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脚本家・君塚良一さん『教場』『踊る大捜査線』に見る「ドラマの歴史を変える視点」【連載・脚本家でドラマを観る/第6回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。

はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

刑事ドラマを教わる場

先月から始まった『風間公親―教場0―』、皆さんはご覧になっていますでしょうか?

僕は早く次が観たいと毎週心待ちにしているのですが、その理由が、このドラマ、ものすごい没入感なんです。

これまでのドラマでは、主人公の刑事が、どのように事件を解決するのか、僕たちは少し俯瞰して観ていたように思います。例えば『古畑任三郎』もそうです。この場合、古畑さんがMCの、「殺人の手口はなんでしょうクイズ」の参加者のような視聴体験だったと思います。

しかし今回、『風間公親―教場0―』での捜査は、新人刑事が手探りで「自分の頭を使って考える」ため、素人の僕も、同じように捜査をしている感覚になり、より深く感情移入してしまうのです。クイズというより宝探し、参加型というよりもっと、体験型の刑事ドラマという感じです。僕にはそこが新しく思えて、早く続きが観たいとなっているのです。

『風間公親―教場0―』(Amazonより)

警察学校“最恐”の鬼教官・風間公親(木村拓哉さん)は、いかにして「鬼」に変貌したのか?
今作は、2020年と2021年に放送されたスペシャルドラマ『教場』『教場Ⅱ』の前日譚で、風間が教官として赴任する以前、新人刑事の教育に“刑事指導官”として当たっていた時代の物語。

『教場』『教場Ⅱ』では、警察学校という組織を舞台に、風間と生徒たちの対立が描かれました。「警察学校とは適性のない人間をふるい落とす場である」と考える風間は、生徒がトラブルを抱えた途端に退校届を突きつける冷酷無比な男。生徒たちは、半年に渡る過酷な訓練と授業、厳格な規律という閉鎖環境の中で、些細なミスも見抜いてしまう風間に睨まれたら最後、即日退校が待っている。彼ら彼女らは果たして、厳しい警察学校で生き残り、警察官になることができるのか? という、生徒を中心に描くサバイバルミステリー。

しかし『風間公親―教場0―』では、訓練ではなく、風間の人格形成に影響を与えた実際の事件が話の中心となります。『教場Ⅱ』のエンドロール後に、風間の人生を一変したおぞましい事件の断片が、5分だけ放送されました。今回この事件の真相が、ドラマの縦軸になってくると思います。第2話で犯人と思しき人物の人影が。第3話では、風間の視力を奪った凶器が登場。少しずつ明らかになっていくこの展開からも目が離せません。

ところで、僕が何をこんなに興奮しているのかというと、このドラマの脚本家が君塚良一さんだからです。

一度、刑事ドラマの歴史をひっくり返した君塚さんが、また新たな刑事ドラマを書き上げたからに他なりません。

刑事ドラマから警察ドラマへ

君塚さんの代表作といえば『踊る大捜査線』。

劇場版として制作された『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は、いまだに実写邦画歴代興行収入第1位の、大人気、お化けドラマです。(2023年4月現在)

『踊る大捜査線』(Amazonより)

元敏腕営業マンの青島俊作(織田裕二さん)は、脱サラして警察官となり、交番勤務を経て、ようやく念願の刑事課勤務となった。配属直後に管内で事件が発生し、青島は意気込んで現場に向かうものの、「所轄刑事」として現場検証すらさせてもらえない。それは、管内で殺人事件が発生した場合、国家公務員一種(キャリア)の管理官が送り込まれるからである。このとき送り込まれた管理官が、室井慎次(柳葉敏郎さん)。聞き込みや取り調べ、犯人確保といった事件捜査の主役はあくまでキャリアの仕事。青島の仕事は、思い描いていた理想の刑事像と大きくかけ離れた、地味で冴えないものばかりだった。
熱血が空回りすることの多い青島は、和久平八郎(いかりや長介さん)や、恩田すみれ(深津絵里さん)ら、仲間たちに励まされながら現場で奮闘することになる。

