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立ち上げ2年で宝島社『このマンガがすごい!2023』ランクイン。芸術書の出版社発のマンガレーベルが描く「既視感ゼロ」の世界。パイコミックス/斉藤香さん【編集者の時代/第11回】

マンガ好きにとっては年末の風物詩ともいえる宝島社『このマンガがすごい!』。各界のマンガ好きが本気でその年の「一番すごい」と思う作品を選ぶランキングガイドで、毎年アツい視線が注がれるイベントだ。ところが一昨年の、宝島社『このマンガがすごい!2023』ではちょっとした驚きが走った。それは、オンナ編第5位に輝いた坂月さかな先生の『星旅少年』の存在にだ。パイ インターナショナルのパイコミックス……? 調べてみると、芸術書の出版社が2020年に立ち上げたばかりの新興マンガレーベルの作品であることがわかった。

あの驚きから1年半。今回は、今年で4年目を迎えるパイコミックスの斉藤香さんにインタビューを敢行。これまでの歩みを振り返りながら、芸術書の出版社がマンガレーベルを立ち上げた理由と展望を探る。

聞き手/ちゃんめい

作品を作っても書店の棚がない、マンガ事業参入の厳しい現実

――宝島社『このマンガがすごい!2023』オンナ編第5位に『星旅少年』がランクインしたことをきっかけにパイコミックスを知りました。今まで全く知らなかったレーベルが快挙を成し遂げたことはもちろん、よくよく調べると実は芸術書の出版社であるとか。当時はいちマンガ好きとして驚きの連続でした。今日はその裏側をお伺いできたらと思います。まず、パイコミックスは2020年創刊ですよね?

斉藤:そうですね。パイコミックスは2020年11月にWEB連載がスタートして、最初はidonaka先生の『ひとりぼっちがたまらなかったら』と、坂月さかな先生の『プラネタリウム・ゴースト・トラベル 星旅少年 塔に登る』の2作品から始まりました。

――『プラネタリウム・ゴースト・トラベル 星旅少年 塔に登る』は、『星旅少年』より前に刊行した坂月先生の作品集に収録された作品ですよね。初期から精鋭揃いと言いますか、順調そうな印象を受けます。

斉藤:実は立ち上げ前は、マンガを作っても書店の棚を確保できないかもしれないと営業から難色を示されていたんです。例えば、弊社の主力商品であるクリエイター向けのデザイン書やアート書、写真集ならすでに棚が確保できているけれど、マンガに関しては実績どころか、レーベルとしての知名度もない。しかもマンガは競争も激しいから、よほどの勝算がなければ新規参入は難しいと。

でも、会社としてもマンガ事業にチャレンジしようという機運が高まっていた時期だったので、棚がないからといって諦めるのではなく、編集、営業、広報、みんなで一丸となって取り組もうとなりました。

――具体的にどんなことをやられてきたのでしょうか。

斉藤:『星旅少年』の1巻を発売した時は、誰もパイコミックスのことを知らない状態だったので、『星旅少年』1巻の全話が収録されたプルーフを作って書店さんに配布しました。まずは書店員さんに作品のファンになってもらって、応援していただけたらと考えていたので、100〜200部くらい刷って各書店のコミック担当者にお送りしました。

――地道に販促されてきたんですね。

一番は作品と作家さんの力だと思いますが、プルーフの影響も多少なりともあったお陰か立ち上げ初期からファンだと言って応援してくださる書店員さんがいたんですよ。無名のレーベルだから通常は棚差しになるところを、せっかくの作品が埋もれてしまうからと言ってスポットでフェアを組んでくださるとか。知名度ゼロのレーベルを応援してくれる書店さんと、地道に販促を行ってくれた書店営業に感謝しています。

その後も、レーベルの認知度を広げるのはもちろん、『星旅少年』以外の作品も知っていただきたくて、パイコミックスのWEB連載作品全ての第1話を掲載した無料試し読み冊子も作りました。

1冊1冊のマンガを確実に届ける。そのために、営業や宣伝をしっかりと行う体制は今でも続いていますし、それがパイコミックスの強みの一つだと思います。

芸術書の出版社がマンガを作り始めた本当の理由

――パイコミックス編集部は現在何人体制なのでしょうか。

斉藤:実は、立ち上げ当初から今も「パイコミックス編集部」というものは存在しないんです。弊社の編集部は一つだけで、そのなかで画集やデザイン書を作っている人もいれば、児童書やマンガを作っている人もいるという感じですね。現状、編集者は20名ほどいて、内4名がコミックアートとマンガを担当しています。ただ、担当ジャンルも固定ではありません。誰がどのジャンルの企画を出してもOKですし、編集部だけでなく、全社員が企画を出せるようにもなっています。

――その4名の方は元々、他社のマンガ編集者だったり?

