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脚本家・倉光泰子さん『PICU小児集中治療室』『今際の国のアリス』に見る「フィクションにリアリティを加える言葉」【連載・脚本家でドラマを観る/第4回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

年越し案件

遅まきながら、明けましておめでとうございます。

今年もどんなドラマが制作されるのか、とても楽しみです。と、新たなドラマに目を向ける一方で、去年からずっと余韻に浸っているドラマがあります。それは、僕が2022年一番泣いたドラマ『PICU小児集中治療室』です。

PICU 小児集中治療室 (Amazonより)

PICUとは、小児専門の集中治療室のことで、成人の集中治療室(ICU)と同じように、呼吸・循環・中枢神経・代謝などの生命維持に関わる重要な臓器の障害に対して、強力かつ集中的に管理・ケアをするための治療室。

主人公は、駆け出しの小児科医・志子田武四郎(しこたたけしろう)(吉沢亮さん)。広大ゆえ「大規模なPICUの運営は極めて困難」と言われる北海道で、どんな症状の子どもでも受け入れられるPICUを作るため、そして、1秒でも早く搬送できる医療用ジェット機の運用を実現するため、先輩医師たちとともに奔走する姿が描かれる、医療ドラマです。

子どもたちが武四郎とふれあい、ぶつかり合い、懸命に生きようとする姿に胸を打たれ、まるでドキュメンタリーでも観ているかのように感動し、毎話毎話、静かに泣きました。

ドキュメンタリーのように?

同じ時期に、『Dr.Bala』というドキュメンタリー映画の試写を観て、こちらも静かに泣きました。この映画は、Dr.Balaと呼ばれる大村和弘医師が(※Balaとはビルマ語で「力持ち」を意味します)東南アジアで行った、医療ボランティア12年の記録です。

(大村先生の信念や優しさに、気持ちが奮い立たされる素晴らしい映画です。興味を持った方は、こちらの記事も併せてどうぞhttps://corecolor.jp/3055

さて。とても乱暴に言うのですが、ドキュメンタリーは事実が大前提、ドラマ(フィクション)の多くはウソ(創作)が前提です。

ドキュメンタリーの感動には「事実」という分かりやすい根拠があり、観客もダイレクトに反応できるのですが、ドラマではそうはいきません。「どうせウソでしょ?」という前提を覆して、物語に入り込むための仕掛けを作ることが必須となり、ここが脚本家の腕の見せ所です。

ドラマを楽しむというのは、やはり脚本家を楽しむことだなと思った年初めでした。

僕が『PICU小児集中治療室』の余韻に浸っているのは、心地よい余情を味わいたいだけではなく、「どのようにドラマにリアリティを持たせるか?」について考えるためでした。

2023年の連載1本目は、この答えを見つけるべく、『PICU小児集中治療室』の脚本家・倉光泰子さんの作品を紐解き、ウソ(創作)をホントにする(リアルに近づける)脚本術を考察していきたいと思います。

単独脚本と共同脚本

脚本家の特徴を見つける際に、1つ注目すべきことがあります。

脚本には、1人ですべてを書き上げる「単独脚本」と、複数人で書く「共同脚本」があります。(※「単独脚本」「共同脚本」という分け方は、便宜上名づけただけで、一般的な呼び名ではありません)

さらに、共同脚本にはいくつかのパターンがあります。

  1. 1話を複数人で共同して書く(シーン毎など)。
  2. 各話を担当制にして複数人を振り分ける。
  3. ストーリーや構成を考える人(全体)と実際にシーンを書く人(部分)を分ける。

元日に放送されたバラエティ番組『あたらしいテレビ2023』(NHK)で、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんも言及していましたが、世界的には「共同脚本」で制作するドラマが多いようです。

Netflixなど、特に海外の配信ドラマでは、脚本家がチームを組んで作品に取り組みます。こうすることで、より多くのアイデアが集まります。例えば、設定や世界観の固まっている人気ドラマが、シーズン2、3と続いていくときに、様々な角度からの面白いエピソードが集まるといったことですね。また、実績のない若い脚本家が参加しやすくなり、業界のクオリティアップにもつながります。
日本のドラマでは、テレビ朝日の『相棒』や『科捜研の女』を想像すると、理解しやすいのではないでしょうか。

僕は、新しくドラマを観始めたとき、このドラマを最後まで観るかどうかを、単独脚本か共同脚本かで決めることがあります。単独脚本の場合、1話を観てあまり興味が湧かなければ、観るのをやめてしまいます。それは、そのドラマのテイストが、最後まで変わらないと感じるからです。(テイストがハマれば、それは最高のドラマです!)

