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脚本家・龍居由佳里さん『愛なんていらねえよ、夏』『星の金貨』『四月は君の嘘』に見る「視聴者の行動を促すスイッチ」【連載・脚本家でドラマを観る/第7回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。

はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

悩んでんじゃねえよ、夏

暑すぎですね。おかげさまで思考停止です。こんなときは新しいものではなく、懐かしいドラマでも観て、元気をもらおうと思います。

『愛なんていらねえよ、夏』(Amazonより)

新宿歌舞伎町の風雲児・ホストの白鳥レイジ(渡部篤郎さん)は、常連客の犯した横領に関わっているとして逮捕された。半年後、出所したレイジは仲間にも裏切られ、残されたのは、7億3,000万円の借金だけだった。借金を返さなければ、レイジは殺されることになる。途方に暮れるレイジの前に、1人の弁護士が現れる。鎌倉に豪邸を構える令嬢・鷹園亜子(広末涼子さん)が、両親を亡くし、遺産相続のため、生き別れた兄・礼慈(れいじ)を探していると言う。レイジは亜子の財産で借金を返済しようと企み、亜子の兄として、鷹園家に乗り込む。女性を騙すことを仕事にしてきたレイジにとって、小娘1人を丸め込むことなどたやすいことに思えた。しかし亜子は一筋縄ではいかない、心を閉ざした盲目の少女だった。

愛を信じない、救われない男女が、目に見えない「愛」という存在に気づいていく物語。『愛なんていらねえよ、夏』めちゃくちゃ好きなドラマです。

脚本は、龍居由佳里さん。龍居さんは、弱さと強さをとても印象的に、繊細に描く脚本家さんです。僕は、龍居さんの作品を観終わるとなぜか、「自分も頑張らないとな」と思って行動してしまいます。でもなぜ、暑くて思考停止してしまった僕が、机に向かおうと思えたのか?

今回は、龍居さんの「視聴者のスイッチになる脚本」について、考えてみたいと思います。

パチン

龍居さんは、いきなり脚本家になった方ではありません。大学卒業後、にっかつ(現:日活)撮影所に入社。ドラマの企画書を書く仕事をされていたそうです。テレビドラマのプロデューサーを経て脚本家になるのですが、母校のインタビューで、きっかけを話していらっしゃいました。

“ドラマの企画書を作ることにやりがいを感じていたものの脚本家ではなかったので、ドラマが形になっても私の名前はどこにも出ません。『自分が考えた話を、別の人が書いている』という事実にだんだん耐えられなくなり、思い切ってプロデューサーに『脚本を書いてみたい』と言ったんです。これが脚本家としてのキャリアのスタート、35歳のときでした。”

東洋大学「LINK@TOYO」より(https://www.toyo.ac.jp/link-toyo/business/tatsui-yukari/)

深夜枠のドラマなどを執筆された後、連ドラ『星の金貨』で、本格的な脚本家デビューとなります。

『星の金貨』(Amazonより)

耳と口が不自由な倉本彩(酒井法子さん)は、北海道の美幌別診療所に住み込みで働いていた。そんな彩の診療所に、東京から、医者として赴任してきた永井秀一(大沢たかおさん)。2人は次第に惹かれ合う。一時東京へ帰ることになった秀一は、彩に、「戻ったら結婚しよう」と約束する。待てど暮らせど戻らない秀一を案じて、彩は東京へ向かう。右も左も分からない東京で彩が出会ったのは、秀一の弟・拓巳(竹之内豊さん)だった。拓巳と知り合ったことで秀一と再開するが、秀一は記憶喪失となっていた。愛する秀一の記憶を取り戻し、2人で北海道へ帰ることができるのか? 人が人の幸せを願う、愛の物語。

『星の金貨』の主人公・彩は、耳と口が不自由という、身体的な弱さを持っています。龍居さんの初期作には、このような障害や重い病気を持つ人物が、数多く登場します。

  • 『ピュア』(1996フジテレビ)
    • 軽度の知的障害を持つアーティスト(和久井映見さん)
  • 『セミダブル』(1999フジテレビ)
    • 乳がんになり、仕事を辞めてしまった元雑誌モデル(稲森いずみさん)
  • 『白い影』(2001 TBS)
    • 多発性骨髄腫に冒されている外科医(中居正広さん)
  • 『愛なんていらねえよ、夏』(2002 TBS)
    • 盲目の少女(広末涼子さん)
  • 『天使の歌声 ~小児病棟の奇跡~』(2002フジテレビ)
    • 2歳のときに卵巣がんを発症し、小児病棟で入院生活を送ったシンガーソングライター(松浦亜弥さん)
  • 『ママとパパが生きる理由。』(2014 TBS)
    • 乳がんで余命宣告された妻(吹石一恵さん)と、肺がんで余命宣告された夫(青木崇高さん)