『踊る大捜査線』は、刑事ドラマ史上初めて、本庁と所轄、警察と公安、キャリアとノンキャリアといった、部署間や組織の対立を中心に描いたドラマです。

対立シーンで最も有名なのは、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』での名セリフ、「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」が生まれたあの瞬間です。

所轄の刑事では犯人逮捕の判断をすることができず、指示を待つ青島。所轄の刑事に逮捕させるなとか、本庁のどの課の人間を派遣するのかとか、本庁のお偉いさんが会議室で内輪揉めをしている中、現場で青島が言い放ったひと言です。

『踊る大捜査線』以降、組織対立を描いた刑事ドラマは、総じて「警察ドラマ」と呼ばれるようになりました。先ほど僕が「刑事ドラマの歴史をひっくり返したのは君塚さんだ」と言ったのは、君塚作品で、新たな刑事ドラマのジャンルが生まれたからです。

「踊る」以降は、こういった、組織の対立という状況下で人間関係をリアルに描く作品が、大幅に増えたのではないかと思います。

そんな、組織を描くプロフェッショナル・君塚さんが、『風間公親―教場0―』では、組織ではなくキャラクターを主軸にしたドラマを書くのだから、また新しい何かが観られるのではないかとワクワクしているのです。

刑事ドラマを大捜査

「踊る」がどのように画期的だったかを考察するために、少しだけ、刑事ドラマの歴史を振り返ってみたいと思います。

現在の形のような刑事ドラマの祖と言われているのが『七人の刑事』(1961-1969 TBS)です。これ以前のドラマは実際の「事件」が中心で、刑事も、物語を進行するための狂言回しとして登場することが多く、演じる役者も回ごとに様々。連続ドラマというよりは、再現ドラマやドキュメンタリーに近い作りでした。

(※日本初の刑事ドラマは『ダイヤル110番』(1957-1964日本テレビ)と言われています。これは「事件」が中心のドラマで、主人公が不在のオムニバス形式でした)

『七人の刑事』で、主人公の刑事を同じ役者が演じ、事件を解決する、連続ドラマの基礎ができあがりました。中でもメインの刑事部長は、よれよれのコートにハンチング帽というスタイルで、いま現在にも脈々と続く、主人公にキャラクターづけをして、他の刑事と差別化する手法の元祖かと思います。

『太陽にほえろ!』(1972-1986日本テレビ) (Amazonより)

登場する刑事1人ひとりにフルネームと性格設定をつけ、ボス(石原裕次郎さん)マカロニ(萩原健一さん)ジーパン(松田優作さん)など、皆がニックネームで呼び合う青春アクションドラマ。刑事ドラマの一時代を築きました。

『あぶない刑事』(1986-1987日本テレビ)

バディものの基礎ができあがったのがこの作品かと思います。性格が対照的な2人の主人公・タカ(舘ひろしさん)とユージ(柴田恭兵さん)の軽妙なセリフの掛け合い、破天荒でドラマチックなストーリー展開。刑事ドラマの観せ方の幅が飛躍的に広がったと思います。

『はぐれ刑事純情派』(1988-2009テレビ朝日) (Amazonより)

犯行の動機や、事件を起こさざるを得なかった境遇など、犯人側の人間ドラマにも重きを置いたのがこの作品。刑事の人情と犯人の事情。この二者の対立が、物語に深みを与えていきます。

『古畑任三郎』(1994-2006フジテレビ) (Amazonより)

ついには、犯人が主人公の物語が誕生します。(ドラマの主役はもちろん古畑任三郎(田村正和さん)なのですが、個人を描く際の中心人物が「犯人」である、という意味で言っています)

犯人を主人公にできるようになったことは、刑事ドラマの歴史において、とても重要な出来事かと思います。これを可能にしたのが、脚本家・三谷幸喜さん。これまで日本では誰もやってこなかった、「犯人を先にバラしてしまう、倒叙(とうじょ)という構成」を使用しています。

