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翻訳出版された韓国の書籍は15年で約20倍に。日本での韓国文学の立役者キム・スンボクさん

55万部の大ヒットを記録した『私は私のままで生きることにした』、2024年本屋大賞の翻訳小説部門の受賞作『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』など、韓国文学への注目が年々高まっている。現在、日本で翻訳出版されている韓国の本は年間200~300タイトルで、15年で約20倍に増加した。キム・スンボクさんはこうした韓国文学ブームの立役者であり、日韓の出版関係者によく知られた存在だ。出版社、韓国語の本を販売する書店を経営し、翻訳エージェントとしても活動。翻訳者を育成するスクールやコンクールも主催している。キムさんの書店で週に一日働き、翻訳スクールに通ったこともある日韓ミックスの久保が聞く。

聞き手/久保 佳那

韓国文学は一過性のブームではなく、文化として定着しつつある

ーーキムさんと顔を合わせる機会は多いですが、今日は改めて韓国文学の日本での広がりについて聞かせてください。キムさんが、日本における韓国文学の広がりを感じ始めたのはいつ頃ですか?

キム:2018年に日本で翻訳出版された『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)でしょうね。韓国でフェミニズムの波が起き始めた頃に爆発的にヒットして、日本でも約29万部売れました。結婚・出産を機に仕事を辞めてキャリアが断絶した女性を描いています。本を読んだ女性K-POPアイドルがSNSに感想を投稿したところ、「フェミニズムの発言をした」と男性ファンが反発し、アイドルの写真やグッズが破損される事態にまで発展しました。
韓国で社会現象を巻き起こした本です。私自身も初めて読んだ時に「この本が韓国文学のヨン様のような存在になるだろう」と直感し、勢いよくコラムに書いたことを覚えています。

ーーキムさんが仲介して生まれた韓国文学のヒット本も数多くありますよね。イラストエッセイのブームを作った『私は私のままで生きることにした』(ワニブックス)も、キムさんが仲介したと聞きました。

キム:韓国でこの本を見つけて「きっと興味を持ってくれるだろう」と思ってワニブックスに提案したところ、日本で55万部を突破する大ヒットになりました。また、『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)については出版社と翻訳者をつなげました。翻訳者となった岡崎さんから「この本を翻訳したい」と相談されたとき、ちょうどダイヤモンド社からも「翻訳者を紹介してほしい」と依頼されていたので両者を引き合わせたんです。この本も約15万部を販売するヒット作になりました。

ーーキムさんが韓国の翻訳本の出版を始めたのは15年ほど前ですよね。そのときはどんな状況でしたか?

キム:今とはまったく違いましたね。当時は本屋に韓国の本を置く棚がなく、書店で営業しても「置く場所がない」と断られてばかりいました。私は「アメリカ文学やイギリス文学もはじめは棚がなかったはず」と主張して、「韓国文学」と書いた棚差しプレートを勝手に作って持って行きました。「韓国文学の棚ができたので、今後はここに入れてください」とずいぶん無理難題を言っていましたね。

ーー当時に比べると日本で翻訳される韓国の本は増えていますか?

キム:15年前と比べると約20倍になっています。現在は年間200〜300タイトルほどが翻訳されていて、最近は韓国本の棚がある本屋も増えました。
『K-BOOKフェスティバル』というイベントも開催しています。韓国の本を翻訳出版している日本の出版社が本を直販できる場で、最近はとても盛況です。
23年のK-BOOKフェスティバルには約2000名のお客様が来られて、韓国の作家を招いたイベント後のサイン会には長い列ができていました。その様子を見ながら、韓国文学は一過性のブームではなく文化として定着してきたと感じています。

ーーイベントに来るような韓国文学の読者は、どんなキッカケで読み始めるのでしょうか?

キム:以前は、韓国語を学んでいるなど韓国への関心が高い人たちが多かったです。最近ではK-POPアイドルが読んだ本の感想をSNSでつぶやくと、ファンの方が同じ本を読むという流れも生まれていて、読者層はどんどん厚くなっています。

ライバルを増やすことによって、自社の本が売れる

ーーキムさんが出版社クオンを設立した経緯を教えてください。

キム:原点にあるのは「韓国の本の良さを日本の人に知ってほしい」という気持ちです。そう強く思ったのは、私が日本の大学に留学した30年ほど前のことでした。

当時、韓国では村上春樹、村上龍、吉本ばなな、江國香織など、多くの日本人作家の本が翻訳されていました。だから私は日本でも韓国人作家の本が翻訳されているとばかり思っていたんです。

