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ちゃんめい

安心なんてないけれど生きていける、未来が不安な夜のお供に『そもそもウチには芝生がない』【連載・あちらのお客さまからマンガです/第26回】

「行きつけの飲み屋でマンガを熱読し、声をかけてきた人にはもれなく激アツでマンガを勧めてしまう」という、ちゃんめい。そんなちゃんめいが、今一番読んでほしい! と激推しするマンガをお届け。今回は、将来への不安に苛まれた時にふと手が伸びるという、『そもそもウチには芝生がない』について語ります。

いつからだろう。同世代の主人公が仕事や恋愛に奮闘する物語よりも、自分の少し先の人生を歩む登場人物たちの物語に惹かれるようになったのは。

思い返せば、中高生の頃はアツい部活や片想いのときめき、大学生になると少し背伸びした恋愛模様に。そして、社会人になりたての頃は不器用ながらも仕事に奮闘する主人公たちに自分を重ねていた気がする。そんなふうに、自分と等身大の物語のなかで勇気をもらったり、明日を生きるヒントを探したりしていた。

けれど、気づけば今日明日を生きるための勇気や楽しさを求めるより、「この先どうなるんだろう」という漠然とした不安の方が強く胸に居座るようになった。どんなに心配したって未来のことは誰にもわからない。だからこそ、自分がまだ知らない“その先”を誰かが逞しく生きている姿を見たくなるのかもしれない。そんな思いが歳を重ねるごとに強くなっている気がする。

ありがたいことに、ここ近年は入江喜和先生の『たそがれたかこ』やたらちねジョン先生の『海が走るエンドロール』のように、自分よりずっと歳を重ねた主人公たちが主役となる作品が増えてきた。人生の第2章や第3章を照らすような物語が、静かに、でも力強く勢力を増し、いちマンガファンとしてはとっても嬉しい限りだ。そのなかでも、ダントツのお気に入りにして、将来はこんなふうに生きたい! と思うマンガ。それが、今回紹介するたちばなかおる先生の『そもそもウチには芝生がない』だ。

“隣の芝生は青く見える”とよく言うけれど

物語の主人公は、10代を共に過ごした元・同級生の3人の女性たち。わんぱく盛りの三兄弟をワンオペで育てるスミ。認知症気味の姑を抱える恵子。そして、その日暮らしの年下男と気楽な(ようで気楽でもない)同棲生活を送りながら熟女バーで働くマキ……。育児・介護・独身と、それぞれ違う人生を歩んできた彼女たちだが、暮らしのなかで少しずつ環境が変わっていき、やがて夫が家を出ていったスミの家に集うようになる。そして、40代にしてひとつ屋根の下での共同生活が始まる。

“隣の芝生は青く見える”とよく言うけれど、本作は“そもそも芝生なんて最初からなかった”という現実を描いている。結婚しても、子どもがいても、自由気ままな独身でも、それぞれの道に苦しさと孤独がある。でも、そんな苦しみや孤独に浸ったり、拗ねている暇はない。だって40代(いい大人)だから……。どんなにクソみたいな出来事や抗えない老いが襲い掛かろうとも、ちゃんと毎日を生きようとする。『そもそもウチには芝生がない』は、そんな3人の女たちの生き様が大変“無骨に”描かれているのだ。

3人の女たちの無骨な生き様

“無骨に”と表現したのは、それがまさにこの作品を好きな理由だからだ。スミ・恵子・マキの3人は、決して自分を取り繕わない。何かあれば露骨に落ち込むし、ため息だってつく、悪口だってめちゃくちゃ言う。時には深刻な悩みを打ち明けることもあるけれど、誰かが上から目線でアドバイスするわけでも、一緒に落ち込むでもなく、ましてや「解決してあげよう!」なんておこがましいことは誰もしない。そんな彼女たちの在り方を象徴するような、大好きなシーンがある。

とある日、三者三様にちょっと喰らってしまった夜があった。今すぐ解決できるわけではないけど、永遠にモヤモヤしそうな言いようのない夜……。行き場のない気持ちをどうにかしたくて、恵子がこんな提案をする。「パンを焼きましょう!」と。てっきり、生地をこねて焼き立てのパンを食べて癒される、ほっこり展開かと思いきや「やりきれない思いをすべて粉にぶつけてこねて 伸ばして たたきつけましょう!」と、まさかのガチンコ方式。こうして彼女たちは涙を滲ませながらパン生地にそれぞれの気持ちをぶつけ、こう叫ぶのだ。

スミ「45年生きてりゃ こんな日もある!!」
恵子「泣いていい! 泣きやめばいい!!」
マキ「まともな一発をくらわない! 流れる水のように生きる!!」

このシーンが本当にたまらない。どんな人生を選ぼうと、年齢を重ねるごとにどうにもならない悩みや悲しみは確実に増えていく。解決なんてできないことばかりだ。でも、自分が納得できて、少しでも楽しく生きられる“着地点”を必死で探す……。寄り添う、なんて生ぬるいものじゃなく、ラグビーのスクラムみたいに手を取り合い、肩を組み、押し出すように前に進んでいく3人の女たちの姿に私は心を撃たれた。

心と内臓と体だけは死守する!

とはいえ、スミ・恵子・マキの日々と同じように、別に『そもそもウチには芝生がない』を読んだからといって、私自身の将来への不安や悩みがすっかり消えてなくなるわけではない。でも、彼女たちの姿を見ていると、不確かで心もとない未来というものに対して、「やってやろうじゃないか」と思わせてくれる、静かで強いファイティング精神が湧いてくるのだ。

さて、そんな闘志が湧いてきたところで、私が彼女たちと同じ年齢になる頃、果たしてどんなふうに生きているだろうか……。またもや将来への不安がループしそうだが、13巻に登場する、スミの息子が所属する少年野球チームの保護者仲間・銀さんはこう語る。

「みんなあれこれ欲しがるけど人生に必要なのはたったの3つ 夕陽がきれい(心)おなかがいっぱい(内臓)適温(体) これだけよ 愛について知りたければ松崎しげるがよく歌ってるから聞けばいいわ」

私もこの教えにならって心と内臓と体だけは何がなんでも死守しつつ、将来、スミや恵子やマキのように、人生のスクラムを組んでサバイブしていけるような友人、仲間……いや“善き隣人”たちを、たくさん築いていきたい。

文/ちゃんめい

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