斉藤:いえ、パイコミックスの立ち上げにあたり、他社のマンガ編集者の方が加わるということもなく、全員元々いるパイ インターナショナルの編集者です。私は、入社当初はデザイナー向けの専門的なデザイン書や写真集などの編集をメインに担当していまして。マンガ編集に関してはパイコミックスが始動してからです。

――皆さんマンガ編集は未経験なんですね。そもそもなぜマンガを作ることになったのでしょうか。

斉藤:冒頭でお話しした通り、弊社はデザインやアートに関する書籍が主力商品なのですが、この流れを汲んで生まれたのが「コミックアート」というジャンルです。まず、デザイン書がどのようなものか説明しますね。

例えば、この「ネオジャパネスクグラフィックス:1冊丸ごと新しい“和”デザイン」は私が2006年に編集を担当したデザイン書の一つ。和風のデザイン事例を1冊にまとめたもので、わかりやすく言うと「作品を見せる本」です。

どんなテーマでどういうデザイン作品をどういう構成で掲載するのかを決める、掲載する情報や写真を集めてくる。そして、掲載作品をリサーチし、掲載許諾をとり、作品や画像の貸し出し依頼などを行う。それがデザイン書の編集者の主な仕事です。読者は主に広告関係のデザイナーさんやクリエイターさん。参考資料として購入されるケースが多いです。今では状況が変わっていますが、私がデザイン書をメインに担当していた頃は、発行部数は1500部~2500部くらいで多くはないものの、1冊1万円を超える高額な書籍だったので、単純に全部売れた場合の定価売上で考えると、1000円の本を1.5万~2.5万部売るのと同じことになります。そういうジャンルを手がけてきました。他には、デザイナーさん向けの参考書や世界の風景を集めた写真集も担当していました。

――ということは、海外出張も多かったり?

斉藤:世界の風景写真集を作っているというと、色々な国へ行けて良いね! と時々言われるのですが(笑)、写真集に掲載している画像は全てフォトストックからお借りしているものです。例えば「世界の城」とテーマを決めたら、そのテーマに合った写真をひたすらリサーチして、画像検索をして集める。時には膨大な写真の中から社内でアンケートを取って掲載する写真を決めたり……。実際に現地へ行くことはありませんね。

斉藤:そうして長い間デザイン関連の書籍や、風景写真集をメインでやってきたのですが、時代の流れとともに取り扱うテーマが少しずつ変化してきました。今では珍しくありませんが、地方自治体が地元のPRの一環で「萌えキャラ」や「萌え絵」と言われる美少女イラストを起用し始めた時期があったじゃないですか? それで、広告制作を行うクリエイターさん向けに、美少女イラストが得意なイラストレーターさんを紹介するイラストレーターファイルを作ったら役に立つんじゃないかなと。こうして2009年に生まれたのが「ガールズグラフ―コミック-ゲーム・ライトノベルのイラストレーターファイル―」でした。これが、弊社が「コミックアート」ジャンルを始める原点となった1冊です。

以降は、従来のデザイン書を作る流れでマンガやアニメ、ゲームなどに関連するデザインの本も積極的に手掛けるようになりました。

そうした中で、コミックアート系のイラストレーターさんをたくさん知ることができ、今度は単著のイラスト画集を企画するようになりました。さらにイラストレーターさんの中には、マンガも描いている方がいて、イラストとショートストーリーマンガが一緒になった画集を作りました。

それが『不思議なアンティークショップ まくらくらま作品集』です。短編マンガ9編とカラーイラストを収録した1冊なのですが、この本を担当したことで、もしかしたら、マンガもいけんるんじゃないか……?と、すごく根拠のない自信が湧いたんですよ(笑)。