でも、来日してみると韓国の本はほとんど翻訳されていないことを知りました。日本人の同級生たちは韓国人の作家を一人も知りません。そんな状況を目の当たりにして、「韓国にも優れた作家がたくさんいることを、日本の人に知ってもらいたい」と強く思ったんです。

そこで、自分が好きな韓国の作家の本や詩を翻訳して、日本人の友人に読んでもらったりしていました。自分では覚えていないのですが、当時から「いつか韓国語の本を扱う本屋をやりたい」と仲間たちに話していたそうです。

大学を卒業した私はインターネット広告の代理店に勤めた後、自分でWeb制作会社を立ち上げました。しばらくその事業を続けていましたが、リーマンショックをきっかけに長年やりたかった韓国の本の翻訳出版事業を始めることにしたのです。

ーー出版社で経験を積むのではなく、未経験でいきなり出版業をはじめたんですね。

キム:そうなんです。ただ、始めてみたもののどうしたら翻訳出版ができるのかがわからなかったので、まずは韓国と日本それぞれの出版社の編集者とつながりを作ろうと思いました。

そこで始めたのが、韓国の本を日本の出版社に紹介し、日本の本を韓国の出版社に紹介するという翻訳エージェント事業です。

翻訳エージェントをしながら少しずつ業界の仕組みを理解していき、出版社クオンの設立から4年後の2011年、1作目となる『菜食主義者』を翻訳出版することができました。この本の作者であるハン・ガンは韓国ではよく知られている人気作家です。後にこの作品はイギリスの権威ある文学賞として知られるブッカー賞も受賞しています。

ーー1作目からすごい作品を手がけられたんですね。そこから順調に進んだのでしょうか?

キム:なかなか進みませんでしたね。いい作品を翻訳できたと勢い込んで書店に営業に行ったのですが、反応はよくありませんでした。そもそも書店に韓国文学の棚がなかったので、扱ってもらうこと自体が難しかったんです。

「書店に棚を作るには、日本の他の出版社から韓国の本が出版される流れを作るしかない」

私はそう考えて、『K-BOOK振興会』という社団法人を立ち上げました。K-BOOK振興会では、まだ日本語に翻訳されていない韓国の本を、日本の出版社に紹介する活動を行っています。Webサイトやガイドブックを制作して、日本の出版社が韓国文学に興味を持ってくれるように働きかけているんです。

実はこの活動のヒントになったのは、私自身が翻訳エージェントとして招かれたスペイン大使館のイベントでした。スペイン大使館では、日本の出版社や本屋、翻訳家を招いて、日本でまだ翻訳されていないスペイン文学を紹介するパーティーを開催していました。とてもオシャレなパーティーで、出版関係者同士もつながりを作れる場です。こんな風に、いいなと思ったアイデアはすぐに取り入れるようにしています。

ーーキムさんがいいと思った本があったら、どのように出版社とマッチングするのでしょうか?

キム:普段から、出版社の編集者によく質問をしますね。「最近、何に興味を持っていますか?」「どんな本を翻訳出版したいと思っていますか?」と聞いて、編集者それぞれの興味や関心にアンテナを立てておきます。そうすると、面白い本を見かけたときに、あの人なら興味を持ってくれそうだとピンとくるんです。

ーー韓国の本を翻訳出版する出版社は、キムさんにとってはライバルでもありますよね。ライバルが増えることはデメリットになりませんか?

キム:ライバルがいた方が本は売れるんですよ。韓国文学の棚にさまざまな本が並ぶようになったら、お客さんも寄ってきます。品揃えのいいスーパーマーケットにお客さんが集まるのと同じ理屈です。

私たちが韓国の本を売り続けるために大事なのは、日本で韓国本の翻訳出版が続いていくこと。だから、他の出版社が韓国の本を翻訳出版するときは、私たちが運営する本屋でイベントを仕掛けて本が売れるように協力します。その本がよく売れたら、出版社は「また韓国の本を出版しよう」という気持ちになりますから。

こんな話をすると「キムさんは業界を盛り上げようとしていてえらいよね」と言われたりします。でも、私の目的は業界を盛り上げることではないんです。自分が面白いと思って紹介した本をもっと手に取ってもらいたい、買ってほしいという、とてもシンプルな理由です。

本を買ってくれるお客さんがいるから、また本を作ることができる

ーー本屋のチェッコリは、どんな経緯で始めたのでしょうか?

