの仕事を開拓する、新しい技術を覚えてみるといったことです。先にあげた「柱を増やす」ことが横に広げるイメージなら、ちょっと階段を上る、ステージアップするような感覚です。私の場合は、ある程度長期的な目標がクリアできて、ひと段落したなと思った時に、何か新しいことを学んだり、仕事とは関係なく作品展をしたりと、ちょっとがんばらないといけないことに自分から挑戦しているなと思います。
実っているうちに、新しい畑を耕し続ける
こういった行動を、まだ順調に仕事があるうちに、まるで呼吸をするかのように続けていくことが、仕事を続ける上でとても大事だと思っています。それまで忙しくて「注文が減るくらいが丁度いいや」などと思っていても、仕事が実際に減ってしまうと意外と焦るものです。焦って余裕のない時、大体の人は判断力が普段よりも鈍ります。うっかり安い仕事や、本来やりたかったこととは違う、てっとり早く稼げそうに見える何かに手を出したくなることもあります。そうなる前に手を打っておきましょう。
何ごともはじめてから結果が出るまでには少し時間がかかります。はじめの頃に頑張って営業し、種まきしたものがようやく芽吹いたら、それを刈りつくす前に、次の畑を耕して、できること、やりたい仕事を続けていく。大変ですが、こういった努力はどんな仕事にも必要とされることではないでしょうか。
よく稼いでいる同業者の中には、「目標は発展ではなく現状維持」という、羨ましい人たちもいます。でも、そういう人も「現状維持のために」これまで書いたようなことは当たり前にやっている、というのが私の印象です。
以前、漫画家の知人から「ずっと続いていた連載漫画が終了してしまい、次の仕事をどうやってとったらいいかわからない。漫画とイラストでジャンルは違うけれど、長年仕事を続けているコツを知りたい」と、相談を受けたことがあります。正直、ストーリー漫画の業界事情には詳しくないので、私なりに考えて「うーん、しばらく次の仕事の話が来ないようなら、やっぱりこれまでの実績を持って、興味を持ってもらえそうなところに営業するのがいいんじゃないでしょうか。私も仕事がなくなると営業します」と答えました。すると相手は「えっ、白さんでもまだ営業をするんですか……」とショックを受けているようでした。
最初の仕事でレギュラーをもらい、大事にされると、「改めて新人のように頭を下げるなんて」と思ってしまうかもしれません。特に営業を「自分を売り込むこと」と考えてしまうと抵抗が大きいと思います。でも、ポートフォリオの話でも少し触れたように、売り込みとは「自分を見て!」というだけでは成立しません。「自分はこんなことを提供できます」という意識で、求めていそうな相手を探してみる。あるいは、以前ご縁がなかった相手にも、これまでの実績も含めて、よりパワーアップした自分を知ってもらう。
「営業」というと、構えてしまって「苦手! だけど、これをやらないとだめ」と思いがちですが、仕事を続け、増やすために、自分なりにできることは何だろうと考えて、とにかく何か行動してみる、くらいの気持ちが大事かなと思います。
何より、継続して仕事をしている人たちは、どんなにキャリアがあっても、なんなら営業とも思わずに、仕事を続ける努力をしている。その事実を知るだけでも、ちょっと気負いが減るのではないでしょうか。
日々の仕事をこなしながら、次の手を考えて地道に新しい畑も耕す。それでも、色々な要因で、ぽっかり予定が空いてしまった、などということはもちろんあります。そういう時の過ごし方などは、また別の機会に書きたいと思います。
文/白ふくろう舎
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