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自分の話をしよう。なるべく小さい声で【さとゆみの今日もコレカラ/第282回】

『ママはキミと一緒にオトナになる(ママキミ)』を読んでくださったVERY編集部の編集者さんから連絡があり「子育て=つらいだけだっけ?」という特集で話をしてくれませんかと言われた。

「子育て罰」とか「マミートラック」といった言葉があるのを知ったのは、『ママキミ』を書いたあとだった。その語感の強さにおののいたし、だからといって「子育て楽しいよー!」と無邪気に言える世の中ではないことも知っている。

子育てがおもに母親の双肩にだけのしかかっていた時代(今もだ)、その大変さを強調することには大きな意味があった。その大変さを可視化することで父親の育児休暇の取得率があがり、「保育園落ちた日本死ね」によって、保育園の数が増えた。政治的な変革を求めるためには、大きな声も必要だと思う(これからも)。

ただ、そのことによって「大変なことも多いけれど、おおむね幸せだよ」「つらいことだけではなくて、楽しいこともある」という声を出しにくくなったのも、また事実である。とくにSNSでは。

その結果、これから子どもを持つかどうか検討する若い世代に「子育てはつらい。罰である」という印象だけが伝わっているのだとしたら、そこにはまた別の問題がある。

✳︎

『ママキミ』の中でも書いたけれど、子育てを苦しくさせる言葉には、たいてい主語がない。

たとえば、「(そんなことをするなんて)子どもがかわいそう」という言葉は、本当は「私は、子どもがかわいそうだという感想を持った」という「n=1」の意見にすぎない。

それなのに「子どもがかわいそう」と言う人はさも世間を代弁しているかのような顔をするし、受け止める側も世の中から責められているような気持ちになってしまう。

ちゃんと”I think”と言えよ、卑怯者。そんなことを思いながら、当時は原稿を書いていた。

「子育て大変、マジで大変、ほんと地獄」と言っているあの人も、もっと個人的に、もっと小さな声で、ちゃんと自分を主語にして身近な人に話すときは、全然違った話をしていたりする。そして、これは子育てだけの話ではないと思う。

主語を小さくして、自分の話せる範囲で、なるべく小さな声で、誠実な言葉を話せる人になりたい。

VERY8月号の総力特集、とても読み応えがあったのでご興味ある方はぜひご覧ください。うかうかしているうちにもう9月号が出てしまいました……。

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