――なるほど。パイコミックスの原点ですね。

斉藤:会社としてもIPビジネスへの強い期待がありました。従来、出版してきたデザイン書や、写真集は他から作品をお借りして制作している本なので、個別の収録作品に関しては、弊社は何も権利を持っていません。

イラストレーターファイルや、イラスト画集に関しても同様です。ほとんど作家さんが今まで書き溜めてきた作品や、クライアントに依頼されて描いた作品で構成されています。だから、本以外にも展開可能な、息の長いコンテンツを生み出すためにも、画集だけではなくストーリーマンガにも積極的に挑戦していこうと。マンガ事業参入への強い機運が生まれていきました。あとは、ここだけの話、社長がマンガ好きだからというのもあると思います。昔は漫画家を目指していて、プロの漫画家の所でアシスタントをしていたそうです。「君は向いていない」と言われたようですが(笑)。「『パイコミックアート・パイコミックスの編集者が担当書籍を熱く紹介するだけのカタログ』に、マンガ家志望だったことや、「マンガレーベルを立ち上げ、作品を世に届ける仕事ができて嬉しい」という熱い想いが綴られています。

――とはいえノウハウも経験もなく、さらにレッドオーシャン化しているマンガ事業への後発参入という状況でパイコミックスを立ち上げられたのはかなり思い切った決断ですね。

斉藤:基本的に、チャレンジに対して非常に積極的な会社なんです。それこそ昔は、チャレンジばかりで結果が振るわない時期もありました。でも、そういった失敗から会社として蓄積された経験と、デザイン書やアート書、最近では児童書など軸となる商品ができあがったから踏み切れたのかなと思います。

――これまでに積み上げてきた経験と実績があるからこそ、新たなことにチャレンジしていけると。

斉藤:また、編集会議での企画の出し方がここ数年で変わったことも影響しているように感じます。以前は月に1本必ず企画を出すという目標がありました。毎月企画を出して、新刊を多く出すという体制でした。現在は月1本という縛りはなく、編集者が自信を持って「これはいけるぞ!」という精査された企画を出し、通った企画に関しては、事前に広報や営業とも相談し、しっかりと販促プランを練って作っていく体制に移行しつつあります。それが結果的に、新ジャンルへのチャレンジ企画であっても宣伝や販促の見通しが立てば通りやすくなった気がします。

――出版点数のノルマに追われていないことは、今の時代の出版社の一つの成功要因であるように思います。売れている出版社さんほど、刊行点数が少なくなっている傾向がありますよね。大きな方向転換だと思いますが、その方針に切り替えることができたきっかけはなんだったのでしょうか?

斉藤:児童書への参入です。実は、児童書は他のジャンルの書籍と違い、売れるとずっと重版ができる息の長いジャンル。児童書の重版で売り上げを確保できるようになってきたことで、刊行点数を減らせるようになりました。

企画会議は「既視感ゼロ」が合言葉

――改めて企画について伺いたいのですが、パイコミックスの連載作品はどのようにして生まれるのでしょうか? 一般的には、漫画誌の新人賞や連載会議を経て決定している印象ですが……。

斉藤:基本的には、編集会議を経て、社長、会長、営業も交えた企画決定会議で決まります。先ほどもお話した通り、編集部は一つしかないので、編集会議はデザイン書やアート書、児童書など他のジャンルの企画と同じテーブルで編集部全員とデザイン部全員にプレゼンします。

その場にいる編集者・デザイナーたちのゴーサインがでたら編集会議は通ります。その後、企画決定会議では主に営業と単行本になった際の部数や定価、判型・仕様、類書情報などの質疑応答をして問題がなければ、単行本の発売を前提にした連載が決定します。

――企画が通るかどうかの基準はどんなところにあるでしょうか。

斉藤:パイコミックスは「既視感ゼロ!もっと自由で、もっと面白いものを」というキャッチコピーを掲げています。ジャンルの縛りはありませんが、二番煎じ、三番煎じ的な作品ではなくて、今まで見たことがない新しいものをやろうと。これだけは編集者の間で共通認識としてやっています。この「既視感ゼロ」という意識があるから、編集会議でも悪いものと言いますか、キャッチコピーにそぐわないものはあまり出てこないですね。

