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新人フリーライターが部屋を借りるまで。そして他者とつながる文章のこと【連載・欲深くてすみません。/第37回】

元編集者、独立して丸9年のライターちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。今日は、フリーランスになりたての頃のことを思い出しているようです。

フリーランスは社会的信用が低い、とよく言われる。では、その信用とは何で決まるのだろうか。
身をもって考えさせられた出来事がある。過去に賃貸物件の入居審査で、つまずきかけたことだ。

2016年、会社を辞めてフリーになった年のこと。当時の私はワンルームの賃貸マンションに住んでいたが、いざ家で仕事をし始めるとすぐに息が詰まって、限界が来た。

お笑い芸人さんがよく「無理をしてでも家賃の高いところに住むと、売れる」と言っている。よっしゃ私もいっちょ売れたるか、と引越しを検討し、候補に選んだのが都心、広めの1LDK。家賃は以前の倍。恐れ知らずの27歳だった。

内見が終わり、不動産会社に移動して、申し込み用紙一式を受け取った。このとき初めてフリーランスのライターと名乗った私は、営業担当の方の顔色が変わったことにも気づかず「私、フリーランスになったばかりなのですが、会社員時代の源泉徴収票を提出すれば良いですかね?」と楽観的に聞いた。

「なんで、会社を辞める前に引っ越しておかなかったんですか! フリーになりたてのライターじゃ、審査は通りませんよ。申し込みをしてもいいけど、大家さんからノーと言われるだろうから、そのつもりでいてください」

部屋中に響き渡る大声で、営業さんに怒られた。

非常にショックを受けた。何にかというと、まさか入居審査に落ちるだなんて考えもしなかった、自分に対してである。
思い起こせば、それまで何度か部屋を借りたとき、毎回決まって大家さんに「あなたのようにしっかりした人に住んでもらえて、嬉しい」と言われていた。
私は、すっかり自分のことを、初対面の人にも信頼されやすい、しっかりした人なのだと思っていた。
違う。しっかりしていたのは、私の「所属」だ!

フリーランスとして数年間確定申告をしていれば話は違っただろうが、それがないのが痛かった。社会的立場も収入もよくわからない人間は、家も借りられない。初めて生身の自分で社会と対峙し、あっけなく拒絶されたような感覚だった。

帰り際にバーに寄って、酒を煽った。マスターに今日あったことを話していたところ、隣で話を聞いていた客がこう呟いた。

「フリーのライターってあれですよね、サスペンスドラマで2番目か3番目に死ぬ職業ですよね」

は??
なんだい、あんた喧嘩売ってんのか。ガルルルルル。
と、吠えそうになったそのとき、ある考えが私の脳天を撃ち抜いた。

ひょっとしてこの人は、フリーライターを「週刊誌にスクープを持ち込む、スキャンダル専門のライター」と捉えているのではないか?

私はそれまで編集部でライターさんと仕事をしていたので、世の中にはさまざまなジャンルのフリーライターがいることを知っていた。しかし、確かにドラマに出てくるフリーライターというと、スキャンダルを追う記者が多い。しかも、大体なぜかお金に困っていて、よれよれのジャンパーを着ており、よせばいいのにスクープ狙いで無茶な取材をして、犯人か権力に消される。

※ちなみに、これは10年前の話である。今はイメージが変わっているはず。あと、この数年後、本物の週刊誌のライターさんにお会いする機会があったが、すごくちゃんとした方だった。

業界の外にいる人の見方なんて、あやふやなものだ。ひょっとしたら、不動産会社の営業さんや物件を貸す大家さんも、フリーライターをその程度の解像度で捉えているのかもしれない、と思い至った。

賃貸物件の審査はドライなものだろうから、イメージどうこうで覆るような話ではないだろう。それでも、せめて私にできるのは、「よく知らない」状態を、少しでも減らすことではないか。

そこで私は、申し込み用紙に、手紙を添えることにした。

「フリーランスのライターというと、どんな仕事か想像がつかず、ご不安に思われるかもしれません。そこで、私の働き方について簡単にお伝えしたく、この手紙を書きました」

たしか、このような書き出しだったと思う。
現在どんな仕事をしているのか、仕事の継続性についてどう考えているのか。そして、家賃の支払いについて不安を抱かれやすい立場であることを前提に、生活費や支払いの管理をどうしているか、一定期間の家賃分の貯蓄額を確保していることも書いた。そして封はせず、不動産会社の営業さんにも読んでもらえる状態で手渡した。

書き終えた時点で、私の心は晴れ晴れとしていた。契約がどうなるかは、もうどちらでもいいと思えた。それよりも、「伝えたい」と切実に思い、文章を書いたこと自体が、妙に嬉しかったのを覚えている。

その翌々日に、営業さんから電話がきた。
「大家さんが、ぜひ契約をと言っています」
そして、こう続けた。
「手紙を読んで、しっかりした方だと安心されています」

あのときの心の震えを、私は忘れないだろう。

部屋を借りられたからではない。所属先の名前や納税の実績に代わる「信用」を、文章で手渡すことができたと感じたからだ。企業名や確定申告の控えは、わかりやすくて強い。でも、わかりにくくて一見頼りないものでも、相手の立場を想像し、言葉にすれば、伝わることがある。

書くことには、これほどの力があるのか。
まだ何もない自分でも、文章で、誰かとつながれる。それは書く仕事に就いたばかりの自分にとって、大きな発見だった。

他者とつながる文章とは、自分をよく見せる文章でも、相手を力ずくで説得する文章でもない。相手が自分で判断できるだけの材料を、しっかり差し出す文章だ。

ちなみにこの部屋には6年住んだ。その後2回引っ越したが、確定申告の控えを提出したら、どちらも一発で審査に通った。わかりやすくて強いものも、あったほうがいい。

文/塚田 智恵美

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