検索
SHARE

『花とゆめ』育ちのイラスト描きが「創刊50周年記念 花とゆめ展」で

「『なかよし』派だった? それとも『りぼん』派?」

いや『ちゃお』だった、その後は『少フレ(週刊少女フレンド)』? 『マーガレット』? ……どんなマンガ雑誌を読んでいたか、他愛ないけれどこういう話は盛り上がります。そこで私が「『花ゆめ(花とゆめ)』かな~」と答えると「わかる~! 白さんは『花ゆめ』って感じ!」と毎回同じ反応をされます。もちろん他の雑誌も読みましたが、継続して一番読んだのは『花とゆめ』。たぶん少女マンガ誌の中でもちょっと異色の存在でした。

その『花とゆめ』が50周年を記念して展示会をするとなれば、行かないわけにはいきません。たとえ場所が東京シティビューというアウェイでも。

雨の月曜日、公式サイトでチケットに余裕があるのを確認して、当日券狙いで六本木へ。案の定空いています。平日でもあり、展示会のグッズが売れすぎて現在は欠品の嵐という情報も出回っているので、ガチな層は後半を狙っているのでしょうか。チケット販売機に並ぶ私の前には年上とおぼしきおひとりさま女性。後ろにはだいぶ年下のカップル。そうかそうか、あなたたちもみんな『花ゆめ』派か(知らんけど)。

同じ雑誌を読んでいた人には、同じ学校を卒業した同窓生のようなシンパシーを一方的に感じます。学校にたとえるなら『花とゆめ』は、たぶん女子高。異性の目を気にせずのびのびと好きなことにまい進し、一方で男子の世界に憧れて空想をふくらませたり(勝手な妄想です)。

当日チケット2200円を買い、エレベーターで52階まで上がると、いよいよ会場へ。ちなみに会場内に飲食物の持ち込みはできません。ペットボトルなどはカバンにしまうよう指示され、なんと私の持っていた紙袋入りの菓子折りも、一旦会場外のコインロッカーに入れるようにとのこと。いくらなんでも包装紙を開けて食べたりしないよ……と思いましたが、それだけ作品を大事にしているということ。素直にロッカーにしまいます。

身軽になって入場すると、そこにはシティービューの絶景、天井からは歴代作品をプリントしたバナーが下がり、中央にはケーキを模したプレゼントボックスのタワー。今回の展示テーマ「パーティー」にふさわしく、盛装したキャラクターの等身大パネルもあります。窓から見える東京タワーの上にあたる場所に『ぼくの地球を守って』(以下『ぼく地球(タマ)』)の輪君のバナーがあるのは、マンガのエピソードを意識したこだわりだろうと、思わずニヤリ。絵だけでなく、「名セリフ」のパネルがあるのもいかにもマンガ雑誌の展示です。

先へ進むと、懐かしい「花とゆめコミックス」の表紙デザインの枠にハマれるフォトスポットもあります。おひとり鑑賞の私も空っぽの表紙をパシャリ。友達とワイワイ撮りっこしたら楽しいだろうな。

折角なので展望台からの眺めも堪能してからエントランスを抜けると、創刊から50年の軌跡をたどる年表コーナー。1974年、創刊号の表紙もあります。当時の価格は280円!

私が読んでいたのはこの年表なら1枚目後半から2枚目あたり。中学校では友達から雑誌を借り、高校に入ってからはコミックスをクラスの友達同士で回し読みしました。昭和の中高生にはインターネットもスマホも、マンガを無料で読めるサイトもなかったけれど、友達との交換で自分の財力以上の作品に触れることができたなあ。

この年表コーナーまでは展望台チケットだけで入ることができます。ここから先は専用チケットを買った人だけが見られる展示のキモ、総勢74名の作家による約200点の原画と当時の付録コーナー。入ってすぐに『ガラスの仮面』のカラー原画があり、いきなりひきこまれます。何度も印刷物で見たことのある原画は予想以上に色鮮やか。紙についたシワも、あくまで芸術作品ではなくマンガ原稿なんだというリアリティを感じます。とはいえ保管状態は良かったはずで、45年ぐらい前のものにしてはなんと発色のよいこと。色がとびやすい蛍光っぽいオレンジやピンクの発色、加えて力強さと繊細さを兼ね備えた流麗な筆致に思わず息をのみます。この鮮やかな色はカラーインクかなあ、私も憧れてひと瓶ずつ買って色を増やしたっけ。

ちなみに原画には作品名と作者名のみ記されていて、ストーリーの説明などはありません。一部の作家については入り口で購入できる音声ガイド(800円)で解説を聞くことができるようです。

私が読んでいたころには連載終了していた『アラベスク(第2部)』や『はみだしっ子』シリーズなどレジェンド作品の原画を1枚1枚なめるように見て、視点を後方に転じるとそこは豪華な晩餐会をイメージした付録コーナー。うわあ、この感じは懐かしい。若い女子3人連れがキャッキャッと「かわいい! このまま販売して欲しいよね!」と言うのを、関係者でもないのにうむうむと嬉しく聞きます。

付録テーブルをぐるりと回って原画コーナーに戻ると、次の作品は『パタリロ!』。ちなみに『花とゆめ』初期連載陣には男性作家もいて、テレビドラマシリーズにもなった『スケバン刑事』や『紅い牙 ブルー・ソネット』といった作品も人気でした。『スケバン刑事』の実写化なんて、今まさに議論されている原作ものの映像化について考えるテーマが山ほどありそうで、和田慎二先生がご存命ならどんなコメントを出されただろうか、などと原画を見ながら思ったり。