――『星旅少年』の坂月先生の企画は、何がきっかけだったのでしょうか。

斉藤:何年か前の夏に、坂月先生のイラストがTwitter(現X)のタイムラインに流れてきて一目惚れしたんです。アカウントをフォローして動向を見ていたら、COMITIAにサークル参加されると仰っていたので、実際に足を運んで坂月先生の同人誌を拝見しました。

そこでやっぱり坂月先生の作品が大好きだと再認識しました。イラストに使われている“青”がとても幻想的で綺麗で。あと、マンガに関していうと505というキャラクターに一目惚れしたんです。同人誌では、最後の方に「なんだよ」って少し登場するだけなのですが、なぜかすごく505の登場シーンにツボったんですよね。

その後、とにかく坂月先生の作品が好きだということと、本にしませんか? とメールを送りました。当時はまだパイコミックスが始動していなかったので、マンガではなく、今までのイラストとマンガをまとめた作品集を作りたいというご相談でした。

坂月先生は「これまでの作品と、別途執筆を予定している作品も掲載できるなら」と前向きにご検討くださって。そうこうしているうちに、パイコミックス始動のタイミングと重なり、作品集に収録することを前提に『星旅少年 塔に登る』を短期連載してもらうことになりました。タイミング的にもとても良かったと思います。さらに新規描き下ろしイラストストーリーとして「トビアスたちの旅」を追加して『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』が生まれました。

――一目惚れからの行動の速さももちろん、編集者としての目利きがすごいですね。

斉藤:目利きではないです。あと行動は遅いほうです(笑)。おそらく好きに忠実なだけだと思います。例えば、自分が好きなものは他の人もきっと好きに違いない! みたいに(笑)。私がこんなに好きならきっと他社さんからも沢山お声がけされているはず、だから急がなくちゃ! と焦ってしまうんです。自分の好きを信じているみたいな感じでしょうか。逆に、トレンドや売れるものを分析して作家さんに「こういうものを描いてください」というのは得意じゃないですね。

――その「好き」という瞬間は頻度としては結構多いのでしょうか?

斉藤:好きなものに巡り合うことが多い時もあれば、最近面白いことないなぁと心に何も刺さらない時もあります。だから、これは! と感じたものに巡り合った時は逃さないようにしています。


初めてストーリーマンガを担当して気付いた “マンガ編集者の責務”

――実業務の面でいうといかがでしょうか。マンガ編集未経験ということで、パイコミックスを立ち上げ後は、想像以上の困難があったのではないかなと思います。

斉藤:先ほど、『不思議なアンティークショップ まくらくらま作品集』を作った時に、マンガ編集への根拠のない自信が湧いたと話しましたが、最初は本当に勢いで始めた部分が大きかったんですよ。

なぜなら、まくらくらま先生は『不思議なアンティークショップ まくらくらま作品集』を出す前からすでにご活躍されていて、SNSでも絶大な人気を誇るクリエイターさんでして。出版の企画をご相談した時点で、既にまくらくらま先生のなかには確固たる世界観や表現したいものがあった。だから、私が一緒にストーリーを考えるということはなく、先生の表現したいものをそのまま出してもらうという感じで、マンガの部分もイラスト画集を作るのと同じ流れで進行していったんです。

それに、1冊の本を作るという意味では、マンガもこれまで担当してきた書籍も大まかな工程に違いはないと思っていたので、最初の方は特に不安や困難はありませんでした。

でも、毎月のマンガ連載を担当し、作品が単行本化されていくなかで、じわじわと焦りが出てきたと言いますか。自分はマンガの編集を何もわかっていないことに気付かされました。

斉藤:『星旅少年』や『ひとりぼっちがたまらなかったら』は、私が初めて担当したストーリーマンガです。複数のコマやページに渡って物語が展開されるので、これまで担当してきたイラスト画集のように「作家さんの世界観をそのまま出してください」だけでは通用しないんですよね。ストーリーマンガを担当するなかで、徐々に意識が変わり、マンガ制作の講座を受講したり、マンガの描き方の本などを読んで勉強したりするようになりました。

――そういった勉強をしたあと、特にどの部分への意識が変わったのでしょうか。

斉藤:ネームです。最初の頃は、作家さんからネームをお送りいただいても「自分が余計なことを言って作品をつまらなくしてしまったらどうしよう」と。ネームに対して意見することの怖さや不安がありました。でも、鳥山明先生の担当編集だった鳥嶋和彦さんが書かれた『Dr.マシリト 最強漫画術』という本を読んだら「作品を読んだ編集者は、判断・分析・提案をしなければならない」と書いてあったんです。

