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可視化や見える化で、ただ、目の前の人を幸せにしたい。グラフィックレコーディングCEO 松田海さん

セミナーやカンファレンスに参加したときに、前方で模造紙に概要をまとめている人、もしくは文字とイラストで内容をまとめている画像を見たことがないだろうか?

これらはグラフィックレコーディング(以下、グラレコ)といい、ファシリテーション手法の一つだ。

年々注目度があがるグラレコの分野の第一人者が松田海(まりん)さん。大学時代に、偶然グラレコに出合った彼女は、どのようにスキルを磨き、仕事を獲得していったのか。新卒フリーランス。新しい職種。チャレンジングな環境で5年以上“食べていく”秘訣を聞いた。(聞き手/荒木 千衣)

出合いは偶然。絵は全く書けなかったけどチャレンジした

――松田さんが、グラフィックレコーディングと出合ったきっかけは何だったのでしょうか。

松田:大学時代、ファシリテーションの学生勉強会に参加したことがきっかけです。ファシリテーションスキルのひとつに「構造化」がありますが、グラレコは対話を文字と絵で可視化し「構造化」するスキルです。私は勉強会に参加後、運営側に回ったのですが、そこで講座の内容をグラレコでまとめようとなり、たまたま担当することになりました。その日の講座の内容をまとめるのですが、みんながグラレコを見て振り返りもしてくれます。その時書いたら終わりではなく、学びに使われている、役に立っていることを目にして、やりがいがうまれ楽しくなっていきました。

――以前から、絵を書くことは得意だったのですか。

松田:実は、絵は全く書けませんでした。当時、コールセンターでバイトをしていたのですが、休憩時間に、落書きで笑った顔、怒った顔などひたすら書いていました。ただ、グラレコはスピード重視だから、絵はそんなに凝らなくても良いはず。丸・三角・四角を駆使すれば自己流でもなんとかなるはず、と思っていました。

一方で同じ頃1年半ほど、ノートテイクのボランティアをしていました。ノートテイクとは主に聴覚に障がいがある学生に対して、先生が話している講義内容などを筆記して伝えることです。講義で話す先生の言葉を1文字500円玉くらいの大きさの文字で書くと、聴覚障がいの方がそれを見てノートをとります。私は、マーケティング専攻でしたが、自身が難病者というバックグランドも持っており福祉の講義も聞きたかったためこのボランティアをしていました。100時間以上のノートテイクのおかげで、文字を速く書いて要約することが鍛えられていたんですね。これに絵を足していけば良いのではと考えていたので、グラレコはすんなり取り組めました。そういえば、授業のノートをとるのは昔から得意だったかもしれません。テストの前にクラスメイトから「ノートを貸して」とよく言われていたので。

――どんなことに気をつければ、うまく話のポイントを押さえられるのですか? 

松田:話を構造でとらえることです。事前にシラバスを熟読して講義の予想を立てます。受講する年次によって理解度も違うため、何年生が受講するのかを確認します。大学の講義は、テーマがあって伝えたいことが明確にあります。講義の意図を汲んで臨む。要約筆記をする講義は、自分にとっていい勉強になりました。

楽しいことがお金になる。グラレコを天職と感じられるようになるまで

――そのグラレコを仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

松田:大学3年生のとき、沖縄から1人で、箱根で2泊3日の合宿に参加したんです。その合宿は、就職活動に向けて自分を見つめ直し、将来の進路を考える会でした。そこで、楽しそうにグラレコしている、はたなかみどりさんと出会います。その時に初めて、「グラフィックレコーダー」という肩書きを知りました。セッションが終わると、壁一面にグラレコが並びます。合宿中はワークに追われています。けれども、グラレコが残っていることで、自分も含め皆さんの振り返りに役立つことを目の当たりにした瞬間でした。

1日目の夜だったと記憶しているのですが、参加者やサポートしている皆さんたちと話す時間がありました。その時に私、みどりさんのところにいったんですね。私が過去に書いたグラレコをファイルにまとめていたので、それを見てもらいながら「私もグラレコをやっているんです」と伝えました。そして何気なく聞いたんです。「グラレコって仕事になるんですかね?」と。

――そしたら、みどりさんは?