「ドラマとは主人公の変化である」。これは、脚本の学校で習うドラマの定義のひとつです。龍居さんが作品で障害や重い病気を数多く描いてきたことと、龍居作品の特徴を考察する前に、少しだけ、この「変化」についてお話しさせてください。

変化には2種類あります。
1つ目は「状況」の変化です。例えば刑事ドラマでは「事件が起こる→事件を解決する」という状況の変化がベースにあります。ラブストーリーでは「2人が出会う→つき合う」という状況の変化と、逆に「2人が出会う→別れる」といった、マイナスに変化するパターンもあります。

2つ目は「感情・関係性」の変化。ドラマの定義である変化とは、こちらのことを指します。刑事ドラマにおける新米刑事の成長や、ラブストーリーで2人の関係性を描くことが、「ドラマ」なのです。

定義ではあるのですが、普通に描くとつまらないのが「変化」の恐ろしいところです。視聴者が、ある程度の展開や結果が読める中、これをどう裏切り、ハラハラ・ドキドキさせるのか、ここが脚本家の手腕ということになります。

脚本家がどのように裏切りを作っているかというと、ポイントは、変化が2種類あるというところ。「状況」と、主人公の変化である「感情・関係性」の多くは、一方向に重なっています。向かうべき結果(状況)と、主人公の感情が同じベクトルだからこそ、展開や結果が予想できるのですが、このどちらかを揺らし、視聴者を不安にさせるズレを作り出すのです。

例えば刑事ドラマの場合。
「状況を揺らす」というのは、犯人を捕まえられそうだったのに取り逃がしてしまうなどの、なかなか結果に辿り着かない寄り道展開を作るということです。
「主人公の変化を揺らす」というのは、主人公に葛藤させることです。「自分は足手まといになっていないだろうか?」「犯人にだって事情があるんじゃないだろうか?」こういった悩みを視聴者と共有することで、共感性も高まります。

さて、龍居さんの場合です。

龍居さんは、主人公の変化(成長)に対して「変化しない」状況を設定。この状況というのが、障害であったり、重い病気だったりするのだと思います。クライマックスに、その状況と成長をそれぞれ印象的に描くことで、視聴者の感情のズレ(不安)を最大化しているのではないでしょうか。なおかつ、その直後にやってくるエンディングで安心感を与え、ここでもまた、最大限のカタルシスを作っているのだと推察します。

『星の金貨』のクライマックスでは、口のきけない彩が、これまで考え抜いてきた愛というものを秀一にぶつけます。秀一も、言葉でなくてもその愛が伝わり、エンディングで、その解答を示すのです。

「言葉がなくても伝わる」のように、状況と感情をそれぞれ印象的に描き、大きく切り返すこの龍居脚本の構造が、僕にはスイッチのように感じたのだと思います。

ドラマに入り込んだ自分も、ネガティブからポジティブになり、不安から安心に変わり、行動に移すことができたのではないでしょうか。

状況は変わらなくても、人は変われる。龍居さんの強いメッセージを受け取りました。

◯◯なのに◯◯

クライマックスで切り返すこの構造は、ラブストーリー、しかも悲恋ものでその威力を発揮します。『星の金貨』や『ピュア』もそうでしたが、この手法の完成形は、映画『四月は君の嘘』ではないかと思っています。

龍居さんは漫画原作の脚本をずっと断り続けていたのに、デビュー20年目にして初めて手掛けられた作品です。

『四月は君の嘘』(Amazonより)

かつて指導者であった母から厳しい指導を受け、正確無比な演奏で「ヒューマンメトロノーム」とも揶揄された天才ピアニスト・有馬公生(山﨑賢人さん)。公生は、母の死をきっかけに、ピアノの音が聞こえなくなり、コンクールからも遠ざかっていた。しかし、同級生のバイオリニスト・宮園かをり(広瀬すずさん)と知り合い、再び音楽の道に戻っていく。
かをりの伴奏者として、翻弄されながらも成長していく公生。モノトーンに見えていた世界は、カラフルに色づき始める。一方のかをりは、体が思うように動かなくなる重い病気を患っていた。この先長くないことを知りながら、秘密にしていた。かをりがつく「美しい嘘」。その内容が明かされるラストシーンで、悲しみと幸せが同時に訪れる、切ない青春物語。

