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能登は元旦から何も変わっていないは本当か【連載・能登のいま/第3回】

東京から客人が来て最初に案内したのは、輪島朝市のあった商店街の大火災跡地でした。被災直後かと勘違いするような瓦礫の山、数日間燃え続けて橙色と化した車。解体作業をしている車両は数えるほどでした。

そのあと市街地を走っただけでも、地震の威力がいかに大きかったかが分かります。車窓からは、道路添いの家屋は倒壊したままで、重そうな黒瓦の屋根が乗る2階部分が1階を押しつぶしている風景が目に映ります。昼食を食べようにも営業している飲食店は限られています。数少ないお寿司屋さんは行列で、時間を潰すために見学して戻るとネタ切れで閉店。輪島港では漁が一切できず、近隣の港からの仕入れも十分ではないのでしょう。交通はまだまだ不便が残ります。金沢市からの陸路は復旧しつつありますが、平時の倍の3時間程度はかかることも。

このような様子を見て、能登は元旦から何も変わっていない、人がいない廃墟だ、都市部から見捨てられた地域だという人がいるのは仕方のないことかもしれません。また被災地に暮らす地元住民からも、避難所から出ることはできたが、壊れた自宅は解体されず再建できないので、倒壊しそうな家屋で暮らしているとの声も聞きます。

それでは、能登は元旦から何も変わっていないのでしょうか。

しかし、私は少しずつ確実に復旧していると感じています。内閣府の復旧・復興マニュアルには、復興までの段階に4段階あると書かれています。
(1)緊急対応期
(2)応急復旧期(避難期)
(3)本格復旧、復興準備・始動期
(4)本格復興期
です。今の能登では避難所は縮小傾向にあり、(2)の応急復旧期の後半のように感じます。土砂崩れや建物の倒壊などで早期に復旧の見込みがない地区を除いては、全体として電気や水道・道路網も復旧が進んでいます。

もちろん、今でも道路が復旧する見込みが立たない地域があり、家庭まで電気や水道が届いていないところはあります。我が家も自宅の漏水や隣家の敷地が崩壊しそうで危ないため、復旧はまだです。避難所では支給されていた食事が、入居が進む仮設住宅では支給されず困っている人もいることは忘れないように、地域の情報を伝えなければならないと私は肝に銘じています。それでも、被災地の中ですぐに電力などの復旧ができるかできないか地域が特定できるほどには、復旧が進んでいると言えるでしょう。

能登が変わっていないと感じる理由は、復旧のための優先順位があるからだと思います。発災してから、避難している人のために基本的なインフラの復旧に労力が割かれました。私の個人的な意見ですが、次のような順番で進められていると思っています。

(1)道路の復旧
(2)電気の復旧
(3)水道の復旧
(4)仮設住宅の建設
(5)ガレキの撤去
(6)住宅の再建
(7)生業の再建

私は復旧の司令塔ではないので、誤りがあればご容赦ください。現段階では、完成した仮設住宅の数は要望数に達しておらず、街中ではガレキの撤去が始まったばかりです。そのため、住民や訪れた人は復興が進んでいないと感じるのだと思います。

なお、半壊以上の建物を公費で解体することを公費解体といいますが、申請手続きが難しく解体業者など関係者が不足しているため、なかなか進んでいません。能登のような田舎では、先祖代々の家屋が数代にわたり相続登記されていないままの場合があり、解体に必要な現在の権利者全員の同意を得るのが煩雑だと指摘されています。いま家屋に住んでいる相続人だけでは、家を解体したくてもできない場所が多いのです。

また、従来から震災には、被災者生活再建制度をはじめさまざまな支援制度が設けられています。法令の特例の中でも私が最も驚いたのは、財産を相続するかどうか熟慮するための期間が延長されていることです。通常は人が亡くなってからか亡くなったことを知ってから、3か月以内に故人の財産を相続するか放棄するかなどを決めなければなりません。

しかし、特例では、能登半島地震の被災地に住む遺族は、9月30日までに決めれば良いことになっています。私には身寄りのない叔母がいて亡くなりましたが、倒壊した家屋やひび割れた田畑をどうするか、この制度のおかげで考える余裕が生まれました。

能登が「世間から忘れられている」「国からも見捨てられた地域だ」といわれることがあります。しかし私は、それには疑問を感じます。たとえば、能登半島地震では熊本地震と遜色ない政府の支援がされています。県が設ける復興基金や政府予算の予備費は用意されているのですが、道路や水道など甚大な被害を受けた生活インフラを復旧することを優先したために、日々の生活がよくなった意識するにはまだ時間がかかるのでしょう。

能登半島地震の復興基金は520億円規模で、熊本地震の510億円を上回っています。政府の一般会計から充てられる予算も大きいです。能登地震では予備費が約1兆円が用意されていて、熊本地震で初期に用意された7千億円に比べればかなり大規模です。ネット界隈では、補正予算ではなく予備費で手当てされていることが問題との指摘がありますが、公務員経験のある私は、会計上のテクニックに過ぎないので気にする必要はないと考えています。政治家や地方財政の専門家の方が議論すれば良いだけでしょう。事実、熊本地震でも予備費でした。

調べてみると、直近では6月28日に1,396億の予備費の支出が決定され、これまで支出された予備費の総額は約5,500億円になるそうです。直近の予備費の主な内訳は、応急仮設住宅の供与等に282億円、公共土木施設・公共施設等の復旧に867億円、災害廃棄物処理に226億円となっています。今の時期には、仮の住まい建設やインフラの復旧に重点が置かれていることが分かります。

街中にあふれるガレキの撤去も熊本地震と比べて遅いとは言えません。熊本地震では、3万5千棟を公費解体するのに2年余りかかったそうです。これに対し石川県では、約2万2千棟(推計)を対象に、来年10月までの撤去完了を目指しています。(6月12日現在、撤去済みは619件)

 ボランティアの方も増えています。前回の連載で発災3か月間のボランティア人数の少なさを書きましたが、その後は多くの方が能登にきてくれました。全国社会福祉協議会の資料によれば、能登半島地震で6月末までに活動したボランティア数は11万4千391人。熊本地震は1年間で約11.8万人だったのでもうすぐ追い越しそうです。数字には民間ボランティアの活動数はカウントされていないので、もっと多くの方に支援していただいていることになります。

まだ復興ははじまったばかりです。私は被災地に住むものとして、これまで支援を受けていることに感謝し、前へ進んでいこうと思っています。現地での復興は少しずつなので落ち込むこともありますが、できる限り明るい兆しも発信していくつもりです。

6月に輪島に帰ったときには、土砂崩れが残っていても、家屋が倒壊していても、秋の収穫のために苗が植えられている景色を見ました。被災地では絶望的な状況でも、住民はできることから始めようとしています。過疎化と高齢化の著しい被災地では、これまで多くの支援を受けています。これからも長く支援を受けるため、全国の皆さんに能登を訪れたり報道に接したりして、被災地に関心を持ち続けてくださるようにお願いしたいです。

今回は、公的な支援について書きましたが、民間の方がしてくださるボランティアについては、稿を改めたいと思います。

文/二角貴博

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