逆に共同脚本の場合、1話を観終わって多少物足りなさを感じても、もう2~3話、観てから判断するようにしています。物足りなさを感じるのは、設定がシンプルである場合が多いからです。それは、脚本家チームが、設定や世界観、キャラクター造形を共有し、指針がブレないようにするためではないかと考えます。しかしそれ以降、複数の脚本家の様々な考え方や面白エピソードが見込まれるので、展開に驚かされるかもしれないという期待が持てるのです。

たくさんドラマを観ようと思っている方は、よかったら参考にしてみてください。

恋愛ものにおける脚本のテクニック

長々と脱線してしまいましたが、ここから、『PICU小児集中治療室』の脚本家・倉光泰子さんの作品の特徴を探っていきたいと思います。

脚本家の特徴を見つけるには、やはり単独脚本の作品を観るのが一番。あとは、共同脚本だとしても、その人の「オリジナル脚本」であれば、特徴が見て取れるかと思います。(※「オリジナル脚本」とは、小説やマンガを原作にしたものではなく、ドラマ用に書き下ろしたストーリーのこと)

これらを踏まえて、倉光さんがメインで執筆しているであろう作品を抜き出してみました。

『隣のレジの梅木さん』(2014フジテレビ)単独脚本
『ラヴソング』(2016フジテレビ)オリジナル脚本/5・9話以外を担当
『アイ〜私と彼女と人工知能〜』(2017フジテレビ)単独脚本
『恋する香港』(2017毎日放送)単独脚本
『アライブ がん専門医のカルテ』(2020フジテレビ)オリジナル脚本/4・7・10話以外を担当
『凛子さんはシてみたい』(2021 TBS)単独脚本
『PICU小児集中治療室』(2022フジテレビ)単独脚本

大掴みに「恋愛もの→医療もの」というキャリア形成だと言えそうです。

それでは順に見ていきたいと思うのですが、まずは、テレビドラマデビュー作のエピソードから。(月刊シナリオ2022年2月号より)

倉光さんは、大学で映画監督コース、大学院で脚本の勉強をされた方です。しかしストレートで脚本家にはならず、経理のパートとして勤務します。そして結婚、第1子出産を経て、脚本家になる夢を半ば諦めていたときに、ママ友たちを見てハッとしたそうです。子育てと仕事を両立し、いきいきしているママ友たち。これでは置いていかれると思い一念発起。倉光さんは、フジテレビヤングシナリオ大賞に『隣のレジの梅木さん』という作品で応募し、見事大賞を受賞。テレビドラマ化されます。

『隣のレジの梅木さん』

昼はスーパー、夜はラーメン屋で働く、ラーメン好きの梅木響子(馬場園梓さん)が主人公。

どんくさいところがあり、スーパーの同僚(神野三鈴さん・有村架純さん)にからかわれることもしばしば。一見恋愛には疎そうだが、響子には恋人・広志(山中崇さん)がいた。ラーメン屋を経営する広志のラーメンの味に惚れ込み、公私を共にするようになったのだ。しかし、経営不振による店の存続の危機や、広志の家族からイジメに遭うなど、ラーメンへの情熱を失いかけていた。そんな中、響子の妊娠が発覚。広志との結婚を決意するものの、母の反対や広志の頼りなさに決意が揺らいでしまう。

一方、「梅木みたいな自分より仕事ができない人がいる」と思うことで心のバランスを保っていたスーパーの同僚たちは、現状から抜け出そうともがきながら前進していく響子を見て、それぞれの悩みに拍車をかけていった。

