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「エセみつを的表現」に誘導するなかれ。何か言っていそうで何も言っていない言葉が生まれる理由【連載・欲深くてすみません。/第28回】

元編集者、独立して丸9年のライターちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。今日は、インタビューの場で聞ける言葉の深さ・浅さについて考えているようです。

寺院が立ち並ぶ、風情ある下町に住んでいる。散歩の楽しみといえば、個性豊かな寺ポエム(お寺の門前掲示板に掲げられている標語)を眺めることだ。

あるとき私は、通りがかりの寺ポエムを何気なく見やり、二度見し、三度見し、そのままぴたりと静止した。

掲示板に引用されていたのは、相田みつをさんのこんな言葉だった。

「ともかく具体的に動いてごらん 具体的に動けば具体的な答が出るから」

とたんに私の脳内では「なんだかものすごく深いことを言っている気がする」と「なんだかものすごく当たり前のことを言っている気がする」の間で、思考が反復横跳びを始めた。いや、わかります。おっしゃりたいことは。「頭で考えているだけでは肝心なことは何も見えず、具体的に動くことによってしか結果を得ることはできない」ということ。考えてばかりで腰の重い自分には耳の痛い高説です。深い。深そう。

でも「具体的に動けば具体的な答が出る」って、まあ、そりゃそうだろう。

考えに考え、跳びに跳び、脳内で足がもつれたところで「深い」寄りに着地した。相田みつをさんはこういう平易かつ一見当たり前に思える表現で、ものごとの真理を説くのがお上手だ。

しかし、この世にはエセ相田みつを的表現が溢れている。すなわち、易しい言葉で物事の本質を捉え深いことを言っていそうに見えて至極当たり前のことを言っている浅い言葉。何か言っていそうに見えて、ほとんど何も言っていない言葉。

インタビューの場でも、相手からエセ相田みつを的表現が出てくることがある。というより、あろうことかインタビュアーの私が、エセ相田みつを的表現へと誘導してしまうことがある。

どういうことか。一体なぜそんなことが起きるのか。

インタビュー記事にもいろいろな種類があるので一概には言えないが、私の場合、ある環境に置かれた人の個人的体験について詳しく聞きながら、その人固有の考え方を掘り下げていくようなインタビューをすることが多い。その目的は「パーソナル」な経験から、他の人にも通じる一般的かつ普遍的な思考法や教訓(のかけらのようなもの)をできるだけ見つけて、伝えることだ。

取材の前半は、具体的な体験の事実をひたすら聞いていく。いつ、どこで、何を。曖昧なところを細かく聞き出して、その場の情景がイメージできる程度の解像度でとらえることを意識する。

話がある程度まで行き着いたとき、取材現場から重力が消えて、話がふわりと浮上するような感覚を味わうことがある。聞き手側としては、一体この話はどこへいくんだろうと、少し怖くなる時間だ。しばし沈黙がある。

その沈黙を超えて、取材相手の口から「体験してきたあなたにしか言えない」、そして「私たちみんなに通じる」ような言葉が、突然に、もたらされる。

そういうことが、本当にある。

ただ、このインタビュー術はかなりの忍耐力が必要だ。賭けでもある。

そこで、安直な私は、具体的事実を聞くのをもう少しショートカットしたいと考える。はなから「ちゃんと、みんなに役立つ話を聞こう」と張り切るのだ。すると質問はどんどん、個人の具体的な体験を削ぎ落とし、抽象化する方向へ働く。

「その経験からどんなことを学びましたか?」
「あなたがその行動をするにあたって、どんなことを大切にしましたか?」
「ブレイクスルーが起きた理由は?」

そのように問いかけてみると、あらまあ、なんということでしょう。具体的で、その人固有の彩り豊かな言葉が返ってきていたのが、とたんに、何か言っていそうでほとんど何も言っていない言葉に大変身してしまうのだ。

「一人ではできないことも、複数人で取り組めば実現することがあると思いました」
「頑張りたい人もいるし、頑張りたくない人もいる」
「やればできるときもあるし、やったからといってできないときもあるけど、やらなければ絶対できない」

そりゃそうだろう。知ってる。知ってた。
驚きや発見はなく、したがって、さほど役には立たない。

本当に役に立ちたいと思うなら、何か良さそうなことを聞こうとする前に、まず目を凝らして、取材相手に起きたことを見なければいけないのだと思う。目に見えない宇宙の真理や人の心に触れようとする前に、まず目に見える現象として何が起きたか、聞く。そこを横着するから、かえって回り道することになるのだ。

ともかく具体的に聞いてごらん。具体的に聞けば、具体的な答が返ってくるから。

なんだかものすごく当たり前のことを言っている気がする。

文/塚田 智恵美

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