このように、歴史を振り返っても、やはり「踊る」以前は、刑事や犯人といった個人に焦点を当て、ドラマチックに展開することが、刑事ドラマの主流だったように思います。個人を描く刑事ドラマの手法が出尽くしたと思われたこのタイミングで、満を持して、組織を描く警察ドラマ『踊る大捜査線』の登場となるわけです。 

「踊る」の登場は衝撃的でした。刑事ドラマなのに、まずは捜査をさせてもらえないところからのスタート。ようやく捜査となっても、事あるごとに申請書を記入するシーン。青島は新人なので、上司や同僚に気を遣いながら、事件解決を目指すことになります。なんなら事件を解決しないで、組織の事情や人間関係ばかりを描く回もあり、まるでお仕事もののコメディのようでした。

『踊る大捜査線』というタイトルに決定する直前まで、『サラリーマン刑事』という仮タイトルだったそうですが、納得です。

刑事ドラマと警察ドラマの融合

『踊る大捜査線』以降、『科捜研の女』(1999~テレビ朝日)『警視庁・捜査一課長』(2012~テレビ朝日)など、組織名・部署名をタイトルに入れたドラマが増えました。これらは「踊る」の系譜とも言えるような、部署間対立をストーリーに組み込んだ「警察ドラマ」です。

一方で、刑事ドラマ(個人の物語)と警察ドラマ(部署間対立)を融合したドラマも増えてきました。このようなドラマの特徴は、『ケイゾク』(1999 TBS)の警視庁捜査一課二係や『BOSS』(2009・2011フジテレビ)の特別犯罪対策室など、実際にはない、架空の部署を新設していることです。架空部署を置くことで、作者の思い描く「対立」を前提とした、警察ドラマを作ることができます。そして、架空の部署を作ることにより、もう1つ可能になったことがあります。それは、特殊能力を持つ刑事や落ちこぼれ刑事など、「刑事に個性をつけやすい」ことです。架空部署は、そんな刑事たちの、想像を超える活躍や展開を許容する、ある程度のリアリティを担保することができるのです。

「踊る」以降、毎クールと言っていいほど新作が制作される刑事ジャンルですが(ここでは「刑事ドラマ」(個人の物語)「警察ドラマ」(部署間対立)「刑事ドラマ×警察ドラマ」(架空部署)の総称を「刑事ジャンル」と呼ぶことにします)、ひとつだけ、毛色の違うドラマが作られました。それが『TEAM』です。

『TEAM』は、警察ドラマ(部署間対立)と似ているのですが、警察内部の事情を描くのではなく、警察組織そのものと文部省との対立を描いたドラマです。そしてこの脚本を書いたのが、君塚良一さんです。

『TEAM』(Amazonより)

子どもを天使だと疑わない文部省のエリート・風見勇助(草彅剛さん)は、人事交流として警視庁で実地研修を受けることになった。少年事件課に配属された風見の教育係は、強引な捜査が問題となり特殊犯係を外された、警視庁のたたき上げ刑事・丹波肇(西村雅彦さん)。

風見は加害少年性善説、丹波は加害少年性悪説に立ち、互いに意見をぶつけ合って少年犯罪捜査に挑む、異色の刑事ドラマ。

「警察ドラマ」という歴史を塗り替えた手法から2年後、新たな対立構造を見せてくれたのもまた、君塚さんでした。

キャラクターを描く

「組織を描くプロフェッショナル・君塚さん」として紹介してきましたが、キャラクターを描くことが不得意なわけではありません。それどころか、君塚さんは、日本のドラマ史上、最も気持ち悪いキャラクター(筆者調べ)を世に送り出した脚本家でもあるのです。

『ずっとあなたが好きだった』(Amazonより)

3高のエリート銀行員・桂田冬彦(佐野史郎さん)と見合い結婚をしたヒロイン・西田美和(賀来千香子さん)。しかし、冬彦はマザコンでオタク、セックス拒否症という変態キャラ。結婚の過ちを痛感した美和は、初恋の相手・大岩洋介(布施博さん)との恋を再燃させるという恋愛ドラマ。