『四月は君の嘘』の場合、状況は変化しないどころか、より悪化し、クライマックスにおける落差は龍居作品史上最大なんじゃないかと思います。最悪の状況で、主人公は著しく成長する。「悲しいのに、幸せ」な結末を迎える。先ほど、この構造は「悲恋もの」で威力を発揮すると書きました。こういったネガティブな状況をポジティブに反転することが、龍居脚本の核心だと言えるのではないでしょうか。

細かいですが、もうひとつ。構造としてはネガティブからポジティブに反転しているのですが、「悲しい」という感情がなくなって「幸せ」になったわけではありません。悲しみを携えつつも、幸せな気持ちが芽生えた、というのが正しいのではないかと思います。これはやはり、龍居さんの、二面性を描く上手さにあります。

二面性というのは、相反していたり、矛盾していたり、ふたつの要素を「内包」していることが重要だと思います。脚本でいうところの、1つのシーンに2つの意味が入っていること。

『愛なんていらねえよ、夏』の、目の見えない亜子(広末涼子さん)が、レイジ(渡部篤郎さん)を睨むシーンは、印象的でした。

龍居さんは『四月は君の嘘』を書く以前に、「人間」を描くドキュメンタリードラマを何本も手掛けています。

  • 『流転の王妃・最後の皇弟』(2003テレビ朝日)
  • 『テレサ・テン物語~私の家は山の向こう』(2007テレビ朝日)
  • 『男装の麗人~川島芳子の生涯~』(2008テレビ朝日)
  • 『二十四の瞳』(2013テレビ朝日)
  • 『「黄金のバンタム」を破った男~ファイティング原田物語~』(2014フジテレビ)
  • 『森光子を生きた女 ~日本一愛されたお母さんは、日本一寂しい女だった~』(2014フジテレビ)
  • 帯ドラマ劇場『越路吹雪物語』(2018テレビ朝日)

『流転の王妃・最後の皇弟』は壮大でした。日本と中国の間で生きた愛新覚羅浩の物語で、状況もキャラクターも二面性を帯びている、とても複雑で感動的なドラマです。

『流転の王妃・最後の皇弟』(Amazonより)

映画『ラストエンペラー』の主人公である皇帝・溥儀。彼の弟・溥傑(竹野内豊さん)の妻は、実は日本の侯爵令嬢・嵯峨浩(常盤貴子さん)であった。彼らは、いわゆる“政略結婚”で結びついた夫婦だが、互いの人柄への尊敬や愛情で、戦前、戦中、戦後という時代を力強く生き抜いた。浩は敗戦後、“流転”の人生を歩むことになる。国交の壁に阻まれ、溥傑と浩は16年もの間、離ればなれになってしまう。しかし、固い絆と深い信頼で結ばれていた。2人は、苦労の果てに再会し、死が別つまで離れることはなかった。

複雑なのに、シンプル

龍居さんの最新作は、この夏スタートしたドラマ『18/40~ふたりなら夢も恋も~』です。

これまで培ってきた、複雑なキャラクター造形に加え、今度は、2人の主人公の対比も描かれます。龍居ドラマのすごいところは、複雑にすることで深みや観ごたえを作るのですが、インパクトをつけたり、シンプルな構造にすることで、ドラマが分かりやすいということです。

僕も、わざわざ複雑に悩んで思考停止するのではなく、考えをシンプルに行動したいと思います。次も頑張って書くぞ!(了)

文/澤 由美彦

参考資料
ドラマ
『星の金貨』(1995日本テレビ)
『ピュア』(1996フジテレビ)
『バージンロード』(1997フジテレビ)
『セミダブル』(1999フジテレビ)
『白い影』(2001 TBS)
『愛なんていらねえよ、夏』(2002 TBS)
『流転の王妃・最後の皇弟』(2003テレビ朝日)
『砂の器』(2004 TBS)
『今夜ひとりのベッドで』(2005 TBS)
『二十四の瞳』(2013テレビ朝日)
『ママとパパが生きる理由。』(2014 TBS)
『ハル~総合商社の女~』(2019テレビ東京)
『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』第3話(2022 Prime Video)
『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(2023 TBS)
映画
『ストロベリーナイト』(2013)
『四月は君の嘘』(2016)
『ロストケア』(2023)

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