判断というのは面白いかどうか、分析は面白い、面白くない理由を考える。そして最後にどうしたら良くなるのかを提案するという……。私はネームに対して、作家さんに描きたいものがあるのなら余計な口を挟まないほうがいいのでは? くらいに腰が引けている部分があったんですが、その逆。編集者はネームに対して意見すべきだし、それこそが責務なのだと気づきました。

現在は、作家さんによって異なりますが、通常の連載の場合、ネームに入る前のストーリーの構成とネーム、だいたい2段階で作家さんと打合せをすることが多いです。ストーリー構成はZoomや対面で顔を合わせながらが多いですが、ネームのやりとりは、後ろに締切が迫っているのでなるべく早く進められるよう電話かメールが多いです。

ネームに関しては、自分がわかりにくいと感じた点や、キャラクターの言動が一致していないとか。全体的なことから重箱の隅をつつくような細かい指摘まで。気になったことはお伝えしています。編集者はその作品の一番最初の読者なので「違和感を覚えたところは必ず伝える」を第一にやっています。

私たちの「見てくれ!」を本当に見てもらうために

――パイ インターナショナルの変遷や斉藤さんご自身のお話を伺ってみて、立ち上げからわずか2年で宝島社『このマンガがすごい!2023』にランクインした理由が分かったような気がします。

斉藤:昨年11月には『ひとりぼっちがたまらなかったら』、今年2月には『箱庭綺談』、3月には『ヒツジ飼いの兄妹』とこの半年ほどでこれまで連載してきた作品たちが続々と単行本になりました。パイコミックス立ち上げ当初は、私が担当していた『ひとりぼっちがたまらなかったら』と『プラネタリウム・ゴースト・トラベル 星旅少年 塔に登る』の2作品だけでしたが、今は私以外の編集者たちもマンガを企画、担当するようになったので。作品が増えて今後はよりラインナップが充実していくと思います。

――パイコミックスで連載すると単行本化は確約ということでしょうか?

斉藤:現状はそうですね。今後どうなるかわかりませんが、連載は単行本化のために作品を書き溜めてもらう側面もありますので。

――単行本化を目標にされている作家さんもいると思いますので、すごく嬉しいシステムですね。持ち込みされる作家さんも多いのではないでしょうか?

斉藤:今のところ、あまり持ち込みのご連絡はないですね。私たちもまだ持ち込みに対応できる体制が整っていないので、しばらくはこちらからお声がけする形が続くと思います。

――先ほど、4年目を迎えて変わったことについてお話しいただきましたが、反対に今でも変わらないことはありますか?

斉藤:やっぱり「既視感ゼロ」をテーマに、各々が絶対にこれをやりたい! というイチオシの企画を出してくるところでしょうか。

――「◯万部達成」などのビジネス目線の熱量よりも、「見てくれ! 最高だから!」みたいな。各々が絶対に伝えたいものと言いますか、熱狂が確固たる軸としてあるように感じます。

斉藤:そうですね。パイコミックスは、その「見てくれ!」を本当に見ていただけるように、編集だけではなく営業や広報、社内で一丸となって1冊1冊をきちんと売っていく。例えば『星旅少年』2巻が発売された際はボイスコミックの宣伝PVを作成して、それが大反響だったのですが、これは営業から出た販促アイディアでした。そして弊社としては初挑戦のボイスコミックだったので、広報が他社の宣伝部署にどうしたら成功するかを聞いてくれたりもしました。今はパイコミックス作品のアニメ化を目指して日々みんなで奮闘しています。

冒頭で話した全話プルーフや、1話試し読み冊子もそうですが、できるだけ多くの方に作品が届くように。そのためにできることは社内一丸となってやる! というのは作家さんとの約束事としてこれからも続けていきます。

今後はレーベルの認知度と、1作品ごとの実売が上がることが何よりの願いです。編集者としては、「既視感ゼロ」は変わらず、今まで見たことがないオリジナリティ溢れる作品を世の中に出せたらなと。来年はパイコミックス5周年なので、記念のフェアやイベントを開催したいです。

“流れの中で考える”がより明確になった、『星旅少年』最新4巻の裏側

――7月12日には『星旅少年』待望の最新4巻が発売されましたが、斉藤さんにとってはどんな1冊になりましたか?