真夜中にウーウー唸って妻を困惑させたり、回転木馬に乗ったりと、数々の奇行が話題となった冬彦。「冬彦さん」は流行語となり、“冬彦現象”と呼ばれるブームを巻き起こしました。

君塚さんは脚本家になる以前、欽ちゃん(萩本欽一さん)に弟子入りし、バラエティ番組で放送作家をしていました。

欽ちゃんのお笑い理論のひとつに、「キャラクターとキャラクターがケンカをしたら、笑いが生まれる」というものがあります。欽ちゃんのコントはキャラクターが命。コントやお芝居で、極端に際立つキャラクターを量産してきたその手腕が、ドラマでも、遺憾なく発揮されたのだと思いました。

さて、風間公親は、どのような最恐キャラクターになるのでしょうか。

新しい刑事ドラマ

それと同時に、僕にはもう1つ、気になっていることがあります。
それは、君塚さんの次の挑戦はなんだろう? ということです。

僕は「面白いドラマ」と言うときの「面白い」を、「何か新しいものを観せてくれるもの」だと考えています。面白い=新しい。
君塚さんは、僕にとって、最も面白いドラマを観せてくれる脚本家のひとりです。つまり、今回の『風間公親―教場0―』では、どんな新しいことにチャレンジされているのかが気になるのです。

これまでの君塚さんの流れを(失礼を承知で)簡単にまとめてみました。

1.デフォルメしたキャラクター造形(放送作家から脚本家へ)
2.警察ドラマという部署間対立を観せる手法(刑事ドラマの歴史を変える)
3.対立構造の発展(組織を描くプロフェッショナル)

この流れだと次は、新しい対立のカタチを描くことに着手するのではないかと思い、それを僕は、「三つ巴」ではないかと予想しています。

今までの刑事ジャンルは、「刑事vs犯人」「部署vs部署」「警察vsマスコミ」など、レイヤーの違う1対1の対立を組み合わせて描くものばかりでした。そしてこの構成が、視聴者にとって観やすいものであることも理解しています。しかし今回は違います。

風間公親vs新人刑事vs犯人

いかがでしょうか?
僕の予想はさて置き、君塚さんの新しい仕掛けが本当に楽しみです。今回は「楽しみです」とばかりお伝えすることになってしまいましたが、君塚作品は毎回、その新しさが楽しみなんです。(了)

文/澤 由美彦

参考資料
ドラマ
『心はロンリー気持ちは「…」』(1984フジテレビ)
『ずっとあなたが好きだった』(1992 TBS)
『ナニワ金融道』(1996フジテレビ)
『踊る大捜査線』(1997フジテレビ)
『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』(1997フジテレビ)
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998フジテレビ)
『深夜も踊る大捜査線』(1998フジテレビ)
『TEAM』(1999フジテレビ)
『ラブコンプレックス』(2000フジテレビ)
『さよなら、小津先生』(2001フジテレビ)
『役者魂!』(2006フジテレビ)
『はだしのゲン』(2007フジテレビ)
『課長島耕作』(2008日本テレビ)
『華麗なるスパイ』(2009日本テレビ)
『ニュース速報は流れた』(2009-2010 CSフジテレビNEXT)
『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』(2012フジテレビ)
『教場』(2020フジテレビ)
『教場Ⅱ』(2021フジテレビ)
『相棒 season21』(2022テレビ朝日)※
『科捜研の女2022』(2022テレビ朝日)※
『風間公親―教場0―』(2023フジテレビ)
映画
『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』(1998)
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003)
『恋人はスナイパー 劇場版』(2004)
『容疑者 室井慎次』(2005)
『誰も守ってくれない』(2009)
『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(2010)
『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012)
『グッドモーニングショー』(2016)
著書
『テレビ大捜査線』(2001)
『脚本(シナリオ)通りにはいかない!』(2002)
『裏ドラマ』(2004)
『「踊る大捜査線」あの名台詞が書けたわけ』(2011)
※印作品の脚本家は君塚良一さんではありません。

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