松田:「なるよ」と即答でした。その言葉に私、すっごくびっくりしたんです。「自分が息するようにできること」が職業になるんだ、って。自分が楽しくて、人に喜んでもらえるグラレコで、仕事としてお金をもらうことができるんだ! と衝撃を受けました。

そしてこれは偶然ですが、みどりさんが合宿の2日目に別件で中抜けしなくてはいけなくなったんです。そこで自ら「私に代わりにやらせてください」と手を挙げました。実は私、何かあったときのためにと、スーツケースに6色のペンを忍ばせていたんです。

――知らない人がたくさんいる場でグラレコは緊張しませんでしたか。

松田:緊張は、そんなにしなかったんです。それはワークショップ型だったからかもしれません。ワークショップ型は、参加者側がたっぷり探求するワークの時間が多いので、グラレコ側も一呼吸置きながら、考えながら書けるんです。時間と心に余裕がある場でのファーストステップでした。

――ワークショップ型以外にはどんなものがあるのですか?

松田:会議型とセミナー型があります。セミナー型とワークショップ型はグラレコのやり方が異なります。セミナー、もしくはパネルディスカッション型は、登壇者が参加者に話をするので、一気にインプットを受け、一気にアウトプットをします。

この合宿では、他にも2~3セッション担当し、その中にはパネルディスカッションもありました。ただこの時は、グラレコの経験がそんなになかったので、いつもと違うと思う余裕もありませんでした。

今でもグラレコする前は緊張するんですよ。ただ、グラレコをしている間は緊張する余裕がないんです。その時も、聞いたことをどう書こう。じゃあ、こう表現しようと必死でした。

――気をつけたことはどんなことですか。

松田:途中までのグラレコは、みどりさんが1人で書いていて、3日目はみどりさんが戻ってくる予定だったので、私が書いたグラレコが浮かないよう、テイストを合わせるようにしました。みどりさんはイラストを多く使っていたので、そのやり方を引き継がなければという意識がありました。

それと……少し話が変わるのですが。以前、慶應義塾大学などでプレゼンテーションを教えている樋栄ひかるさんの大学生向けワークショップを受講したことがあるんです。そこで「Yes,and~」の精神を学びました。まずどんなことでもイエスと受け取って、それからどうするのか考えることなんですが、すごく共感しました。だから私は合宿でグラレコを書くとき「どんな言葉が来ても、まずは一旦受け入れよう」という精神で挑んだことを思い出します。

――みどりさんは、松田さんのグラレコをどうご覧になったのですか。

松田:褒めてもらいました! そして、合宿の最終日には100人の前でグラレコを見せながら振り返り発表もさせてもらったんです。これも大きな自信に繋がりました。そして早速、みどりさんから別のグラレコのお仕事を紹介してもらうことができました。

――早速!

松田:はい。それをきっかけに、SNS経由やクライアントさんなどの紹介で仕事が広がっていきました。私はSNSを自分のデータベースになるようにと考えているので、過去に受けた公開できる仕事は基本的に投稿して残すようにしているんです。エゴサーチもします。自分が書いたグラレコがどんなふうに受け止めてもらえたかを見るためです。クライアントや参加者が、私のグラレコについて投稿をしていたらメンションをつけて返信をする、コメントにお礼のメッセージを書くなどの地道な努力をしていました。   

――松田さんが思うグラフィックレコーダーの魅力を教えてください。

松田:グラレコは始まりと終わりの時間が明確です。グラレコ中は、別のことを全く考える暇がなく没頭します。箱根の合宿でも、集中して頭を使うこと……こう、きゅきゅっと集中モードに入れる瞬間がめちゃくちゃ好きだなと実感したんですね。