斉藤:これまでにも、デザイン関連の書籍や風景写真集でテーマを変えて続刊を出すという経験はありましたが、同タイトルの作品で4巻目まで到達するのは初めてです。弊社のような出版社ですと、マンガでなければできないことですし。そもそもかなり未知数の中でパイコミックスを立ち上げたので、こうして4巻まで出せたことはとにかく達成感が大きい。とても思い入れのある1冊になりましたね。

――編集者として新たな手応えを感じた瞬間はありましたか?

斉藤:1〜3巻と既刊があり、さらにその先の物語がある中で4巻の位置付けをどうしようかと。もちろん坂月先生が考えてくださったものですが、編集者として“流れの中で考える”という作業がより明確になったと言いますか。

3巻は、これまで描かれてきた303の出会いと別れの旅物語から一変し、彼の過去が明かされましたが、4巻では時間軸が現在に戻り、これまでのように303の旅のお話がメインになります。あと、PGT社の505、スミヒト、ピピたちがメインで、303が登場しないエピソードも収録されているので、これまでとはまた一味違う。新章を感じさせる巻になっていると思います。

個人的には、303が塔屋ホテルに宿泊するお話が大好きです。303が知らない人と電話をしながら、滅多に走らなくなったレアな鉄道を眺めているというシチュエーションがすごくエモーショナルで素敵なんです! 1人だけど、実は1人じゃない。遠いところにいる、知らない誰かと手を繋いでいるような。寂しいだけじゃない色々な感情が入り混じるところが、とてもお気に入りです。

――『星旅少年』といえば、毎回特典が豪華ですよね。しかも、PGT社の社員証風カードやペーパーフィギュアなど、ファン心をくすぐるようなアイテムなのでいつも楽しみにしています。

斉藤:ありがとうございます。特典は書店さんからのリクエストや、営業からのアイディアが多いですね。ペーパーフィギュアは営業からの提案だったのですが、坂月先生が作中で登場人物だけではなく、アイテムや小物までとても魅力的に描かれているので、そのイラストを活かしたもの。かつ、配布しやすい仕様で何か作れないかと……。そんな思いから生まれアイテムです。

あと、ペーパーフィギュアって『星旅少年』の世界に登場しそうだよね! と。トレーディングカードのような、子供たちに人気のあるアイテムというイメージで作ったという裏話があります。

――特典とは別に、4巻の発売を記念して303と505のイメージ香水の発売が決定していますよね。グッズを通して、『星旅少年』という物語がより確かな手触りを帯びていくようで、とてもワクワクします。

斉藤:香水は、もともと坂月先生がイベントの際に無料配布のカードに香りをつけるために個人的に制作されたものだったんです。それがとても評判が良かったそうで、坂月先生から相談があり、今回改めてグッズ化する運びとなりました。

先ほどの特典もそうですが、坂月先生はグッズを作る際「物語とリンクするものにしたい」とよく仰っています。だから、弊社が特典を作成する時は、坂月先生の想いをできるだけ汲んで、かつ読者が楽しめるものを制作したいと考えています。それ以上に営業も広報も『星旅少年』が大好きだから、自然と様々なアイディアが出てくるのですが(笑)。

実は、今回4巻の発売を記念して、初めての既刊フェアを行っています。フェア開催店舗にて1~3巻をご購入いただくと、全5種のなかから1枚ランダムでオリジナルしおり特典がつきます。ぜひこの機会に『星旅少年』を手に取っていただけたら嬉しいです。(了)

斉藤 香(さいとう・かおり)
株式会社パイ インターナショナル 編集者。横浜市出身。2001年にパイ インターナショナルの前身となるピエ・ブックスに入社。デザイン関連の書籍、イラスト画集、写真集の編集を多数担当。2020年にパイコミックスが始動した後は『星旅少年』『ひとりぼっちがたまらなかったら』『箱庭綺談』『ノアの剥製 不思議なアンティークショップ』を担当。

撮影/深山 徳幸
執筆/ちゃんめい
編集/佐藤 友美

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