五島「めぐりめぐらす」試泊レポート|それは偶然か必然か。不思議な空間で思いをめぐらす
朝ドラ『舞いあがれ!』で注目を集めている五島列島に、まだあまり知られていない秘境集落がある。その場所は、半泊(はんどまり)。5世帯6人だけが暮らす小さな集落で、今も山からの湧水で生活が営まれているという。この土地に新しくできた宿泊施設が「Philosophers in Residence GOTO めぐりめぐらす」だ。
CORECOLORで以前取材をさせていただいたメディアプロデューサー鈴木円香さんがプロデュース、著作家の山口周さんが特別管理人を務めている。
今回ご縁があり、さとゆみゼミのメンバー総勢6人でオープン前の「めぐりめぐらす」に試泊させていただいた。
「めぐりめぐらす」までは福江(五島つばき)空港から車で約30分。最初は島の綺麗な景色を眺めながら走っているのだが、途中からやたらカーブが多く、冬だというのに鬱蒼と茂ったザ・山道に入っていく。スマホはずっと圏外。本当にこんなところにあるのかな? ほんの少しだけ不安な気持ちになり始めた頃、ひとつふたつと住居が見えて「めぐりめぐらす」へ到着した。
最初に迎えてくれる「めぐりめぐらす」の透明なサインの向こうには、福江市立戸岐小学校半泊分校の文字がうっすらと見える。そう「めぐりめぐらす」は廃校になった小学校の分校を改修しているのだ。
エントランスのドアを開けると、白を基調とした空間に廊下がまっすぐに伸び、その横には色とりどりのドアが並んでいる。7つのドアはそれぞれの個室に繋がる。
個室には、洗面台とクローゼット、ベッド、そして机と椅子だけが設置されていてシンプルだ。一見なにもないように見えるのだが、この空間、とても居心地が良い。そしてなぜだろう、既視感があるのだ。どうもどこかで見たことがあるような気がしてならない、だけど思い出せない。気のせいかな?
管理人さんが「めぐりめぐらす」は、建築家の中村好文さんがフランスの建築家ル・コルビュジエのデザインにインスピレーションを受けて作られたと教えてくれた。
――偶然か必然か
中村さんは、もともとひとつの教室だった空間を3つに分けて個室に改修しようとしていた。個室のサイズを測ったとき、偶然にも個室の幅と奥行きが、ル・コルビュジエが設計した「ラ・トゥーレット修道院」の修道士の僧房のサイズとほぼ同じだったことに気づいたという。この偶然から着想を得て中村さんは「めぐりめぐらす」を作られたそうだ。
心臓がドクンと鳴った。
実は私も、ル・コルビュジエには縁がある。中村さんが着想を得たという「ラ・トゥーレット修道院」を訪れたことがあるのだ! 建築学科ではなかったけれど、昔から建築物やインテリアが好きで特にル・コルビュジエが好きだった。大学時代フランスへ交換留学した際に、このタイミングしかないと見に行ったのだった、しかもたった1人で。
だから個室の扉を開けた瞬間、どこかで見た気がする……この既視感はなんだろうとふわふわした気持ちになったんだ! 既視感の正体を見つけた私の心臓の音はまるで太鼓みたいだ。これも偶然、いや必然だったのかと。
部屋の壁は、廃校の壁をそのまま使用していて部屋ごとに表情が違う。窓から差し込む光が真っ白な壁に反射して空間をより明るく、広く見せているような感覚になる。部屋で黙々と原稿を書いているとき、パッと急に部屋が明るくなったことに気づき窓の方を見た。差し込む光がまっすぐな線のように見えてつい見とれてしまった。それほど綺麗だった。
個室で過ごす時間はとても快適で、仕事もいつもより捗った。滞在した他のメンバーもほとんど個室にこもって仕事をしていた。私たちのグループはちょうど最強寒波が訪れた頃に滞在したので、外は風がとても強くビュービューと吹きつける音が部屋の中に響いていた。その音さえも心地良かった。ふと小さい頃に見たくまのプーさんが風の強い日にお出かけする話を思い出した。そう言えば、プーさん自身も考えるための場所を持っていたことも。
もしかしたら、プーさんを思い出したことも偶然ではないのかもしれない。
廊下の突き当たりは共用スペースでキッチンとダイニングテーブルがある。8人掛けのテーブルは広々と使えるので、ここで書いてみることもあった。何か相談したいことがあったり息抜きしたりしたいときは、みんなこの共有スペースに顔を出す。個人の空間と共用スペースが絶妙な距離感にあって、孤独も感じなければ、人といて疲れるような感覚もない。不思議な空間だ。
「めぐりめぐらす」から気軽に行ける距離にスーパーもお店もない、それに私たちが滞在した期間は雪で物理的に出られなかったので朝昼夜すべて自炊していた。
食事の時間を決めておいて、それまでは思い思いに過ごし時間になるとわらわらと共用スペースに集まる。一緒にご飯を食べながら、書くことについていろんな角度から語り合う時間は贅沢だった。食後は、食事を作っていないメンバーが自然と後片付けをするのがいつの間にかお決まりになっていた。学校のように当番表があるわけでもないのにスムーズだ。大人の給食当番ってこんな感じなのだろうなぁ、黙々とお皿を洗う自分は、給食当番を面倒くさがっていた小学生の自分より少しだけ大人になっているような気がした。
息抜きには、窓からも見えている目の前に広がる海辺へ。半泊の海岸は砂ではなく少し大きめの石でできている。それだけでもめずらしいのだが、波が返すときコロコロと石同士がぶつかる音が聞こえる。
ザー、コロコロ、ザー、コロコロ
波の音と石の音が交互に聞こえるこの場所は、頭の中を整理するのにちょうど良い。雪が降っていても海辺に行きたくなった。とても寒かったけれど頭はスッキリした。
スマホは圏外、ふらっと立ち寄れるお店もない、それだけを聞かされると取り残されたような感覚にもなる場所。それなのに、不思議と閉塞感はなく、むしろ解放感を感じる。そして、Wi-Fiはあるから仕事もできる。快適さと不便さが無秩序に入り混じる不思議な場所で過ごした2日間は、間違いなくいつもと違う感覚で物事に触れて感じて、考える時間をくれた。
海の色は青いと思っていた、そう思い込んでいた。でも、五島に来てみたら海は青くなかった。青いという言葉ではとても表現できない、これまでの人生で見たことのない素晴らしい海の色と出会った。それからずっと五島の海の色は何色なのだろうと考えている。
答えはまだ出ていない。答えを探しに、また五島を訪れて海の色についても考えたいと思う。
めぐりめぐらすでは、試泊の第2弾を行うそうです。
●2月17日(金)〜19日(日)の2泊3日
●2月25日(土)〜27日(月)の2泊3日
のいずれかの期間で、五島に行ったことが”ない”人が対象。詳しくはこちらから。
文/北原 舞
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