キム:韓国の作家を招いたイベントをよく開催するようになると、場所を借りる調整が大変になってきたんです。そこで、自分たちで本屋を開いてイベントをしたらいいのではと思いました。

「本屋をやるなら、本屋の街である神保町でやりたい!」と決めて、2015年にチェッコリをオープンしました。甘い考えではありましたが、結果として9年続いているのでいい選択でしたね。

ーー本屋ではどんな本を扱っていますか?

キム:韓国語で書かれた原書が8割、日本で翻訳出版された本が2割ほどです。もちろんクオンから翻訳出版した本はすべて揃えています。

ーー韓国語で書かれた本が中心となると、どんなお客さんが多いのでしょうか?

キム:コロナ前は韓国語を勉強している人が中心でしたが、最近では韓国ドラマやK-POPなど韓国のカルチャーが好きな人が増えています。韓国語をスラスラと読める人ばかりではなく、「韓国語で本を読んでみたいけど、どんな本を読んだらいいんだろう」と悩んでいる人も多いです。そんな方には、こちらから積極的に声をかけて本を薦めています。

ーーキムさんは本を売るのが本当にうまいですよね。私も思わず買ってしまったことがあります。

キム:「책을  읽는 사람은 아름답다. 책을 사는 사람은 더 아름답다.(本を読む人は美しい。本を買う人はもっと美しい)」チェッコリの入口に貼ってある言葉です。私が考えた言葉で、実際にお客様たちにも伝えています。

でも、本当にその通りなんですよ。本が売れるから出版社はまた本を作ることができる。買ってくれるお客さんがいなければ、本は作れないわけですから。

ーーキムさんの様子を見て、「韓国の人は本を売るのがうまいですね」と韓国人のスタッフに言ったら、「韓国人みんながそうではないですよ」と言われました。

キム:そうですね。日本人だから、韓国人だからというカテゴライズはあんまり意味がないなと思っています。私も最初に日本に来た頃は「私は韓国人だから」という意識がありましたが、30年日本に住んでいると日本人にもいろんな人がいるし、私が韓国人だからこういう性格だということでもなく、私は私でしかないと思っています。

ーー店内にある韓国語の原書は、装丁が華やかなものが多いです。

キム:韓国の本はさまざまなサイズがあり、特殊加工されているものも多いです。特に絵本は大人でも楽しめて、個性豊かですね。翻訳エージェントとして日本の出版社に絵本を紹介することもあります。でも「規格外のものは売りにくい」と言われてしまうこともあるんです。韓国の出版社の社長にそんな状況を伝えると、「大人の目線で売り場の都合だけを考えるのではなくて、子どもたちにもっといろいろなものを触らせてあげてほしい。感受性を育ててあげてほしい」と嘆いていました。

ーー日本の書店と比べると、詩の本が多いですね。

韓国では詩集が多く出版されていて、よく売れていると思います。詩という存在が、身近なんですよね。誕生日に詩集をプレゼントしたり、詩を読み合う文化があったりします。

でも、日本も詩の国ですよね。短歌の本がブームになっていますし、新聞には川柳が載っていたりしますから。

ーーこんな風に、韓国の原書を実際に手に取れるお店は他にもありますか?

キム:韓国の原書をこれだけ置いている本屋はほとんどないと思います。週に2〜3回は店舗やオンラインでイベントを行っていて、韓国では有名な作家が来日することも多いので、全国からお客様が来てくださっています。

ただ、残念なのは神保町にはチェッコリ以外に韓国系のお店がないことです。飲食店などの韓国関連のお店が何店舗かあったら、韓国が好きな人が半日くらい神保町で過ごせるようになって、街にも活気が出ますよね。そんな話を神保町の人たちともよくしています。

ーー神保町に来る楽しみが増えそうです。

キム:私が知っている韓国系のお店の人を神保町に誘っています。もし、その取り組みがうまく行ったら、今度は親しくしている台湾系のお店の方たちも神保町に来たらいいと思うんです。韓国と台湾の人気作家やアーティストが神保町を訪れるようになって、アジアのカルチャーが楽しめる街になったら面白そうだと思いませんか?

そうやって自分たちも神保町に貢献したいし、それぞれのビジネスもしっかりと成功させられたらいいですよね。チェッコリの1店舗だけで頑張るのには限界があるので、みんなで協力して団体戦で盛り上げていきたいです。

ーーキムさんが韓国文学を広めたときのように、神保町の街がさらに活気づいたら面白そうです。

キム:現在のお店はビルの3階にありますが、実は移転先を探しています。以前、車椅子の方が来店されたことがあったんですね。エレベーターはあるのですが、1階から2階までは階段で上がらなくてはならない構造になっています。
せっかくお越しいただいたので「おんぶしてお店にお連れしましょうか?」と聞いたところ、「それはいやです」とおっしゃったんですね。そこで私たちが本を1階まで運び、お客様が本を選んで買っていかれたことがありました。
そのとき、さまざまなお客様がいらっしゃることを想定できていなかった自分たちを恥ずかしいと思いました。

翻訳者に求めるのは日本語の文章力。優れた翻訳者は原文を補える

ーーキムさんは翻訳スクールを開催していますよね。どんな経緯で始まったのでしょうか?

