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『魔法少女まどか☆マギカ』で観る、「2010年からの魔法少女」【Tajimaxのアニメでたどる平成カルチャー/第3回】

日頃「平成カルチャー」について記事を書いたりインタビューを受けたりしているTajimaxが、今一番注目している2010年代をアニメでたどる新連載。あまりにも速いスピードで時代が変化した「平成」最後の空気感を、アニメで紐解く。

『魔法少女まどか☆マギカ』は2011年1月から4月まで毎日放送(MBS)ほかで放送された。シャフト制作のオリジナル作品であり、先の読めないストーリー展開、シャフトの斬新な映像表現は多くの国内外の視聴者を魅了した。2021年には、新作映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ<ワルプルギスの廻天>』を制作することが発表され、10年以上が経った現在でも話題が絶えない。

私たちにとって「魔法少女」はなんなのか

私たちが最初に出会った「魔法少女」はどの作品の少女だろう。
「魔法少女」的ジャンルは長い歴史がある。日本のアニメで最初に登場した「魔法を使う少女」を辿ると、1966年の『魔法使いサリー』にまで遡る。東映アニメーションの『魔法使いサリー』、『ひみつのアッコちゃん』、『魔女っ子メグちゃん』といった「魔女っ子モノ」のシリーズは私たちに初めて「魔法少女」という存在を教えてくれた。

80年代に入ると、葦プロダクション制作の『ミンキーモモ』やスタジオぴえろ制作の『魔法の天使クリィミーマミ』、『魔法のスター マジカルエミ』などの「魔法少女」が人気を博す。そして、90年代以降には、『美少女戦士セーラームーン』や『プリキュア』に代表とされるような複数のメインヒロインが登場する戦闘美少女(バトルヒロイン)の要素がある作品が増えていった。「魔法少女」は『魔法使いサリー」のように最初から主人公が魔法を使えるケースもあれば、『ひみつのアッコちゃん』のように、ある日突然、精霊から魔法を授けられるケースもある。

現在「魔法少女」のジャンルはダークファンタジーな要素やミリタリー要素など、様々な要素が付け加えられて、一括りに言葉にするのはなかなか難しい。
だが、いずれにせよ、「魔法少女」は日常の世界を舞台にファンタジックな出来事が起こる設定の範囲内にあるのは確かだ。

私たちの物心がついた時には「魔法少女」が存在していた。そして、私たちはその魔法の力と自信に溢れた姿に憧れていた。それは理想とする姿になれることだったり、トラブルを解決したり、凶悪な敵に凛々しく立ち向かう姿だ。どの作品の「魔法少女」も、自らの「夢」を叶え、私たちに魔法少女という存在に憧れる「夢」を与えてくれた。

ファンタジーの世界で考える「夢」と「願望」

では、これまでの「魔法少女」と『魔法少女まどか☆マギカ』はどこが違うのだろうか?
『魔法少女まどか☆マギカ』も、これまでの「魔法少女」の文脈をなぞってはいる。
だが、往年の「魔法少女」との一番の違いは、やはり魔法で叶える「願望」の描き方だろう。

『魔法少女まどか☆マギカ』は、願いを叶えた代償として「魔法少女」となり、人間界に蔓延る敵の魔女と戦うことになった少女たちの運命を描いたストーリーだ。願いを叶えるには、異世界からやってきたキュゥべえと「魔法少女」になる契約をしなければならない。

キュゥべえと契約をして、「魔法少女」になれば願いは叶う。
しかし、キュゥべえと契約をした時点で、少女は魂を抜き取られて、肉体は抜け殻になってしまう。
少女の魂は魔力の源でもある、「ソウルジェム」という宝石になり、肉体を動かすには肌身離さず持ち歩かなければならない。また「ソウルジェム」は、魔法の使用や負の感情が積み重なることで、少しずつ黒ずんで穢れ(けがれ)ていく。

そして、「ソウルジェム」が真っ黒になり、穢れ(けがれ)が溜まりきってしまうと、魔法少女は魔女になってしまう。これまで戦ってきた敵の全ては、元々は人間であり、仲間である魔法少女だった。

『魔法少女まどか☆マギカ』で描かれる「願望」は、これまでの「魔法少女」のストーリーで語られる「願望」と違い、どちらかというと「欲望」の意味合いが近い。

それは、「大人の姿に変身したい」「アイドルに変身したい」「天才マジシャンに変身したい」「戦士に変身して悪を倒したい」といった憧れから来る「願望」とは違い、心の奥底から欲する願いだ。巴マミは「事故で死なずに助かること」、美樹さやかは「好きな人の腕を治すこと」、佐倉杏子は「みんなが父親の話を聞いてくれること」、暁美ほむらは「まどかとの出会いをやり直し、彼女を守る自分になること」を願った。

主人公の鹿目まどかは、最強の魔法少女となれる可能性を持ちながらも、他の仲間のように心の底から欲する「願望」がなかった。キュゥべえにどんなに勧誘されても、ずっと「傍観者」としての立場をとっていた。そして、物語の最後にやっと魔法少女になる覚悟を決めた。まどかの「願い」は、過去、未来、全ての「魔女」になってしまった「魔法少女」を、「魔女」になる前に救い出すこと。覚悟を決めて、魔法少女に変身したまどかの姿は物語の最初とは違う「強さ」に満ち溢れていた。

『魔法少女まどか☆マギカ』はダークファンタジーとしての作風が色濃い。しかし、この作品がいつまでも私たちの心を惹きつけるのは、ラストに向かうまでの経緯や、まどかを含む皆の葛藤が大人になった私たちの心に響くからだ。

願いが叶ったからといって必ずや全てがうまくいくわけではない。幼少期の記憶にある「魔法少女」たちも、最初は魔法を使えるように願っても、最終的には魔法を手放したり、魔法が使えなくなる作品が多い。それはバットエンドではなく、「願い」を叶えた経緯で自らが選択したことによるものだったりする。改めて振り返ると、『魔法少女まどか☆マギカ』の作品を通して、昭和から続く「魔法少女」のジャンルの奥深さを感じてしまう。

私たちは物心ついた時から、「魔法少女」の作品に触れて大人になった。これからの未来も「魔法少女」のジャンルは新しい作品とともに、次世代へと受け継がれていくだろう。
そして、新しく出会う作品に再び胸を打たれるのだ。今まで出会った「魔法少女」、新しく生まれてくる「魔法少女」に心からの賛辞と敬意をここに捧げたい。

文/Tajimax

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