それにしても、ここまで見ただけでも絵柄のバリエーションの豊富さには改めて驚きます。『紅い牙 ブルー・ソネット』のGペンで切り込んだような強弱のある線と、『パタリロ!』の丸ペンで背景も人物も均一に細かく描き込まれた線。これ以降の作品はだんだんペンの線が細く、より繊細になっていき、作家ごとに絵柄は異なるものの各時代の「流行り」の影響も感じます。カラー原画もパステルでフワっとさせたり、マーカーをつかったり、作家それぞれが新しい表現を色々試す様子が目に浮かぶよう。

絵もさることながら、『花とゆめ』の独特さはその作品内容にあって、男女の恋愛だけでなく少年愛やスパイアクション、ファンタジーや転生SF、学園推理ものなどストーリーの幅広さも魅力でした。一方で、大人になった視点で思い返すと「10代にこれを読ませて良かったのか……」と思うようなネタも多かった(当時の自分も親には見せまいと思ったものです)。

人気作品は社会現象も引き起こしました。『動物のお医者さん』は獣医学部やハスキー犬の人気を押し上げたし、『ぼく地球』は前世ブームのはしりとなって、作者が「これはフィクションだから真似をしないで」と異例のコメントを出したほど。そういえば、『ぼく地球』は雑誌で読んだのではなく、大学時代の友達がコミックを貸してくれたのでした。流行曲を聴くと当時のことを思い出すように、私の場合、マンガ作品もそれを読んだ時代と、大体は貸してくれた人の記憶を一気に呼び覚ましてくれます。

原画の前に立つたびに、絵を見るだけでなく作品への思いが沸きあがってしまい、なかなか次にすすめません。なにしろ私という人間の大半はマンガをはじめとした創作物から学んだことで構成されているんじゃないかと思うぐらいには、影響を受けまくっているのです。数年前、同性カップルが里親になることについて議論がおきたときは「20年以上前に『ニューヨーク・ニューヨーク』で読んだやつだ!」と思いました。

『笑う大天使』、『マダムとミスター』……このあたりの作品も大好きでした。当時マンガ家に憧れた者としては、作品の面白さもさることながら、いわゆる「マンガ絵」の王道ではなくても、ストーリーテリングと演出でこんなに読ませるんだという驚きがありました。実際に原画を見ると、1本1本ていねいにひかれた線はやはり美しく、当時の誌面ではラフに感じた原稿もとても繊細で魅力的です。

だんだんと、自分の知らない作品に移りながらも、どの原稿からもひしひしと作家の「マンガ愛」が感じられ、1枚の原稿にこれだけ情熱を注いで大丈夫なのか(何が)と切ないような気持ちになってきます。

マンガが好きという気持ちが逆にマンガ家を割の合わない商売にしているんじゃないかといいたくなるような、好きの魔力とでも表現したいような、凝縮されたエネルギーが原稿から伝わってくるのです。

それにしてもマンガ、とりわけ少女マンガという表現形態は独特で面白いと思います。身体や服のシワ、背景の描き方はリアルに近づいても、顔だけはガンとしてマンガのデフォルメ、様式美を踏襲するこの画風の面白さは浮世絵にも通じるかも。この顔パターンを見慣れない人にとってはさぞ不可思議でしょうし、独自の進化を遂げた自在なコマ割り演出は、読み慣れない人を混乱させるほどです。

原画コーナーはまだまだ続きます。友達の娘が好きだというのでその名を知った『フルーツバスケット』や、自分がイラストの仕事をするようになってから、編集者さんに参考資料としてもらった『オトメン(乙男)』など。その間にも、随所にメディア化された作品一覧や、ネームやラフスケッチの公開(当たり前ながらどれも上手い!)、作画環境の再現など、視点を変えた見どころも作られて飽きさせません。

作画環境はフルデジタルとアナログ、お二人の仕事場が再現されていました。原画のほうも、2000年あたりを境に、デジタル作画の比率も増えているのがわかります。どちらが良い悪いということは決してないのですが、原画として展示する場合はどうしても手描きの情報量(描き込み量という意味ではなく)が強い気がします。デジタル原稿を展示する場合は、もしかすると制作のタイムラプス動画をつけるとか、レイヤー状態を添えるような工夫があると面白いかも、と思いました。これはイラストの展示でも毎回頭を悩ませるところです。

一旦じっくりと最後まで見た後で、そっと入口まで戻って未練がましくもう一周してから有料コーナーを出ると、そこにはドドンと大きな『パタリロ!』の像とおみくじが。1枚ひいて、来場者特典のサンキューカード(雨の日サービスで2枚)をもらいます。

外に出るとそれまでほとんど会わなかった来場者が何人も壁に向かって前かがみになっています。何かと思ったらメッセージを書いて応援できるコーナーがありました。壁に絵馬のようにかけられたメッセージカードは激熱、ほとんどがイラストつきで、それがみんな上手い。添えられたイラストを見るだけでどの作家のファンか、いくつぐらいの人かなんとなく想像がつきますが、やっぱり「同じ学校の卒業生の寄せ書き」という感じで、またしても勝手に仲間意識を感じるのでした。

グッズは噂通りの品薄ながら、なんとか追加が間に合ったものもあるようです。グッズ担当者はさぞ胃が痛かろう、とここでも勝手に心配している私。出口で時計を見ると2時間近くがすぎていて、コラボカフェには寄れませんでしたが、自分の中のマンガ愛、そしてマンガ家愛、マンガ雑誌愛のようなものを改めてかみしめつつ、雨の六本木を次の打ち合わせに向かいました。

ちなみに『パタリロ!』おみくじは大吉でした。マリネラ一の美少年に背中を押してもらったので、私も誰かの記憶に少しでも残れるように、日々の仕事を頑張ろうと思います。

文/白ふくろう舎

【この記事もおすすめ】

writer