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「今っぽさ」「人間性」……「発注したくなるイラストレーター」とは?【絵で食べていきたい/第16回】

この連載の第1回で、絵の仕事を続けるのに必要なのは画力だけではないと書きました。では実際に依頼する側は、描き手の何を見て発注を決めるのでしょうか。編集者やディレクターに質問すると、どうやら絵そのものの魅力と同じぐらい、「一緒に仕事をしたいかどうか」が重視されるようなのです。

依頼までのステップ

編集者やディレクターが、これまで依頼したことのない描き手に対し、発注するかどうかを決めるには、二つのステップがあると思います。

1)作品に目をとめる
2)実際に発注するかどうか検討する

絵の仕事をはじめる前の私は、良い絵を描いていればいつか誰かの目にとまって素敵な仕事が来る、と夢想していました。そのため1)の「作品に目をとめてもらうこと」ばかりに気をとられていました。まずは見栄えがする作品をたくさん描く。ホームページが検索上位にあがるように工夫する。作品集をいつでも持ち歩いてチャンスがあれば人に見せる。そういう努力をせっせとしました(もちろん無駄ではありません)。

ところが仕事を受けはじめると、意外に「絵以外の要素」も大切なのだと気付きました。知らずに身についていた、絵とは関係なさそうなスキルが評価されたことが多くて驚いたのです。ここがステップ2)です。

1)と2)それぞれについて、依頼する側の人たちの話も聞いてみました。

依頼者はどんな絵を探しているのか?

依頼者の目にとまるには、もちろん絵そのものに魅力が必要です。魅力的な絵がたくさんある中で、依頼する側は、たとえばこんな視点からも判断しています。

・媒体や企画が求めているイメージに合うか
・必要なクオリティがあるか
・「今っぽさ」があるか

これらを一つずつ解説します。

・媒体や企画が求めているイメージに合うか

依頼者が描き手を探す時、大抵は絵を使用したい場所や目的が決まっています。出版予定の小説に合った装画を描ける人など、イメージがかなり絞り込まれている場合もあれば、もう少し幅広く「いつかうちの媒体で使えそう」と思った絵にめぼしをつけておくような場合もあるでしょう。いずれにせよ「良い絵」なら何でも使える訳ではなく、その時ほしいイメージに合うかどうかが必須です。

どんなに優秀な人でも、求人していない会社に採用されることはまずありません。絵の場合も、依頼されるにはタイミングや縁も大きく関係するとわかっていれば「なぜこの絵が使われて私の絵は使われないのか」と、むやみに焦らずに済みます。また、あるテーマに使う絵を探している人が見つけやすいように、ウェブにアップするイラストにハッシュタグをつけるような工夫もできます。

・必要なクオリティがあるか

これは、発注者が求める絵を問題なく仕上げ、納品する技術が描き手にあるかということです。雑誌やウェブなどで既にその人の絵が使用されている場合は判断しやすいのですが、まだ実績がない場合は工夫が必要かもしれません。

たとえばポートフォリオに、モックアップ画像を載せている人もいます。イラストが実際に使用されたところをイメージしやすい、良い方法だと思います。モックアップとは本来模型の意味ですが、ここでは、雑誌サイズの無地の冊子や無地のパッケージの写真に自分の描いた絵を合成した画像のことです。まだモックアップという言葉を知らない頃、私もお菓子のラベルなどを自分のイラストで作り、商品を包んで撮影したものをポートフォリオに加えていました。もちろんモックアップであることは明記しますが、イラストを単体で見せるのとは違った効果があります。

また、仕事の実績がなくても、必要な知識や機材が整っていることを事前に知らせることはできます。現在データ入稿はほぼ必須のスキルですが、納品時のデータ入稿の仕方も、案件ごとに違う場合があります。プロフィール欄に制作環境や使用ソフト、対応可能なファイル形式を記載している描き手もいますが、こういった情報は発注者の判断材料になります。実際は発注者がデータ入稿の詳しい知識を持っていない場合もありますが「この人はわかっていそう」と安心してもらうだけでも十分です。

・「今っぽさ」があるか

絵の魅力を表現する際「センス」や「個性」などの言葉がよく使われますが、ある編集者さんがあげたポイントに「今っぽさ」がありました。これも仕事をする上で必要な視点だと思うので説明します。絵にも流行があり、そこから大きくはずれないほうが需要は高くなるからです。

「今っぽいかどうか」というポイントをクリアするのは、若い人には比較的容易いと思います。しかし私のように年齢があがると、意識しないと難しくなります。描き手の多くは、自分が一番影響を受けた時代の絵の雰囲気を好み続けるからです。ある程度の年齢になって、絵が得意だから仕事にしようと思っている場合は気にとめておくといいかもしれません。もちろん流行の絵柄を無理に真似する必要はありませんが、今何が好まれているかを知っておくことは必要です。

たとえば女性を描く場合、現代女性のリアルなファッションやヘアメイクの傾向を知らないと、なんとなく古臭くなることがあります。一方、同じような絵を描いても、現在主流で使われている画材やソフトに変えるだけで「今風」になる場合もあります。あるいは絵そのものを変えなくても「今の時代に自分の絵はどう見えるか」を考えて、うまくアピールすれば「まさにこういう絵がほしかった」という人に見つけてもらいやすくなるでしょう。私の場合なら「少女漫画風」よりも「70年代のレトロな少女漫画風」と説明するほうが、依頼される確率が高くなります。

実際に発注するかどうかを、どう決めるのか

「使ってみたいな」と思う絵を見つけた後は、2)の「実際に発注するかどうか」を検討します。発注しても問題ない描き手かどうか判断するために、たとえば次のような点を見ます。

