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こころに種を蒔き、「おいしい未来」を耕す時間~『食べることは生きること~アリス・ウォータースのおいしい革命~』上映トークイベント

「もしも明日、世界が滅びるのだとしたら、最後の晩餐はなにが食べたい?」夫と、そんな話をしたことがある。私が食べたいのは、おむすびとお味噌汁だ。

お米は、新潟在住の夫のいとこが自家用につくっている分から毎年おすそ分けしてくれる新米を。おむすびの具は、毎年自分で漬けている梅干しを使った梅おかか。お味噌汁には、「手前みそのうた」を歌いながら家族で仕込んだ手前味噌を使う。夫は、それに、きゅうりとなすの糠漬けをプラスしたい、と言った。きゅうりとなすはベランダのプランターでとれたもの。

「最後に食べたいものって、ごちそうなんかじゃなくて案外シンプルなものだよね」と、笑うと、夫は「でも全部、わが家の思い出が詰まっているものばかりだし、最後の晩餐としては実はなかなか豪華でしあわせなごはんなんじゃない」と、神妙な顔をして言った。

『食べることは生きること~アリス・ウォータースの美味しい革命~』上映トークイベントに参加して、映画を見ていた時、ふと夫と交わした、そんな会話を思い出した。

アリス・ウォータースさんは、「オーガニックの母」と慕われ世界中に多くのファンを持つ料理人であり思想家でもある。アリスさんの本、『スローフード宣言――食べることは生きること 』が日本で出版され、その出版を記念してアリスさんが来日したのは2023年のこと。出版記念来日にあたり、アリスさんは出版に関わった関係者と日本のしあわせな食の現場を巡るツアーを行った。アリスさんの半生と、その想いが詰まった本が産声をあげた海士町は、ファストフード店もコンビニもない人口2,200人の自然ゆたかな島。安全安心な地産地消の食材を学校給食に取り入れるなど、先進的な試みを多数実践しているリアルスローフードの島だ。その島から始まったツアーでのゆたかな時間と体験を、「一部の関係者だけで独占するのはもったいない」と来日プロジェクトチームがクラウドファンディングで資金を募り、映画化が実現した。

ツアーで出会った人たちとの交流とともに、アリスさんが長年取り組んできたエディブル・スクールヤード(食育菜園)のこと、従業員も客も生産者も大切にするレストラン「シェ・パニース」のこと、アリスさんの人柄、想いなどが縦糸に。アリスさんに関わってきた友人、生産者、料理人などの想いや言葉が横糸に、こころに明るい小さな灯がともるような物語が、皆の心をつなぐ大きな布のように編まれている。

「エディブル・スクールヤード」は、学校の校庭で生徒が作物を共に育て、共に調理をしていのちのつながりを学ぶという取り組みで、1995年バークレーにある1校の公立中学校から始まった。当時、この学校はとても荒れていて生徒同士の争いが絶えず、警察官が常駐するほどだったのだという。「子どもたちが荒れる原因は食にあるのではないか」と、近隣に住むアリスさんが立ち上がり、校庭にエディブル・スクールヤードが誕生。食と農教育を併せたエディブル・エデュケーションがはじまった。この学びは、子どもたちを変え、学校風土そのものも変え、いまでは全米の公立、私立校で正規の授業として取り入れられるとともに、全世界6,500か所以上で実践され、子どもたちの未来を耕す「おいしい革命」は、その灯を絶やすことなく広がり続けている。

映画の中で、アリスさんは「農家さんは私たちの宝物。農家さんが一番」と何度も言う。本当にそうだ、と私も思う。常々「はて?」と思ってきたことの一つが、どうしていまの世の中では、いのちを養う人たちが大切にされないのだろう、ということだ。わが家の「最後の晩餐」に必要な、お米も、お味噌も、梅干しも、作ってくれる農家さんがいなければ仕込むことも食べることも、明日のいのちをつなぐこともできない。でもいま、「農家さんが一番」という声を日常の中で聞くことはどのぐらいあるだろうか。

息子が10歳の時、通学している小学校で「10歳の主張」という、ちょっと前に流行った1/2成人式のようなイベントがあった。体育館の檀上で、子どもたちが一人ひとり親への感謝の言葉や、将来の夢を発表していく。その将来の夢の発表に、私はとても衝撃を受けた。「農家さん」とか、「パン屋さん」とか「保育士さん」とか、生活に根差して、いのちを養うはたらきをしてくれている職業名を夢と語る子が全然いない、ということに。「ユーチューバー」「野球選手」「サッカー選手」「ネイリスト」・・・テレビや雑誌を彩るような華やかな職業名が体育館には響き続けていた。

私が小さい頃は、八百屋さんと魚屋さんと肉屋さんが並んであって、野菜は八百屋さんで、魚は魚屋さんで、肉は肉屋さんで買うもので、なんというか食べものと自分たちの距離がいまよりもっと近かった。将来の夢は「パン屋さん」や「くだものやさん」「八百屋さん」という子どもたちも少なくなかったように思う。いつの間に、わたしたちと食べものの距離はこんなに開いていってしまったのだろう。

上映会後に会場で供されたオーガニックジンジャーエールは、映画の中で、「農家さんは私たちの宝。農家さんが一番」と語るアリスさんと話をして男泣きに泣いていたオーガニック農家さんが丹精込めて作ったシロップが使われている、と教えてもらった。

ほのかな甘みとほろ苦い酸味が優しく口の中に広がった瞬間、おひさまと土の香りに包まれて、大地を守る人たちの想いも一緒に受け取ったような気がした。「土地を大切に守る人たちから食べものを買うことは、国の未来を守ること」というアリスさんの言葉が頭をよぎる。

食べものと、食べものをつくってくれる人たちとの距離をまた近づけていくこと。応援したいと思う農家さんから直接買うこと。ファーマーズマーケットに行ってみること。国の未来を守るために私たちにできることは、まだまだたくさんある。

「一番の目的は、未来の世代につなぐこと。少しずつでも変化を起こすことができる」という劇中の言葉の通り、この映画はアリスさんから未来の世代へ手渡された、いのちと希望をつなぐ種のようなものなのだ。その種を受け取った私たちは、種蒔き人となって、それぞれの日常で種を蒔き、育て、次に伝えていく仕事を託されたのだと思う。

息子や息子の友人から「将来の夢は農家さん」、そんな言葉が出る日が来るかはわからないけれど、毎年嬉々として一緒に味噌の仕込みをし、食いしん坊の血筋である息子はきっと、いつか「おいしい革命」の優秀な革命家の一人になるのでは、ひそかにそう思っている。

いつも私が一人で仕込んでいたけれど。この冬の芋煮会は、息子の友人たちも仕込みから誘ってみようか。まずは自分のぐるりから、「おいしい解決策」の種蒔きをしていこう。この種から芽吹くのは、きっと、いまよりもちょっと明るくおいしい未来だ。

文/水野 佳

『食べることは生きること~アリス・ウォータースのおいしい革命~』は、現在ユナイテッドピープル株式会社が配給しており、映画館での上映と併せて自主上映が各地で行われている。自主上映会は、申し込みをすれば誰でも開催可能だ。来たる12月10日はスローフードに関わる生産者、食のコミュニティ、料理人などが世界中で祝賀する「テッラ・マードレ・デー」。この日に合わせて、日本全国での上映開催が呼びかけられており、8月29日の上映会も、「一人ひとりがこの映画の担い手になってほしい」という呼びかけの一環として開催された。12月1日~12月10日の期間中は、特別料金で上映会を開催することができる。

→映画・上映会の詳細はcinemoから。

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