同僚2人からの当たりがきつくなり、ひるむ響子だったが、広志の優しさに支えられ、またラーメンへの情熱を取り戻し、新たな一歩を踏み出していく。

倉光さんは、この脚本の執筆中、第2子を妊娠されていたそうで、ご自身もこのドラマに妊婦役として登場しています。「自分の体験を脚本に落とし込んでいくこと」をデビュー作から行っていて、作品のリアリティをとても大切にする方だなと思いました。

『ラヴソング』

次の作品が、月9の王道ラブストーリー『ラヴソング』。

ラヴソング (Amazonより)

元ミュージシャンで臨床心理士の神代広平(福山雅治さん)の元に、カウンセリングを受けに来た少女・佐野さくら(藤原さくらさん)。さくらは吃音症で、周囲の人とうまくコミュニケーションが取れないが、好きな歌を歌うときだけは吃音が出ない。その美声と才能に気づいた広平は、さくらの才能を花開かせたいという思いから、諦めていた音楽への情熱を取り戻す。2人が音楽を通して心通わせていくラブストーリー。

「セリフは嘘をつく」

これは、脚本の学校で習う、よい脚本の条件みたいなものなのですが、どういうことかというと、キャラクターの本心と反対のセリフを言わせても尚、本心が伝わるキャラクター造形のテクニックのことです。

例えば、「あなたのこと大嫌い」というセリフを言わせたときに、視聴者が、「本当は」あなたのこと大好きなのね、と思ってしまうセリフを指します。

『ラヴソング』の中にも、うまく本音を話せないさくらが、簡単なウソでごまかしてしまうシーンがたくさんあるのですが、さくらは広平のこと好きなのね、と、ちゃんと本音が透けて見え、倉光さんの技術力の高さにしびれます。

恋愛ものと医療ものには同じ脚本術が使われている

倉光さんが初めて手掛けた単独脚本の医療ものが『アライブ がん専門医のカルテ』です。(※この作品以前に『グッド・ドクター』という韓国ドラマのリメイクで、脚本協力として参加していますが、単独脚本として初ということで取り上げます)

『アライブ がん専門医のカルテ』

がんのスペシャリストと呼ばれる腫瘍内科医・恩田心(松下奈緒さん)が、消化器外科医・梶山薫(木村佳乃さん)とバディを組み、患者と向き合う。がんに特化した診療科を舞台に繰り広げられる、戦いと苦悩を描くメディカル・ヒューマン・ストーリー。

倉光さんはこの作品で、新進の脚本家を選奨する「市川森一脚本賞」を受賞されました。この作品は、悪人がいないドラマ設定などが評価されての受賞となったのですが、倉光さんは授賞式のコメントで、「最初は復讐劇の作品にする予定だった」「人のいい面を描くのは苦手だし、医療を描く不安もあった」と語っています。

前回お伝えした、「人気脚本家になるためには、まず、不得意なジャンルでヒットを飛ばすの法則」が、また立証されたことになり、なぜだか嬉しいです。そしてようやく本題の「どのようにドラマにリアリティを持たせるか?」ですが、これまで倉光作品を観てきて、2つの方法があると思いました。

まず1つ目が、『アライブ がん専門医のカルテ』や冒頭に紹介した『PICU小児集中治療室』などの医療ものに顕著だと思うのですが、専門用語を多用することです。

専門用語が多用されることで、ドラマのリアリティが増すことは想像しやすいと思うのですが、倉光さんのすごいところは、それを、セリフや構成で、視聴者にストレスなく伝えているところです。昨年末からシーズン2が始まった『今際の国のアリス』でも、この「説明のうまさ」は遺憾なく発揮されています。

『今際の国のアリス』

主人公のアリス(山崎賢人さん)が親友2人と渋谷に繰り出すと、いつの間にか街が無人と化してしまう。ある雑居ビルに入ったことで強制的に謎のGAMEに参加させられてしまうが、命からがら脱出に成功する。この世界で生き残るためには、様々なGAMEをクリアするしかない。会場で出会ったウサギ(土屋太鳳さん)らとともに、過酷なサバイバルに挑む。「生きるとは何か」を真正面から問い続ける人間ドラマ。

