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ちゃんめい

ずっと私の脳裏に“居る”。怖くって、悲しくって、愛おしいホラー『死びとの恋わずらい』【連載・あちらのお客さまからマンガです/第18回】

「行きつけの飲み屋でマンガを熱読し、声をかけてきた人にはもれなく激アツでマンガを勧めてしまう」という、ちゃんめい。そんなちゃんめいが、今一番読んでほしい! と激推しするマンガをお届け。今回は、気づいたら私のなかにずっと“居る”という珠玉のホラーマンガ『死びとの恋わずらい』について語ります。

夏といえばホラー。特に今年は猛暑続きなので、怖い話を聞いてゾッとして涼みたいところですよね? ね? ……なぜこんなにも冒頭から圧が強いのかというと、実は私が大のホラー好きだからです。

幼稚園の頃にポンキッキーズの『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』を観たことをきっかけに“怖い”に開眼。その後アニメ『地獄先生ぬ〜べ〜』と映画『学校の怪談』シリーズに熱中し、学生時代は「2ちゃんねる」の洒落怖にかじりついたり、京極夏彦先生、宮部みゆき先生、澤村伊智先生のホラー小説に没頭したり……。幼少期から今に至るまで怖い話が大好きです。ちなみに本稿を書いている2024年7月末現在は、沖縄ホラープロジェクトが手掛けるYouTube「続・疫《えやみ》 侵蝕」の更新を心待ちにしています。

そんなわけで夏ど真ん中な今回は、満を持して私が大好きなホラーマンガを紹介しようと思ったのですが、高港基資先生の『恐之本』、椎名うみ先生の『青野くんに触りたいから死にたい』、モクモクれん先生の『光が死んだ夏』……。

いや、本当に選べない!! 例えば、グロい描写にゾッとする、説明のつかない現象にゾッとする、人間の闇にゾッとするなど、人の怖さを刺激するものって多岐に渡るじゃないですか。だから、1つの作品を選ぶのは本当に難しいのですが、こうして話をしている間にも、なぜだかずっと私の脳裏に“居る”。まるで、私といつも共に在るような、怖くって、哀しくって、愛おしい、そんなホラーマンガを紹介しようと思います。

「その恋は絶対に実らない」四つ辻の美少年を巡る怪

その名も『死びとの恋わずらい』。作者は、『うずまき』『富江』などを代表作に持つ、言わずと知れたレジェンドホラー漫画家・伊藤潤二先生です。

物語の舞台は深い霧が立ち込めるとある街。その街では、四つ辻(十字路のこと)に1人で立ち、最初に通りがかった人の言葉で吉凶を占う“辻占(つじうら)”の風習があり、中高生の間では恋占いとして辻占が流行っています。

主人公は、そんな街に引っ越してきた中学生の深田龍介。実は幼稚園の頃にこの街に住んでいた彼は、辻占に関するとあるトラウマと自責の念を抱えているのですが、皮肉にも彼が越してきた日からほどなくして街に異変が起こり始めます。なんと、辻占を行った少女たちが立て続けに自殺をしてしまうという、痛ましい事件が起きてしまうのです。

自殺をした少女たちの共通点は辻占で“四つ辻の美少年”と遭遇しているということ。四つ辻の美少年とは、辻占を行う少女たちの前に最初の通行人として現れる謎の人物の愛称。背が高く、真っ黒な服を着て、ゾッとするほど鋭くて、でも美しい少年……。ただ、彼に「私の恋は実るのか?」と聞いてはいけない。なぜなら彼は「その恋は絶対に実らない」と必ず“凶”の占いをするから。

四つ辻の美少年が少女たちの自殺と関係していると考えた龍介は、事件解決のために彼を捕まえようとするのですが、やがて辻占はまるで一つの生命体のように肥大化していき、街全体をまるっと飲み込んでしまう……。本作は、「四つ辻の美少年」「悩む女」「影」「絶叫の夜」「白服の美少年」全5話で構成されているのですが、『うずまき』『富江』にも通ずると言いますか、これぞ伊藤潤二ホラー! と拍手したくなる。オーケストラみたいな緊迫感と壮大な盛り上がりを感じる大傑作です。

“辻占”に感じる強烈な生命力、人間の弱さと愚かさ

他にもおすすめしたいホラーマンガがたくさんあるにも関わらず、なぜだかこの『死びとの恋わずらい』という物語がずっと私の脳内で響いている……。だから、こうして私は記事にしているのですが、この物語の何がそんなにも私を惹きつけるのだろうか。

まず、“四つ辻の美少年”が怖いくらいに美しい。シルエットだけでも彼だとわかる、その絶対的で魅惑的な存在感に心掴まれたっていうのもあるのですが、やっぱり本作のキーとなる辻占という風習について語らずにはいられません。そもそも辻占とは、江戸時代から日本で行われてきた占いの一種と言われているのですが、私こういうのに本当に弱いんです。

どこの誰が始めたのか、具体的な発祥は分からないけれど、何百年も語り継がれている辻占。それを最初に行った人はとうにこの世にいないのに、辻占という事象だけこうして生き続けている……。伊藤潤二先生のストーリーテリングも相まって、この辻占にとても強烈な生命力を感じてしまうのです。また、“つじうら”という覚えやすく、伝承しやすいネーミングもさることながら、いざとなれば私にも出来てしまうシンプルさ。「何かが起きそう」感がダイレクトに伝わってきて、なんだかすごくゾクゾクしませんか?

そして、この辻占に依存してしまう人間の弱さ、愚かさたるや……。好きな人がいるなら好きと言えば良い。結局の所、自分のことは自分で決めるしかないのに、恋は人を臆病にさせて狂わせると言わんばかりに、本作の少女たちは辻占に自分の恋を委ねてしまう。そうしてしまうのは、“四つ辻の美少年”の不思議な力が働いているからなのかもしれませんが、最初は恋愛成就だった純粋な願いが、どこかで捻れて怨念めいたものに姿を変えてしまう哀しさ。「願いと呪いは紙一重」なんてよく言ったものですが、もしかしたら自分も辻占を行う少女たち側になる可能性も十分にある。

そんな決して他人事ではない怖さに背筋が寒くなりつつ、物語のラストでは辻占を行った少女たちと、とある理由から辻占を彷徨う“四つ辻の美少年”のことを想って胸が泣く。本当に怖くって、哀しくって、愛おしい、そんなホラーマンガなのです。

気づいたら私のなかにずっと居る

『死びとの恋わずらい』について語ってきましたが、ここまで書いてちょっと気になったことがあるので最後にその話をして終わりたいと思います。

例えるなら香りで記憶が蘇るみたいに、私はマンガ作品とそれに紐づく当時の思い出を事細かに覚えているタイプ。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』はお姉ちゃんと一緒に観たとか、『地獄先生ぬ〜べ〜』は幼稚園の友達が「鬼の手ごっご」をして遊んでいたことをきっかけに知ったとか。その作品と出逢った経緯を事細かに覚えているタイプです。

なんですけど、『死びとの恋わずらい』とは一体いつどうやって出逢ったんだろうか? 自分の意思で手に取ったのか、誰かからおすすめされたのか。大学生の頃、友達におすすめした記憶があるからそれより前には出逢っていたと思うんだけど……。

気づいたら私のなかにずっと居る。離れない。そんな辻占の少女たちと四つ辻の美少年。

文/ちゃんめい

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