ヘラルボニーが目指す世界は、私にとっても理想の世界だ。「異彩の百貨店 2023 夏」
私が「ヘラルボニー」の存在を知ったのは、約1年前。一目ぼれしたトートバッグを買った。それは、バッグブランドとヘラルボニーのコラボ商品だった。
荷物が多めの私は、1、2泊の旅行に行けるくらい大きいバッグを1年以上探していた。その日、娘を習い事に送っていった後、ふらりと立ち寄ったデパートの中で何を探すでもなくウインドウショッピングを楽しんでいたときに、このバッグが目に留まった。大きさが申し分ないのはもちろん、何より柄がとても好みだった。
細い線を何度も描いて、ドーナツのように真ん中が空いた黒い丸が、並んでいるというか、所狭しと描かれていた。「これ、すごく好き!」と思ったが、すぐに「買います!」と言える金額ではなかった。何度も持っては置いてを繰り返し、悩んでいると、他の方の接客が終わった店員さんが私に近づいてきて、言った。「それ、ヘラルボニーっていうブランドとのコラボバッグなんです。その柄は、知的障害のある作家さんが描いたそうですよ」。
一旦家に帰り、「ヘラルボニー」と検索する。障害者の方が生み出すアートを「適正な」価格で世の中に提供し、作家へ還元する。誠実に障害者の方を支援をする企業だと、その当時は認識していた。値段は予算を超えていたけれど、カバンの持つストーリーに魅了され、次の日の仕事帰り、いそいそと買いに戻った。
それから約1年後の2023年7月26日に、ヘラルボニーと再会した。場所は日本橋三越。なんと今年で350周年という老舗デパートの総本山、1階正面入口から入って目の前に広がる中央ホールで、ヘラルボニーのポップアップストア「異彩の百貨店」が開催されていた。
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ヘラルボニーは、2018年に創立された、岩手発の福祉実験カンパニーだ。知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、その著作権管理、アートデータを使用した製品の製作や販売を主に行っている。
「福祉=支援」と考えがちだが、ヘラルボニーはその対極の世界を目指している。障害のある人が、資本主義社会の枠組みの中で、収益を得られる仕組みを作ろうとしているのだ。ヘラルボニーを立ち上げた松田嵩弥さん(代表取締役社長)と松田文登さん(代表取締役副社長)は双子で、4つ上のお兄さんには自閉症による知的障害がある。そのお兄さんや、家族が安心して幸せに暮らせる世の中にしたい。その想いから、ヘラルボニーは創立された。
松田両氏の著書には、こう記載されている。
『「できない」ことを「できる」ようにするのではなく、「できない」という前提を認め合う。(略)彼らを社会に順応させるのではなく、彼らが彼らのままでいられるよう、社会のほうを順応させていく。そのためには「福祉」という領域を拡張し、イノベーションを起こすことで、社会全体を変えていかなければならない』(『異彩を、放て。「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』(新潮社)P.100)
「社会を変えるぞ」という想いが積み重なって、こうして今、このイベントとなったのだな、と感じた。日本橋三越で開催されたポップアップストアの正面を飾るのは、今回の催事用に描きおろしたという藤田望人氏の作品、そして催事コンセプトのメッセージだ。
「ふつうじゃない」
それはきっと可能性だと思う。
なんと強いメッセージだろう。一方で、世の中は効率を優先し、一般的に「ふつうじゃない」人に対して「できないなら、やってあげるよ、心配しなくて大丈夫」という。好きの反対は無関心……という言葉があるが、それと同じ構造だと思う。とにかく、悪いようにはしないから、黙ってて、と存在を消される。日本の経済成長のため、みんなのため……と言いながら、実は自分たちの首を絞めているように感じるのは、私だけだろうか。「そんな世界にはしない」覚悟を感じる言葉だと思った。
今回のイベントには、14名の知的障害のある作家の原画が展示されている。初日ですでに何点か売約済みとなっていた。熱量の高いファンの存在を感じられて、なぜか私が嬉しくなった。大胆な作画で元気をもらう作品もあれば、端から端まで作りこんである緻密な作品もあり、遠くから見て、そして近づいて見て、そしてタイトルを見て……と3度おいしい。いつまでも見ていられる原画だった。
原画以外にも、ヘラルボニーのこれまでのプロダクト大集合のようなラインナップがまた楽しい。前身であるMUKU時代から続く商品のネクタイや洋傘から、今回のイベントで発表された新作のシャツやワンピース。ヘラルボニーのこれまでの足跡をたどるようなポップアップストアになっていた。
今回の展示と、ヘラルボニーを知っていく過程で、私が最初にトートバッグを購入した際に「障害者の方を誠実に支援する企業」と理解したことは、大きな誤解だったことに気付いた。そして「支援」だと思って購入した私は、何か違っていたのではないか……そんな想いを抱いていた。
ポップアップストアを回っていたとき、このトートバッグをきっかけに、スタッフの方と話す機会があった。「デザインに惹かれて手に取ったけれど、購入の決め手となったのが知的障害のある作家さんによる作品だと聞いたからなんです」と話す私に、そのスタッフさんは言葉を選びながらこう言った。「あくまでも、私個人の意見ですけれど“知的障害のある作家さんが描いた作品である”ということは、ヘラルボニーの根幹なので、それも含めて判断基準にしてくださったのは、嬉しいです」。
ヘラルボニーにとっては“デザイナーが知的障害者である”ということは他ブランドとの“違い”でしかないのだろう。「支援」の文脈でトートバックを購入した私だったが、今回は「新しいコンセプトを掲げている、ヘラルボニーという会社とともに、ヘラルボニーが描こうとする未来の社会づくりに少しでも参加したい」と思った。その気持ちを込めて、気に入ったTシャツを1枚買った。
「何度もお直しして、世代を超えて使いたい」と考える人が、エルメスを選ぶように「1人1人の違いを容認し、共生していく社会をつくりたい」と考える人がヘラルボニーの商品を選べばいい。
違いを尊重して、活躍の場をつくりだすことは、きっと人間だからできる。AIでは設計できない、心の豊かさを保った社会の在り方をヘラルボニーのグッズは教えてくれる気がした。そして、そんな社会こそ、子どもたちに残したい社会の姿なんだ。「迷惑をかけちゃだめよ」「これくらいできないと、苦労するから」と言いながら子育てをしたくない。「みんな凸凹があるから、補完しあう方法を考えよう」「ふつうか、そうじゃないかで分断しないで、みんなで生きよう」と言える社会を、子どもたちに残したい。ヘラルボニーが目指す世界は、私にとっても理想の世界なんだ。
文/仲 真穂
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場所:日本橋三越本店 本館1階 中央ホール
期間:2023年7月26日(水)~8月8日(火)
時間:10時~19時30分
入場料:無料