シーズン2で、全裸のキューマ(山下智久さん)が「すうとり」というGAMEの説明をするのですが、とても分かりやすかったと思います。

まずは(専門用語を含んだ)ルール説明。次に、「やってはいけないこと」を説明し、映像で補足することを繰り返す。「正解」つまり、生きのびるにはどうしたらいいかを一度に詰め込むのではなく、何をすれば死んでしまうかを順番に伝えています。
ここでのポイントは、すべてを分からせることではなく、ストレスをかけないことです。
医療ものでも同じです。難しい臓器の難しい機能を一度に説明したところで、忘れてしまうことが出てきて、視聴者に不安の種を残してしまいます。それよりも「何をすれば病状が悪化するのか」順番に伝えることで、視聴者に応援の感情で観てもらうのです。「あ―あ、やっちゃった」とか「そうそう、これでもう少し生きられるかも」など。

※『今際の国のアリス』は、単独でもオリジナルでもない作品ですが、インタビューで「GAMEの説明に苦労した」とご本人がおっしゃっており、ここで紹介させていただきました。

そして「どのようにドラマにリアリティを持たせるか?」についての2つ目の特徴は、視聴者の頭の中を「本当」という言葉でいっぱいにする、です。

少し回りくどくなるのですが、説明させてください。
ポイントは、恋愛もので培われたであろう、「セリフは嘘をつく」のテクニックです。

実はこの「セリフは嘘をつく」ですが、恋愛ものと医療もののどちらも、同じ使い方で登場します。とりわけ不倫ものは、このテクニックだらけです。倉光さんは、『うきわ ―友達以上、不倫未満―』という漫画原作のドラマで脚本を務めていて、このテクニックに磨きがかかったんだと思います。恋愛ものでも医療ものでも通用する同じ使い方、それは「愛する者のために嘘をつく」です。

例えば、

恋愛もの「別れよう」
医療もの「もう完治した」

例に挙げたものはありきたりですが、倉光作品には、こういった、相手を思いやるゆえの「ひねくれたセリフ」が数多く登場します。(誉め言葉です)
そしてこの、セリフに嘘をつかせることがなぜ、ドラマにリアリティを持たせるかというと、セリフを聞いた視聴者が、「本当は」好きなのに! とか、「本当は」もう治らないんでしょ? と、心の中で「本当は」という言葉を何度も唱え、「本当」という気持ちでいっぱいになるからです。本当ですよ!
もし疑わしければ、一度試してみてください。逆説的で面白いなと思うのですが、嘘のセリフが多ければ多いほど、視聴者の頭の中で「本当は」「本当は」と繰り返されることになり、リアリティが増すように感じます。

本年も、よろしくお願いいたします。

今回、倉光さんの作品を振り返ることで、去年から持ち越していた『PICU小児集中治療室』の感想戦がひと段落し、これで、新しいドラマを楽しむ準備ができました。

セリフ「ドラマの感想なんて人それぞれです。今回の考察に、皆さんがモヤッとしたからといって、僕はスタンスを変えるつもりはありません。今年も僕は観たいドラマを観て、好き勝手に感想を言わせてもらいます!」

本心「今回の記事はいかがだったでしょうか? もし、もっと論理的な考察がいいなどありましたら、ご意見いただけると本当に嬉しいです。皆さんの好きな脚本家さんは誰でしょうか? もしよければ、次回もご覧いただければと思います。本年も、本当に、よろしくお願いいたします!」(了)

文/澤 由美彦

参考資料
ドラマ
『ラヴソング』(2016フジテレビ)
『突然ですが、明日結婚します』(2017フジテレビ)
『刑事ゆがみ』(2017フジテレビ)
『アイ〜私と彼女と人工知能〜』(2017フジテレビ)
『touristツーリスト』(2018 TBS/テレビ東京/WOWOW)
『スキャンダル専門弁護士QUEEN』(2019フジテレビ)
『アライブ がん専門医のカルテ』(2020フジテレビ)
『うきわ ―友達以上、不倫未満―』(2021テレビ東京)
『凛子さんはシてみたい』(2021 TBS)
『純愛ディソナンス』(2022フジテレビ)
『PICU小児集中治療室』(2022フジテレビ)

配信
『今際の国のアリス』(2020 Netflix)
『今際の国のアリス シーズン2』(2022 Netflix)

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