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30年の充電期間を味わい尽くす。東京サンシャインボーイズ復活公演『蒙古が襲来』

ついにこの日が来た。30年間待ち焦がれていた東京サンシャインボーイズの復活公演。

東京サンシャインボーイズが「30年の充電期間に入る」と発表したのは、1994年。まさに人気絶頂、小劇場ブームの真っ只中で「もっともチケットが取れない劇団」と呼ばれていた頃の話だ。事実上の解散宣言だったが、彼らの作風そのままのウィットに富んだ伝え方は、その衝撃的な発表を笑いで包み、私たちファンの気持ちをほんの少し和らげてくれた。

当時、小劇場オタクだった私にとって、東京サンシャインボーイズは特別な劇団のひとつだった。この劇団の魅力を語る言葉は数多くあるが、私が心惹かれていたのが、脇役も悪役もいないことだ。三谷幸喜が役者に合わせて書く「当てがき」による群像劇。どの役も必要な存在として輝き、すべての役者が魅力的だった。

現実も本当はそうなんだよな。苦手なあの人も、興味をもてないあの人も、理解できないあの人も、そして私自身も、それぞれの魅力をもった大切なひとりなのだ。彼らの舞台を観た後は、ほんの少し世の中に優しくなれる。

休止前最後の公演『東京サンシャインボーイズの罠』は、拠点としていた新宿シアタートップス(THEATER/TOPS)で行われた。小劇場界としては異例の3ヶ月ロングラン公演。その公演時に告知されたのが、充電期間を終えた30年後の復活公演『リア玉』である。

パンフレットの裏に印刷されたチラシには、「東京サンシャインボーイズ改め、老境サンシャインボーイズ」と書かれ、出演者たちの名前の横には、相島一之(62才)のように30年後の年齢が記された。目の前にいる役者たちはまだ20代後半から30代で、そこに書かれた年齢は遥か遠くて実感が湧かず、30年後の自分がどんな風に過ごしているかも想像できない。

この先30年。いや、実際にはその後もずっと。東京サンシャインボーイズの舞台がない世界で暮らすと思うと、泣きたくなった。そうなのだ。私は冒頭でいきなり嘘をついていた。今回の復活公演、30年間待ってなんかいない。むしろ、「東京サンシャインボーイズの公演は二度と観ることはない」と思って過ごしてきたのだ。

2009年、復活公演『リア玉』を上演する予定だったシアタートップスの閉館が決まった。ついに、劇団だけでなく劇場までなくなってしまう。悲しいけれど、時が経つとはこういうことだ。

ところが、ここで大きなサプライズがある。劇場のラストを飾るイベント『さよならシアタートップス 最後の文化祭』で、東京サンシャインボーイズが15年ぶりに復活、なんとオリジナルメンバーで新作『returns』を上演したのだ。この夢のような作品『returns』は、「これより15年間の休憩に入ります」というアナウンスで幕を下ろした。この時、頭の中でスイッチが切り替わった。「これはワンチャン、15年後の『リア玉』あるんじゃない?」と。

それは劇団員も同じだったようだ。これ以降度々、関係者による復活公演の話題を見かけるようになる。そんな様子をワクワクして眺めているうちに、気持ちよく記憶が書き換えられていった。私たちファンは、あの時に告知された『リア玉』をずっと待ち続けているんだと。なんという幸せな勘違いだろう。そして、それはもうすぐ叶うのだ!

上演予定だった『リア玉』は、小道具の玉の製作に時間がかかることがわかり(んなわけあるかい!  な三谷さんらしい理由が嬉しい)、その代わり新作『蒙古が襲来』の上演が決まった。

あの頃のように大争奪戦の末に勝ち取ったチケット。ぴあのカウンターに早朝から並ぶこともなく、戦いはネット上で行われ、チケットは紙ではなくスマホの中にある。こんなところにも、30年という時間の流れを感じた。

PARCO劇場に足を踏み入れると、洗練されたロビーには多数の華やかなスタンド花が飾られていた。2021年にシアタートップスを復活させた本多劇場グループ代表からの花もあり、思わず目頭が熱くなる。

客席には、シアタートップスの何倍もの数の、ふわふわでゆったりとした椅子が並んでいた。小さな劇場でギュウギュウになって観た作品の数々を思い出し、少しだけセンチメンタルな気分になる。とはいえ、すっかり疲れやすい年齢になった私にとって、上質な椅子の座り心地がありがたい。

作品の内容ついては、ここでは語らない。これから劇場へ行かれる方は、できる限りネタバレを避けて、まっさらな状態で観て欲しい。そんな作品だ。ただ言えるのは、彼らの演じる人々は、相変わらずまじめで、かわいく、切なく、頑固で、適当で、ひょうひょうとし、ずる賢く、そのすべてがチャーミングで愛おしかった。

今回の出演者には、2002年に急逝したメンバー・伊藤俊人さんの名前もある。実は2009年の『returns』にも、伊藤さんは出演していた。妻が骨壷を開けると、「不死身」と呼ばれていた夫のとぼけた声が聞こえてくる名シーン。骨壷から聞こえてきたのは、生前の伊藤さんの声だ。その声を聞いて、ゲラゲラ笑いながらボロボロと涙を流したのを覚えている。今作でも、「そうくるか!」という最高の出演シーンだった。やはり、東京サンシャインボーイズに、伊藤俊人は欠かせない。

充電期間中に上演した『returns』に研修生として参加した吉田羊も、今回また参加している。作品中での存在感は圧巻だ。彼女はもう紛れもなく東京サンシャインボーイズのメンバーである。

復活公演の客席は、30年間ずっと待っていたという幸せな思い込みに包まれた往年のファンと、解散後に東京サンシャインボーイズを知り、「生で観たかった!」ともんどりうっていた方々が入り混じり、静かな熱気が漂っていた。

人生、30年もあれば良いこともしんどいことも、繰り返しやってくる。いなくなる人もいれば、やってくる人もいる。そんなあれこれを背負った人々が舞台上と客席に集まり、同じ時間を共有して、同じ作品空間をつくりだす。これぞ、舞台鑑賞の醍醐味だなぁと思う。

30年の充電期間の先に、こんな未来が待っているとは思いもしなかった。終演後、東京サンシャインボーイズ次回作のアナウンスがあった。これまた、思わずニヤリとしてしまう秀逸な告知だ。この告知を受け取った時の、心がふっとほころぶような感覚を大切に握りしめながら、明日も新しい時間を過ごしていこう。

文/村田 幸音

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