安定か自由か。その葛藤は一生続くと『ぬけろ、メビウス!!』に教えられた
坂ノ上茜さんという女優を知ったのは、BS-TBSで放送されている『町中華で飲ろうぜ』という番組を偶然見た時でした。
お酒にめっぽう強い茜さんが、町の中華屋さんのご主人や常連さんと楽しく会話しながら、ただただ飲み食いするという単純明快な番組。食べ歩き番組はよくあるはずなのに、茜さんがお店の人と会話し、愉快に飲み歩くその姿に、なぜかどんどん引き込まれていきました。
そんな彼女の最新主演映画『ぬけろ、メビウス!!』を、ひと足先に完成披露上映会で拝見してきました。想像を遥かに超える、動揺と、感動。昨年(2022年)観た中で最も身にしみる内容で自分自身を見ているように感じた作品だったので、書いておきたいです。
坂ノ上茜さん演じる主人公の櫻川優子は、契約社員として働く24歳。ある日会社から、契約から5年経ったので、という理由だけで契約を切られてしまい、途方に暮れます。彼氏もいて、順風満帆に思えた自分の人生。仕事も彼氏も、母親から勧められて選んだ、いわばレールの上の安全な道のはずだった。
このまま人に選んでもらったレールの上を歩くことに、自分の人生を使ってよいのか。彼女の中に疑問が浮かびました。
それは、この年頃の女の子にありがちな悩みとついつい捉えてしまいそうになりますが、いやいや、そんなことはない。この問題は形を変えて、性別関係なく、いくつになってもつきまとうものです。誰かに選んでもらった楽な道か、自分の責任で選んだ自由な夢か。
この映画は、その葛藤を優子の母親である久美子(役:藤田朋子さん)との口論や、彼氏である佐藤太一(役:細田善彦さん)との対話、友人である木下奈月(役:松原菜野花さん)とのやり取りの中で見せてくれます。
優子と久美子が言い合いになるシーンが何度もありました。優子が言い返す言葉に、身に覚えがありすぎて、冬なのに背中にじわっと汗が出ました。映画を観て、感動ではなく動揺をしたのは初めてではないか……。この衝突を若き日の葛藤として俯瞰して見られれば、動揺などしなかったかもしれません。しかし、よく考えてみたら自分もいまだに似たような葛藤を続けながら生きていることに驚きました。これは、青春映画ではない。
自分の人生の舵を、人に任せるか、自分で握るか。どっちの方が幸せになれるのか。ごくシンプルな問いを、本作はただまっすぐに正面から扱っています。
孤独に悩みながら色々な状況の中で揉まれる優子を見て、ワンワン泣きたい気持ちになりました。人生で大事な選択をしなければいけない時、決まって人は、孤独だ。これ以上の恐怖は、ない。スクリーンの中で駆けずり回り、色んな人とぶつかり、不器用に嘘をついたり、みっともないところを見られて虚しい気持ちになったりする彼女の状況を、他人事とは思えませんでした。
物語の前半では、あっけらかんとした態度で人と会話していた優子の彼氏、太一。終盤では彼が、真剣に、静かに意見します。彼の葛藤はあまり描かれていないけれど、きっと彼も、優子とともに悩み、成長していたのではないでしょうか。成長する人の周りの人も、成長している。それが面白い。数人の登場人物で構成された人間模様の中で、本作はそれをもさりげなく伝えてくれました。人が影響し合うことで起こる想定外の変化と、人間関係の美しさ。出会いも影響もコントロールできないからこそ、人は生きることに意味を見いだせるのではないでしょうか。
彼女の選択と挑戦は果たして、吉と出るのか、凶と出るのか。
もし凶であったとしても、みんなと社会が、彼女を温かく迎え入れてくれますように。映画のラストシーンから10年後くらいの彼女が、ぜひ笑っていますように。そんな気持ちで、席を立ちました。
冒頭ご紹介したテレビ番組。町中華屋さんの厨房でひたむきに何十年も中華料理を作り続けるご主人と、にこやかに話をしていた坂ノ上茜さん。彼女だからこそ、このシンプルな題材を演じられ、観客はその姿に胸打たれるのだと思います。過去を振り返った時に、その時の自分を可愛らしく思えたら、人生は幸せなのかもしれませんね。
予想外な展開は、あまりないのかもしれない。けれど、自分のことを見ているようで、目がスクリーンに釘付けになってしまいました。町中華屋さんの主人たちのような、人の儚く美しい姿を、茜さんが違う形で伝えてくれた気がします。全国公開が始まったら劇場に足を運んで観てほしいです。優子は、自分の投影。そう思いました。
加藤慶吾さん監督 坂ノ上茜さん主演
『ぬけろ、メビウス!!』
2023年2月3日から順次、全国公開が始まります。
文/hanata.jp
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