キム:日本の出版社に韓国の本を紹介して、翻訳される本が増えてくると翻訳者が必要になりました。さらに、韓国語を勉強している人たちも増えてきて、「どうしたら翻訳者になれますか?」とよく聞かれるようになったんです。
そこで、現役の翻訳者を講師にしたスクールを始めて、翻訳を学べる場を作りました。生徒が下訳をして講師が監修を担当して、クオンから出版したこともあります。

「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」も毎年開催しています。始めた理由は、優秀な方が翻訳者としてデビューするチャンスをつかんでほしいと思ったからです。コンクールでは、クオンが翻訳出版したいと考えている韓国語の本を課題本にして、翻訳した文章を提出してもらいます。最優秀賞に選ばれたら、担当の編集者も入って実際にクオンから出版しているんです。コンクールは2024年で8回目になり、毎年150〜200人ほどの応募があります。

ーー翻訳コンクールの課題本は、本屋チェッコリで仕入れて販売しています。本屋のビジネスとしても循環しているなと思っていました。

キム:そうですね。ただ、この流れは最初から狙っていたわけではないんですよ。初めて翻訳コンクールを開催したとき、「課題本はどこで買えますか?」という問い合わせがたくさんありました。韓国に行く機会のある方は現地で買い求めることができましたが、そうでない人は課題本を手に入れること自体が難しかったんですね。そこでコンクールの課題本をチェッコリで扱うことにしました。
余談ですが、毎年コンクールの課題本を発表すると、韓国の大型書店で課題本が急に売れ始めるので、書店員さんたちの間で「なぜ、今この本が売れるんだろう」と話題になるそうです。

ーークオンで新たな本を翻訳出版するとき、キムさんが翻訳者に依頼しますよね。どんな点を重視して、翻訳者を選んでいますか?

キム:私にとって翻訳者を選ぶ基準は4つあります。1つは翻訳したい本のリストをどのくらい持っているのか。2つめは日本語の文章力がどのくらいあるのか。3つめは韓国で生活したことがあるか。短期間でいいので旅行ではなく暮らす経験をして、韓国の雰囲気を肌でわかっていることが大事です。4つめは本を翻訳した経験があるか。経験はあるに越したことはないですが、経験がない方に頼むこともあります。

特に重視しているのは2つめの日本語の文章力です。韓国語の文章をただ直訳するのではなく、文脈を理解した上で解釈して日本語にすることが重要です。原文に捉われすぎず、よりわかりやすく言い換えて伝えてくれたり、作家の個性を出すためにどんな日本語の言い回しをするべきかを考えながら文章を書けたりする人がいいですね。

ーー原文通りに訳してもうまく伝わらないこともある、ということですか?

キム:そうですね。それに原文の文法が必ずしも正しいとは限らないので、原文を疑う気持ちをもつことも大事です。優れた翻訳者は原文の弱い部分を補うような翻訳をしてくれます。

ーーこれから翻訳者になりたいと思う人は、どう学んでいくといいのでしょうか?

キム:まずは、どんどん翻訳してみたらいいと思います。仕事を依頼されるのを待つのではなくて、自分が好きな本を見つけて翻訳してみる。
翻訳者になりたいと思っている方たちの中には、そもそも韓国語の本をあまり読めていない人も多いです。韓国には日本語に翻訳されていない面白い本がいっぱいあるのだから、まずはたくさん読んでほしいですね。その中で「どうしてもこの本を翻訳したい」と思える本に出会えたら、翻訳することが楽しくなるし、上達していきます。そして、同じ作品を何度も訳してみて、自分の文章を見つめ直して実力を高めていくことが大事です。

翻訳経験がないのに韓国の本の版権を調べる人もいますが、それよりも韓国語の本をいっぱい読んで、翻訳したい本のリストを増やすことが大事です。すぐ仕事にしようとはせずに、まずは翻訳を継続してやってみてほしいです。