普段、何かやっている時に、実は頭では別のことを考えながら進めていることってありませんか。でも、グラレコって熱中してしまうんです。たとえるなら、すごい魂を燃やしているっていうんでしょうか。100%魂を使える仕事って、なかなかないと思うんですね。

また皆さんとグラレコを見ながら振り返る時間も好きですね。振り返ることで、集中していたグラレコモードが徐々に溶けていく感じがするんです。集中から緩和する、そんな時間がたまらなく好きです。

リピーターを増やすためにやっていること

――松田さんのグラレコの特徴を教えてください。

松田:私のグラレコは、グラフィカルではなく、文字が多めです。また20~30分の時間に対して、グラレコは1枚または1ページを目安に書いています。また、クライアントには、その場の参加者がどんな人たちか、何のために開かれる場なのかなどの目的を、仕事を受ける前に確認します。専門的な内容でも、一般の方や初心者向けであればお受けできますが、もし専門家に向けてのイベントでついていくことが難しいと思う場合は、お断りすることもあります。

――他には、事前にクライアント側とどんなやりとりをするのでしょうか。

松田:私が過去に書いた事例を見せて、全体のテイストを伝えます。齟齬がなくなるように“期待値の調整”をするんです。クライアント側の期待値と、私ができる範囲を確認することで「せっかく頼んだけど、なんか違ったな」「思っていたのと違うな」を避けることができます。

グラレコはペンを使う前が勝負です。登壇者のプロフィール、会社のホームページ、過去のレポートがあったら何度も確認するようにしています。この仕事は、「やってもらって嬉しかった」「書いてもらってよかった」とクライアント側から思われてはじめて、リピートにつながります。

たとえば、グラレコの用途がSNSで拡散なのか、社内共有なのか。その目的に応じて、ピックアップするワードを変えるようにしています。参加者同士の関係性も大事で、皆さんがはじめましてなのか、関係性が出来上がっているのかを確認します。関係性があれば、これまでどのような会話をしていたのかを予め聞いておき、私がグラレコにスムーズに入れるようにします。これらを踏まえて、グラレコを書きます。100%、全てを残すことはグラレコでできませんが、事前準備をすることで、場の足跡をできる限り広く残せるようになるのです。

――場の足跡とは。

松田:グラレコを見返したときに、記憶が呼び起こされるような、言葉や話の流れです。だからグラレコでは、できるだけ参加者のその場での言葉を使います。私から出てくるものは0でいいんです。グラレコはナマモノで、リアルタイムで書くからこそ、価値があると思っています。

――他に、グラフィックレコーダーとして気をつけていることはありますか。

松田:安心・安全の場を作るようにしていますね。まずは皆さんに大きな声で挨拶し、自分の心を開いて、話しかけやすい工夫をしています。次に参加者へグラレコの説明をします。グラレコはあくまでたたき台で「変更がきくもの」として使って欲しいこと、人格否定をする場ではないことを参加者に伝えます。

自分が動きやすい場を作るためでもあるのですが、このやりとりが対話しやすい、意見を出しやすい場作りの土台になると考えています。グラレコがあってよかったなとか、もっと知って欲しい、そんな思いももちろんあります。加えて、グラレコだけが独り歩きすることの危険性を認識するようにしています。危険性とは、「その会では前後の文脈を理解し合って発せられる言葉も、その場にいない第三者に共有されたとき、言葉の意味が変わる可能性がある」などです。社会人経験の年数や業界、目的によって、使う言葉や意味合いが違ってくることがあるので、書くときにはそういう点も注意するようにしています。場合によっては、SNSで拡散されたグラレコだけを見る人もいるので。

松田:実は私、グラレコ2回目のときに失敗をしてしまって。先を読みすぎて、自分で「こうだから」と決めつけてしまったことを書いたら全然上手く行かなかったことがあります。ですので、今はまずライブであることを楽しむようにしています。イレギュラーはありうる。だからこそ、事前の周辺情報は、打ち合わせをしっかりして把握するように気をつけています。

