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「ふらりと立ち寄れる、がんばらない場所をつくりたい」 30代・働くママが始めた「まちの保健室」【リレー連載・あの人の話が聞きたい/第11回】

静岡県三島市のまちなかにあるコミュニティスペース「CoDoU(こどう)みしま」。ここでは月2回、午前10時から午後3時に「まちの保健室」が開かれる。運営するのは、看護師として働きながら2人の子どもを育てる小塚さおりさん(37)。近年、国も孤独・孤立対策の一環として注目する「社会的処方」、地域のつながりを通じて心身の健康や幸福度を高める取り組みだ。「まちの保健室」もその実践のひとつである。小塚さんは、なぜまちの保健室を始めたのか、まちの保健室ではどんなことが行われているのか。ボランティアとして関わる神田が、話を聞いた。

聞き手/神田 未和

誰でもふらりと立ち寄れ、目的がなくても安心していられる場所

「いってらっしゃい」 

訪れた人が帰るとき、小塚さんは必ず「いってらっしゃい」と声をかける。「またいつでもきてね」の想いを込めて。「まちの保健室」には、世代や立場を問わず、さまざまな人が訪れる。例えば、妊娠中の人、赤ちゃん連れの親子、高齢者、フリーランス、キャリアを模索中の人、公的支援を受けて暮らす人、行政や福祉関係者など。

CoDoUは、鎌倉古道沿いの空き家だった飲食店をリノベーションしたレンタルスペース兼コミュニティスペースだ。道に面した全面ガラス張りの扉を開けると、小塚さんが淹れるお茶を手に、5〜6人がテーブルを囲んでおしゃべりを楽しんでいる。ふらりと訪れ、好きな時に帰れる。そんな自由な空間で、利用に料金はかからない。

80代の女性は「若い人たちとこんなに話をしたのは、いつぶりかしら。赤ちゃんを見るのも久しぶり」と目を細める。後日、その女性は自家製味噌と長年保管していた絵本をたくさん持ってきてくれた。スマホ操作に困っている高齢者には、赤ちゃんを連れた母親がさりげなく使い方を教える。自宅の電気が切れ電球を替えてもつかずに困っている人がいれば、近所の電気屋さんを一緒に探す。薬膳や漢方の先生である妊婦さんが自家製ブレンド茶を持ち寄れば、その場にいる人たちで「おいしいね」と味わう。80代の人からは、戦中・戦後の体験談が語られることもある。立ち寄った福祉関連の方は、「市の居場所事業は、高齢者向けや子育て世代向けなど、対象を絞った場所はものが多いですが、特別な目的がなくても、誰もが立ち寄れるカフェみたいに明るい空間はこれまでありませんでした」と話した。

小塚さんは、「健康相談や血圧測定もできますが、出番は多くないです。話題の中心は、育児のことや老人ホームなど老後の話、美味しいものや趣味のこと。看護師として利用者さんの健康の変化を記録しようと始めたメモは、その人の好きなことや暮らしのエピソードでいっぱいになっていました」と話す。

孤独、孤立はいつでも誰にでも起こりうる

小塚さんは、福岡県の看護大学を卒業後、福岡市内の病院で働き、結婚。夫の都内転勤に伴い横浜市へ移住した直後に妊娠がわかった。喜びの一方で、重いつわりで仕事ができず、外出が難しくなった。孤独な日々が続き、「一刻も早く社会に出なくては!」と思った。

出産後、看護師として復帰し、2人目を出産。忙しく家庭と職場を往復する日々で、職場の同僚とママ友以外に地域との接点はなく、隣人の顔も知らなかった。

「子どもにも自分にもサードプレイスがないと感じていました。大人になって友達をつくるってなんて難しいのだろう。誰か、人とつながれる場所をつくってくれないかな……と考えていました」

勤務先の産婦人科病棟では、母親から「子育てが限界です」と涙ながらに助けを求める電話や、父親から「妻が子どもをベランダから落とそうとしている」との切迫した連絡も、少なくなかった。その多くが「産後うつ」。ホルモンの変化や育児疲れ、支えの不足などによる、誰にでも起こりうる心の不調だ。早期に発見できれば、適切な治療や専門家による産後ケア、周囲のサポートによって回復が望めるケースが多い。が、そうした情報や支援にたどり着けず、ひとりで抱え込んでしまう人もいる。親に打ち明けられないまま妊娠8カ月で病院を訪れる10代の学生もいた。

