
アノ会社の内側が知りたい【さとゆみの今日もコレカラ/第 105 回】
昨年の夏、編集者さん&記者さんたち4人と自宅でわいわい飲んでいたら、宇宙人でおなじみの円香さん(参照)からぴろりんとメッセがきた。「海野ちゃんがヘラルボニーに転職しました。初仕事なので、ぜひ応援してあげてー」。
円香さんが「海野ちゃん」、私が「海野P」と呼ぶ海野さんは、ウェブメディア「ウートピ」の元プロデューサーで、私が駆け出しのころに大変お世話になった方だ。メッセには、日本橋三越で開催される「異彩の百貨展 2023 夏」のプレス発表会のリンクがあった。
そのときの私は、ヘラルボニーという会社の名前と、障害のある作家さんたちのアートを ”ボランティアではなくビジネスとして” 適正価格で売る会社であり、最近スタートアップ系のイベントに行くと大抵ヘラルボニーの双子の代表(のどちらか)が呼ばれ登壇している、くらいの認識しかなかった。 なのだけど、その場にいた全員が「ヘラルボニー、大躍進だよね」「あの会社のコンセプトは素晴らしい」「メディア露出のセンスがよすぎる」「海野さん、さすが!」など、口々にいうので興味を持ち、プレス発表会にお邪魔した。
日本橋三越の会場には、ヘラルボニーと契約をする障害のある作家の作品が並んでいた。代表の松田崇弥さんが、それぞれの作家さんがどんな人か、どんな特性を持ち、どんな描き方をするのか、説明してくれる。創作風景が目の前に立ち上がるような、ビビッドで親密な説明だった。私はその場でアートをプリントしたワンピースを一着買い、家に帰ってから会場で見たアートを一枚ネットで注文した。
会場には2度行った。私が買ったアートの作家さんがライブペインティングをするというので、その様子を見に行ったのだ。その日は、別のヘラルボニーのスタッフが、その場の作品を解説していた。
ところがその彼女は、松田さんがプレスに話したエピソードとはまた違う、別のエピソードを披露している。彼女自身がその作家と接したときのエピソードなのだろうか。やはり、また違った角度からの創作風景が立ち上がる。
彼女はアートを紹介しながら、こんな話もしてくれた。
「私にも障害のある家族がいます。私たちにとって『家族みんなで百貨店に行く』というのは、とてもハードルが高い行為でした。でもこうやって百貨店の一階でヘラルボニーのイベントをやると、『あそこなら、障害のある家族とも一緒に出かけられるかも』と来てくださる方が多い。それが嬉しいんですよね」。
そのあと接客をしてくれたスタッフの方も、「僕、この作家さんがすごく好きで」と、やはり推しを紹介しながら、その作家の方が持つ障害とだからこそ生まれた個性について教えてくれる。そこに並ぶスカーフが、ポーチが、シャツが、マグカップが、その話を聞いたあとは特別なものになっていく。
ヘラルボニーは、すごい。
アートもすごいし、コンセプトもすごいけれど、とにかく「人」がすごい!
私はその夏、会う人会う人に、「自分の言葉で話す」ヘラルボニー社員に感動した話をしてまわった。社員が note につづっている「私が入社した理由」も読み漁った。
どんな社風なのだろう。どんな社員教育をすれば、あんなふうにみんなが自分ごととして自分の会社や作品を語れるようになるのだろう。
それが知りたくて、岩手に行った。やはり別の日に日本橋三越に行き、同じように感動して絵を買ったというライターのヒロさんと一緒に、ヘラルボニー本社を訪ね、社員の方の話を伺った。
代表の2人が語るヘラルボニーとはまた違った、いや、同じなのだけれど別の目の玉から語られるヘラルボニーは、そのアートのように多彩で鮮やかだった。
取材を終えて思ったのは、改めて。ヘラルボニーは、すごい。
アートもすごいし、コンセプトもすごいけれど、とにかく「人」がすごい、ということ。
全員で作ったバリュー、その言葉が普段の会議でも連発される様子、若手に大きな仕事をどんどん任せる社風、代表に何でも言える空気感。
ぜひ、読んでくださいませ。個人的には、下記のあたりが、大好きです。
スピード感と言えば、今朝言っていたことが夕方に変わることもあります。まさに朝令暮改。でもそれに対してメンバーもフラットに意見が言えるのは、ヘラルボニーのいいところです。「そのやり方はヘラルボニーらしくありません」と意見を言ったとき、それがもっともだと思えば「たしかにそうだね」と意見を戻してくれます。朝令暮改をまた改めるという(笑)。
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「何度もお直しして、世代を超えて使いたい」と考える人が、エルメスを選ぶように「1人1人の違いを容認し、共生していく社会をつくりたい」と考える人がヘラルボニーの商品を選べばいい。
仕事仲間には、おそらく誰にも気づかれてなかったですね。でも実は、毎日死にたいと思うくらい、眠れない日が続いていました。