他にも、場によって、服装を変えています。ジャケット着用がいいのか、あえてカジュアルなデニムがいいのか。あと何度も同じ場に行くときは髪型を同じにして、覚えてもらえるようにしていました。一時期はいつも赤いベレー帽をかぶることで、印象づけていたこともありましたね。

また、終わり時間だけは絶対に確認します。というのも、終わる10~15分前まで、私はひたすら何も考えず書いて、残りの余白で調整しています。

――えっ、余白で内容がおさまるか不安になりませんか。

松田:大丈夫です。10~15分の余白を決めて残しておくと、その時間までは、ただひたすら書くことに集中できます。今までの経験から、縦書き、横書きなどの配置で、文字数や全体のバランスを調整しています。

使うペンや持ち物などへのこだわり

――紙にグラレコを書く場合、ペンは何を使っていますか?

松田:どの文房具屋さんでも大体手に入りやすいPROCKEYシリーズで揃えています。グラレコ専用のペンもありますが、ドイツからの輸入品になります。インクを切らすのも怖いですし、すぐ買いに行けません。買い揃えた当時は、学生で全然お金もなかったので、できるだけ基本のセットから選びました。単品で買うと高いので。色は基本的に6色で、茶、緑、オレンジ、黄、肌色、グレー。メインは茶色です。

――淡い色が多いような気がします。なぜ茶色をメインにしているのでしょうか。

松田:私のグラレコは、そんなにイラストを盛り込まず、使うアイコンも限られて文字が多いのですが、グラレコはどうしても速く書くので、黒色だと漢字などが潰れやすくなります。茶色だと淡く、重なった部分が潰れにくく、グラデーションになって見えやすくなる効果があるんですよ。

茶色がいいと、教わったわけではありません。ファシリテーション講座やワークショップで模造紙にアイデア出ししているとき、「黄色の文字は読みにくい」とか「見えやすい色は何か」などに気づきました。茶色は全体を優しい雰囲気にしますし、私が好きな色でもあります。ずっと茶色をベースに書いていたので、私のグラレコだとすぐ気づいてもらいやすくなったのはラッキーでした。

――なぜ赤や青を使わないのでしょうか。

松田:赤や青色などは、茶色が負けてしまうので使いません。茶色がベースでも沈んでしまわずに見える色が何かというのは自分で書いて学びました。中学・高校の授業では、手書きポップや動画、PowerPointの制作が好きでした。この配色はちょっと自分には合わないなど、独学で色の感覚を身につけていたのかもしれません。

加えて「チェックボックスは緑で塗る」など、何を何色で塗るか、決め切っておけば、思考の負担を減らすことができます。「聞いて書く」ことに集中できる状態を作るようにしています。

――会場では、どのように書いているのでしょうか。 

松田:斜めがけできる巾着ポーチに、ペン6本と替えインク、タックシールという間違えた時に上から貼る白い長方形のシールと付せんを入れています。口を開けっ放しにしているのは、道具を取り出しやすいようにするためです。ペンの持ち方は、普段の鉛筆と同じ。ただ横線が細く、縦線が太くなるように、太い方のペン先の三角をうまく利用して書きます。これを「プロッキーフォント」といいます。

もう片方の手では、常にスマホを持っています。わからない用語が出てきたら、すぐ調べるためです。また、「テーマが変わった」と思ったらすぐメモアプリに記入するようにしています。

それから、文字ではなく、真っ直ぐな線を引くときは息を止めています。

――息を止める。

松田:はい、線で大きく区切るとか、吹き出しを書くとか、大きなアクションをする時は、息を止めた方がペンがぶれません。ペンが紙につくまでに息を吸って、ついた瞬間に数秒間息を止めてペンを動かします。文字だったらタックシールで消せますが、長い線は消せないからです。

模造紙の下の方を書く時は、気づいたら膝立ちになっていますね。私は身長が152cmで、会場に用意してもらった模造紙がたまに高い位置のこともあります。その時は「すいません、おろしてもらえませんか」とお願いして、自分の書きやすいポジションに変更します。書く場所と目線を合わせると、横に真っ直ぐ文字が書けるようになるんですよ。

