2.5次元俳優を知らない原作ファンがステージ『エロイカより愛を込めてRevival+』を観てきた
『エロイカより愛を込めて』という少女漫画をご存じでしょうか。2023年に漫画家生活60周年を迎えた青池保子先生による、大人気のスパイアクションコメディです。どのくらい人気があったかというと、この漫画の影響でドイツ語を履修する日本人が増えたと言われるほど。そのうちの一人が私なので間違いありません。
そんな『エロイカより愛を込めて(以下エロイカ)』が舞台化されたのは昨年のこと。え、今? 『エロイカ』の最新刊*39巻が発売されたのが12年前、なぜ今? あ、60周年記念だから? しかし気づいたのは公演終了後。残念に思っていたところ、今年リバイバル上演をするという情報を初日直前にきき、慌ててチケットをとりました。
*最新刊を最終巻と書かないのは、いつか連載が復活するかもしれないという、活動休止バンドの再開告知を待つファンのような気持ちがあるからです。話の区切りはついています。
昨今、漫画原作を舞台化するといえばそれは2.5次元と呼ばれるミュージカルが多く、本作もそうです。2次元である原作の世界感、キャラクターをできるだけ損なわず3次元に再現するため、原作の漫画やアニメ、ゲームファンはもちろん、演じる俳優のファンも観に行きます。
チケットを買う際に公式サイトを見ましたが、私は2.5次元俳優について一人も知識がありません。しかしキャストの写真だけで、原作のビジュアル再現度が高いことは一目でわかりました。怪盗エロイカことドリアン・レッド・グローリア伯爵(中山優貴)、NATOの将校クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐(村田充)の主役2人はもちろん、脇役も誰が誰だか一目でわかる作り込み。さすが2.5次元、しかしここまではまあ想定通りです。気になるのは役名が絵画「紫を着る男」となっている男性(和合真一)。これ、原作では文字通り絵画なんですけど、俳優がやるの……? 若干の謎を残しつつ、当日を迎えました。
開幕前のアナウンスはエーベルバッハ少佐。ん、なんかすごいカッコいい声だな……少佐のイメージはもうちょっとオジサンだけどな、とちょっと違和感がありましたが、なにしろ漫画は声が出ないのだからどんな声がきこえたとしても最初はびっくりするもの。とにかく舞台は動いてしゃべるところを観てナンボです。さあ開幕だ!
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舞台は90分。あっという間でした。まず思ったのは「やられた……!」という降参と満足の気持ち。一番うなったのは、謎だった「紫を着る男(絵画)」の役どころ。実は『エロイカ』は最初の数話で当初の主人公3人組がいなくなるというびっくり作品なのです。途中から出てくる少佐の存在が大きくなりすぎ、伯爵と少佐の2人が主役になってしまったからです。その「消えた主役問題」を、絵画に置き換えて軽くクリア。「シーザー(当初の主人公の1人)はどうするんだ」という原作ファンの懸念をさっぱり片付けてくれました。そして若いファンにも親切な、冷戦時代の説明パート。そうか今の若い人、東西冷戦はピンとこないのか……!
さらに各キャラクターの「らしさ」がすごかった。伯爵は原作通り金髪のクルクル巻き毛に真っ赤なノースリーブ。ちなみにこの漫画、登場人物のモデルは当時人気だったロックバンドのメンバーです。それを少女漫画らしく耽美に描いているのですが、いかんせん青池先生の作画がしっかりしており、当時の少女漫画としてはややゴツい(気がする)。それを令和の俳優さんとメイクや衣装技術が見事に「今の時代が想像する昭和の耽美」にきれいに落とし込んでいる! ちなみに漫画は巻を追うごとに絵柄のキラキラ度が減っていくのですが、この舞台ではまさに連載初期のひたすら足が長くまつ毛も長めのキラキラ感が生身の人間により再現されています。少佐もなるほど初期の少佐か! わかる! そもそも長髪の硬派軍人という、生身にするには難しいキャラクター造形をよくぞここまで。写真でそっくりだと思ったそれぞれの部下たちは動くと想像以上にキャラクターそのまま。しかも漫画後半にならないと出てこない設定まで網羅しているので、わかってる感があります。それにしても皆スタイルがいい、そうだジェイムズ君は1巻では美青年枠だった。ああ、ボロボロンテまでシュッとしている……。台詞もコマの絵も10代の頃の記憶力でしっかり覚えているので、それが現実と重なるとなんともいえない快感がありました。
そして、全編を通して「一体何を見せられているのか……」と言いたくなる振り切ったコメディテイスト。え、あのシーンを本当に舞台でやるのか。よりによってこのシーンで歌って踊るのか。しかもダンスはキレキレだ。10代の頃「親には見せられないなあ」と思いながらせっせと読んだ、はじけた面白さが現実としてますますパワーアップ。客席の笑いも、ストーリーや展開ゆえにおきる笑いと、「この人がやるから面白い」という笑いが重なっていて、どちらにも同志的な一体感を感じました。
それにしても2.5次元舞台というのは面白い。そもそも作品を人間に近づけるのではなく、人間が作品にどこまで近づけるかというアプローチが、演劇としても珍しいんじゃないでしょうか。それでいて、キャラクターの再現さえできれば誰がやっても同じというわけではないのは、各俳優にファンがいることでもわかります。でもあくまで対象のほうが俳優個人よりも上位にあるシステムなのが面白い。コスプレにも感じますが、これは日本からしか生まれなかったものじゃないかなという気がします(知らんけど)。
とはいえ、どんなに2次元に近づこうと、生身の人間が生み出すパワーを直接浴びること。これこそ舞台の醍醐味だと思います。さらに舞台には「共犯の空間」とでも言いたい魅力があります。ネットや誌面で情報化されたときには零れ落ちてしまう、あるいは一部だけ切り取られたら違う意味になってしまう「そこにいた人だけがわかる空気」があります。もちろん配信でも魅力は十分に伝わりますが、あのとき私がそこにいたという記憶はずっと残って、振り返るたびにじんわり嬉しくなるのです。
公演初日は青池先生のお誕生日で、観劇にいらした先生にサプライズのお祝いもあったとのこと。ファンとしては先生の感想もうかがいたいところですが、きっと少女のようにニコニコと嬉しそうにご覧になったのではないかと思います。なにしろフィナーレの客席降りと(演者が客席に降りてくる)ファンサービスの良さには私もテンションがあがり、最後まで幸せな気分で劇場を後にしました。こんな風に懐かしい思い出を新しい楽しみとして味わえることがあるんだなあ。『エロイカ』が9年のブランクを経て再開したときの喜びを思い出します。しばらくは漫画を交換して読みあった友達に会うたびに自慢しつづけることになりそうです。
文/白ふくろう舎
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