・適切なコミュニケーションがとれるか
・スケジュール管理やクオリティが信頼できるか
・性格や相性

・適切なコミュニケーションがとれるか

内向的ではだめという話ではありません。仕事で必要なのは意志の疎通が問題なくできることです。依頼内容を正確に受け取り、わからない場合は質問する。必要ならば自分からも提案できる。仕事を全うするためのやり取りができるかどうか。こういったことも、依頼する前に見られているということです。

たとえば、SNSで「○○が描ける人を募集しています」と投稿があったとします。その時に「○○は描けませんが××が得意です!」と応募する人は、残念ながら今後の発注もされにくいと思います。前向きさは重要ですが、この投稿に対する返信としてはふさわしくなく、意図を理解できていないと思われかねないからです。自分の絵を使ってほしいという気持ちが強くなると、うっかり相手が見えなくなりがちです。アプローチする前に一息ついて、相手はどう感じるか? と考えましょう。私もいまだに自分しか見えなくなって失敗することがあります。

・スケジュール管理やクオリティが信頼できるか

納期を守れるか、仕上がったものが一定以上のクオリティであるかという点も重視されます。しかし、はじめての相手が納期を守れるかどうかを事前に判断するのは難しいかもしれません。描き手としても「必ず納期を守ります!」といって、受けてみたらとんでもないスケジュールだったら困ります。

対策としては、サイトなど発注者が読むところに「モノクロカットならラフと本制作あわせて約〇〇日程度」とか「〇月一杯は受注できません」など目安となるスケジュール感を書いておき、さらに「納期は可能な限りご相談に応じます」と添えるのはどうでしょうか。納期に対する意識があることが依頼者に伝わるだけでも印象は変わると思います。あるいはプロフィールの文章に、「○○の経験からチームの作業やスケジュール管理に慣れています」などと書いてもいいかもしれません。この書き方なら絵の仕事は未経験でも説得力があります。

・性格や相性

「結局、性格や相性もありますよね」という言葉もよく聞きます。これも誰からも好かれるべきという話ではなく、仕事相手として問題なくつき合えそうかという意味です。締め切りに間に合わない! と思った時にパニックに陥り音信不通になるのではなく、「遅れるかもしれない」と連絡ができそうか。トラブルがあった時にいきなりSNSで不満を書いたりせず、相手にきちんと交渉する人か。仕事に支障をきたすほどメンタルが不安定だったり、一緒に取り組んでいる相手がいることを忘れたりしないか、という程度です。

これらを判断するのに、顔をあわせられる持ち込みや、信頼する人の紹介ならば話が早いのです。しかしそうでない場合、SNSのアカウントやブログなどの発信内容をチェックする依頼者も多いと思います。だとすると、冗談であっても攻撃的、病的な言葉は使わないほうが安心して依頼されやすくなるでしょう。尖った言葉やスラングで思い切り書きたい場合は、仕事用と個人のアカウントを分けてもいいかもしれません。

もう一つ、発注する際のポイントとして、印象に残った言葉があります。ある編集者さんは、依頼する場合は「修正できる人かどうか」を重視するそうです。仕事では、描き手にとって納得のいかない修正が入ることもあります。その場合、質問や提案することはもちろん悪くありません。しかし「この媒体はあなたの作品発表の場ではないことは、まず理解してほしい」のだそうです。

まだ一緒に仕事をしたことがない相手が、修正を嫌がらないかどうかをどこで判断するのかと聞くと、「自分の場合は社会人経験の有無を見ます」との返事でした。もちろん社会人経験のあるなしで全てがわかる訳ではありません。ただ、こういう判断の基準もあるとわかれば、対策を考えられます。社会人経験はなくても、仕事として絵を依頼される意識があることが相手に伝わればいいのです。

たとえば、サイト内に料金やスケジュールなど、発注者向けの情報をまとめたページを作り、そこに「発注時の依頼内容が変更されるなど、当方の不備でなく起きる大きな修正は、別途追加料金を頂く場合があります」などと記載する。修正する、しないという話でなく、料金内でできることとできないことの線引きをしておくほうが、お互いに安心して仕事をはじめられるでしょう。とはいえ、絵の「修正」については悩ましい部分も多いので、別の機会に詳しく書きます。

一緒に仕事をしたいと思えるか

絵を発注されるには人間的に立派であらねば、とは思いません。発注者も描き手も、不完全な人間です。自分の性格に偏りがあると思ったら(私はすごくあります)、それを補う方法を考えればいいのです。絵の仕事に特別な人格は必要ではありません。逆に絵が描けるからといってどうふるまっても許される訳でもありません。極端な性格や行動も魅力にできる人や、絵の力が他の要素を凌駕して仕事に影響しない人もいますが、それはレアケースでしょう。「絵の仕事」の「絵」の部分を特別視してしまうと、描く以外のことは考えなくてもいいと思うかもしれませんが、仕事にする以上、そうはいかないという話です。

もちろん、ここにあげたことが依頼者の総意ではありません。ただ、画力には問題がなく営業や発信もしているのに、なかなか仕事に結びつかないなど、原因がわからなくて困った時には、別の視点から検討することも大事だと思います。絵の仕事とは関係ないと思っている自分の経験が、意外に評価してもらえる場合もあります。自分の絵を使いたいと思ってもらえそうな相手は誰か、その理由は何か。依頼者にとって自分は仕事を頼みたい描き手か。見方を変えたら、まだまだ打つ手が見つかるかもしれません。

文/白ふくろう舎

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