――様々なテクニックがあるんですね。では、iPadなどで書く際のアプリやこだわりはありますか。

松田:「Procreate(プロクリエイト)」というアプリを使っています。ペンの種類が豊富で、最初に使ったアプリなので慣れて覚えているのもあります。色のパレットを多く保存できるのが使いやすいですね。よく使うベーシックな色のパレット、SDGsにあうカラーをまとめたパレット、各企業さんのロゴのパレットなどそれぞれ設定しておき、テーマにあった色をすぐ出せるように設定しています。

――紙に書く時とiPadでは色に違いがありますか。

松田:チェックボックスが緑、ハイライトが黄色なのは、紙もiPadも変わりません。ただ、iPadでは、ベースとなるメインの文字色をイベント前に決めています。2択で、教育や福祉など優しい印象を出したい時は、濃い茶色。テック系などカッチリした場合は、メインの色を紺色に変えます。あとは企業さんのロゴに合わせたり、雰囲気を見たりして、差し色を変える程度です。iPadは、紙よりは色数が増えますが、色選びであたふたしないように、頻繁に変えません。

黒色は、iPadでも印象がキツくなってしまうのと、文字が強調されて見えがちだと感じるので、私は使わないようにしています。

――先ほどから、雰囲気や使用する色などに「優しさ」というワードがよく出てきます。優しさを大事にしているのはなぜでしょうか。

松田:私の性格的に、攻撃的な感じがタイプではないこともあります。また、グラレコで対話を可視化、見える化することで何か前向きに進めばいいなと思って書いています。そこに思いやりは絶対にないといけない。だからその思いをこめて、優しい色で表現しています。

ベースも差し色も主張が強い色になると、全体の調整が取りにくくなります。茶色は、補助色が淡い色味になって、全体的に「優しさ」が出ます。

「お願いだから、安い価格で受けるのはやめてくれ」飲み会で聞いた言葉で決意

――2022年に会社を設立されましたよね。

松田:はい。グラレコの質の向上と継続のためには、しっかり会社を作って価値を上げなければいけないと強く思うようになり、会社名をグラフィックレコーディングとしました。設立前の2021年の売上は、1,500万円を突破しています。

そう思ったきっかけは、学生時代に一緒に働いていたメンバーが独立したときに開かれた飲み会です。独立した方はファシリテーターとしてのキャリアを進めた方でしたが、周りの皆さんがその方に対して、「お願いだから、安い価格で仕事を受けるのはやめてくれ。自分たちもその金額で競争せざるを得なくなるから」と言われていたんですね。これを聞いてハッとしました。私が安くやってしまうと、グラフィックレコーダーの皆さんの単価も下げてしまう。今もですが、当時グラレコを本業としている人は大変珍しく、グラレコ業界というようなものすら曖昧でした。が、私はグラレコの価値を理解してもらい、大好きなグラレコの市場を大きくしたい思いがありました。

――クライアントとのギャランティー交渉はどのタイミングですか。

松田:交渉は最初にします。見積もりは予めテンプレを作っておき、提示します。見積もりを出した際「もっと単価あげても良いのでは」と、周りから言われたタイミングで、単価をアップしてきて、今は均一の価格で承っています。

――お金について、SNSなどでも積極的に発信をされていますが、それはなぜでしょうか。

松田:自分はシングルマザーのもとで育ちました。裕福な家ではなかったので、高校生の頃からバイトを掛け持ちし、なんとか工夫してお金を貯めました。辛いときでも踏ん張れた理由は、高校生時代にSLE(全身性エリテマトーデス)という難病にかかったためです。それまではあまり何も考えず生活していましたが、2ヶ月入院して、病気について調べ続けているとネガティブな書かれ方をしていることも多く、不安が大きくなりました。そのとき、人生を後悔したくない気持ちが強くなったんですね。そこで、自分ができる範囲でいいから、「やりたいこと、やんなきゃ損じゃない?」と思うようになりました。