「もし、身近に安心して気軽に相談できる第三者や地域の場所があったなら、違った未来につながったかもしれない。そう感じることがありました」

##お互いの挑戦を応援しあい、協力する文化が根付く三島市への移住

そんな折、夫の仕事で何度か訪れた三島のまちと人に魅了され、2024年に家族で移住する。

富士山の南麓に位置する静岡県三島市は、江戸時代には東海道五十三次の宿場町として栄えた。市内のあちこちで富士山の雪解け水が湧き出し、初夏には蛍が飛び交う。新幹線で都心から1時間以内という利便性もあり、首都圏からの移住者やスタートアップやベンチャー企業の進出が増えている。お互いの挑戦を応援しあい、協力する文化が根づいており、個人が主体の小規模なイベントや活動も多い。小塚さんも、NPOに所属し、地域のお手伝いに参加しながら、「三島でなら、自分にも何かできるかもしれない」と考え始めた。

あるとき、CoDoUのオーナーから「島根に出張したとき、行政や企業と協力しながら地域活動をするコミュニティナースに出会った。こんな働き方もあるかもしれないよ」と紹介された。コミュニティナースとは、看護の実践「コミュニティナーシング」にヒントを得て、株式会社CNCが提唱・普及してきたコンセプトである。ナースという名称がついているが、職業や資格を指すのではなく、誰もが実践できる行為や関わり方を示す。親しみを込めて「健康のおせっかい」と呼ばれることもある。

小塚さんは関連する本を読み、研修にも参加し、動き出すことを決意。そして、地域活動の仲間に、「まちの保健室を始めようと考えている」と相談すると、「いいじゃん、いいじゃん」とみんなが応援してくれたのだった。ある人は、「仕事で気を張り、プライベートでまちづくりにも関わっていると、楽しいけれどどこかで疲れることがある。そんな時に、がんばらなくてもいられる場所、ほっとできる場所があるといいよね」と語った。さらに、CoDoUのオーナーに相談すると、快く場所を提供してくれることになった。地域の交流や表現の場としてまちなかを住民と一緒に盛り上げる拠点となることを目指すCoDoUと、“誰でも立ち寄れるまちの保健室”のコンセプトは自然に重なった。

つながりがつくるつながり。健康を軸にした「いい循環

オープンから半年が経ち、今年3月から8月までの利用者は述べ80人にのぼった。常連さんからは「今日は行けませんが元気です」と連絡が届くこともある。三島市社会福祉協議会の広報誌で「まちの保健室」が紹介されて以降、訪れる人も少しずつ増えている。元気に暮らす人だけでなく、その先にいる困りごとを抱えた人へとつながる兆しも見えてきた。たとえば、80代の女性が、引きこもりの状態にある60代の子どもの将来について、「自分が亡くなった後、子どもの行く先をどう整えればよいのか」と相談に訪れたこともあった。小塚さんは、行政の窓口を案内し、その後の報告を待っているという。また、医療と生活の橋渡し役である地域包括支援センターの方や医療ソーシャルワーカーの方と共にイベントの企画・開催にも取り組んでいる。

かつては「子どもにも自分にもサードプレイスがない」と感じていた小塚さん。今では、まちの保健室を通じて、地域に新しい出会いが広がり、つながりが増えた。小塚さんや家族にとっても気づきや喜びが生まれている。

「夫は建築関係の仕事をしていて、まちづくりに関わるのが大好きな人。まちづくりへの関心がなかった時代の私を知っているので、『まさかキミが自分から地域活動に関わるなんて!』と驚きつつ、喜んでくれています。子どもたちにも、母が楽しんで活動している姿を見せていきたいですね」(了)

文/神田 未和

小塚 さおり(こづか さおり)

福岡県北九州市出身。2児の母。看護師・保健師。コミュニティナース。三島市移住アンバサダー。ABM認定ベビーマッサージインストラクター。妊娠・子育てで感じた孤独・孤立をきっかけに、赤ちゃんから高齢者まで誰でも気軽に集える「まちの保健室」を開設。現在、暮らしの身近な場所で出会える看護師として活動中。

CoDoUみしま

〒411-0855 静岡県三島市本町1−32

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