今、お金がなくてできないと諦めてしまうことがあっても、いつか自分でお金を稼いでできるんじゃないかと思えたら行動が変わるのではないでしょうか。「まあどうせ無理だよね」と思い続けるのはもったいない。私は自分で貯めたお金があったので、希望を捨てずに大学にも行けました。お金がないことを理由にしたくない、そのハングリー精神は今でもあります。生まれた家の経済環境によって、誰もが将来を諦めることがない世の中になるといいと考えています。

――今、何をしている時が一番楽しいですか。

松田:昨年、子供が産まれました。子供と遊んでいる時が、今は一番楽しいですね。出産を経験して改めて思うのは「子供が子供らしくいれる時間があるのは豊かだ」ということです。

出産後、簡単に変わらないだろうと思っていた自分の価値観がガラッと変わりました。子供が育つ社会は、私の子供1人だけが幸せなだけではダメだと思うのです。周りの子供たちも、子供に関わる周りのみんなも幸せじゃないと、私は辛いですし、生活する環境としてあまり良くない気がします。子供たちもそうですが、大人たちも心が豊かであってほしいと心底望むようになりました。「みんな幸せであれ」「優しくあれ」としみじみ願っています。

――最後に、松田さんが思うこと、これからやっていきたいことを教えてください。

松田:自分が貢献できる武器を増やしたいですね。たまたま今、グラレコで仕事を効率化したり、課題を発見したりする価値を発揮できていますが、今はまだプロフェッショナルになる途中です。お仕事のテーマは、広く依頼いただいていますし、これからも続けたいことばかりですが、これからはさらに教育やフェムケアなど、元々自分が興味あった分野を広げて学び、グラレコで表現していきたいです。

松田:また、ゆくゆくは生まれ育った沖縄を拠点にしつつ、東京で働くことが理想です。

沖縄のイメージは、海が綺麗な観光地というポジティブな印象がありますが、その裏に貧困世帯が多く連鎖している現実もあります。私にとって沖縄は、近所の皆さんから育ててもらった恩がありますし、今も頻繁に連絡を取り合っている友人など、多くの大切な方たちがいる場所です。将来的に沖縄のために役立つことをしたいですが、それは、グラレコでもそうでなくても構いません。

様々な情報が溢れるこの世の中で、どの情報に出会えたかで選択肢が広がる可能性があります。たとえば、行政の手続きに対してハードルが高い友人がいたら、

「この助成金は、こう動いたら受け取れるよ」と情報をわかりやすくビジュアル化する。苦手意識があることを「見てみたいな」と思えるように、情報の出し方を今後研究して突き詰めたいですね。

他にも沖縄の企業で、ビジュアルを活用して場の進行のサポートができれば、生産性をあげて、仕事を早く終えて、家族や自分の時間がつくれるかもしれません。

教育現場では、子供が自分の気持ちを表現するときに、可視化を使ったアプローチができるかもしれない……そんなことを考えています。こども食堂など人が集まれる拠点を作ることにも興味があります。ただ、まだまだ模索中です。

私はただ、目の前の人たちをハッピーにしたい。そんな使命が自分にはあると思っています。使命があった方が、人生はきっと楽しいですから。(了)

撮影/深山 徳幸 
執筆/荒木 千衣
編集/佐藤 友美

松田 海さん 
株式会社グラフィックレコーディング CEO

沖縄県出身。大学在学中に、教育系ベンチャーやファシリテーション講座の運営を行う中で、グラレコを独学で習得。新卒フリーランス5年目に法人化。テレビ東京ドキュメンタリーにて、グラレコの第一人者として特集されるなどメディア出演多数。池上彰さんはじめ著名人の講演などで実践しながら、宣伝会議などの企業や大学、行政と連携した講座も行う。
Twitter:https://twitter.com/_okinawaa
Instagram:https://www.instagram.com/marin_matsuda_/

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