私は留学生の時に開高健の短編集『珠玉』をプレゼントされたことがありました。日本語で読んでみると素晴らしくて、韓国の友人にも読ませたいため自分で韓国語に翻訳してみたりしました。この短編は数年おきに翻訳し直しました。自分が年齢を重ねていくと、文章の捉え方が変わったり、日本語力が上がったりするので、翻訳も変わっていくんですよね。

ーー翻訳は奥が深いですね。

キム:私はなるべく多くの翻訳者と仕事をしてみたいです。人に対してもチャレンジングな考えを持っていたいので、翻訳未経験の人にも依頼ができるような仕組みを作っていきたいです。
なぜそう思うかというと、私が初めて韓国文学を翻訳出版したときに、書店で「棚がない」と言われ続けて苦労したからです。なるべく自分のような想いをせずに、やりたいことにチャレンジした人がチャンスをつかめるようにできればと思っています。

ーー未経験の人を翻訳者に育てていくのは、なかなか大変そうです。

キム:そうですね。初めて翻訳を手がける新人翻訳者に仕事を頼むときは、ベテランの編集者にお願いするようにしています。編集者に翻訳の文章を整えてもらうことが学びになり、成長につながるからです。
一方で、新人翻訳者の編集作業は大変なので、ベテラン編集者から嫌がられることもあります。そんなときは「あなたが担当してくれないと、韓日翻訳の世界は広がっていかないのでお願いします!」と話しています。よくお願いするベテランの編集者たちには「悪魔のキムさん」なんて言われていますよ。

ーー日本での韓国文学は、これからもっと広がっていくと思いますか?

キム:もちろんです。今の広がりは私の予想の1万分の1くらいです。日本で翻訳される韓国本の点数が20倍に増えたとはいえ、まだ年間200〜300ほど。一方で、韓国で販売されている日本の翻訳本は年間4500タイトルもあるんですよ。そこを基準と考えたら、まだまだ韓国文学は日本で広がっていくでしょう。面白い韓国の本はたくさんあって、日本のどの出版社から翻訳されるか行き場が決まっていないだけなんです。そのマッチングをどんどん増やしていきたいですね。
今、韓国文学を好きな人は韓国に興味がある人が多いですが、そうではない読者も韓国文学を読んでくれるところまで盛り上げていきたいと思っています。

ーー出版社、本屋、翻訳スクールなどさまざまな仕事をしているキムさんが、仕事をする上で大事にしていることを教えてください。

キム:常に100点満点を目指すのではなく、78点くらいでいいと思うことです。私たちは多くのプロジェクトを動かしていて、こまごまとした仕事も多いです。だからこそ、いつも100点を取ろうとすると、自分たちが楽しめなくなってしまうと思っているんです。
例えば、本屋のイベントの時に、参加したお客様にも椅子を運んでもらったっていい。お客様自身もイベントに参加している気持ちになるし、一体感も生まれます。
「日本のお店では、そういうことをお客様にさせない」と言われることもあるのですが、私は日本人も韓国人も関係ないと思うんです。どうやって一体感をつくるかが大切です。

ーーもっと互助的に助け合えばいいのに、システム的になっているということなんでしょうか。

キム:そうですね。正義感が先に立ってしまっている気がして、息苦しく感じることもあります。世の中がそういう方向になっていっている気がしますね。これは日本だけのことではなく、韓国も社会がどんどんシステム化されているので、同じ風潮はあると思っています。個人的には、世界が変わっていったとしても「この場は違うよ、もっと遊ぼうよ」という感覚を大事にしたいです。

ーー今後、キムさんがやってみたいことはありますか?

キム:引き続き、韓国文学の翻訳出版を進めて日本でもっと売っていきたいです。また、すでに韓国で刊行されたものを日本語に翻訳するだけでなく、出版社と交渉して日韓で同時に本を刊行してみたいですね。動画サイトで全世界同時に公開するみたいに。今はそれができる時代になっているし、実現したら面白そうじゃないですか。(了)

金 承福(きむ・すんぼく)
ソウル芸術大学で現代詩を専攻。1991年に卒業して来日。日本大学芸術学部文芸学科を卒業後、広告代理店に勤務し、ウェブ制作会社社長を経験。2007年に出版社クオンを立ち上げる。15年、神保町に韓国語書籍を専門に扱うブックカフェ「CHEKCCORI(チェッコリ)」をオープン。専務理事を務めるK-BOOK振興会は例年『K-BOOKフェスティバル』を開催。クオンでは翻訳スクール・翻訳コンクールも運営している。

K-BOOKフェスティバル2024
会期:11月23日(土)~24日(日)
会場:出版クラブビル(東京都千代田区)
HP:https://k-bookfes.com/

撮影/深山 徳幸
執筆/久保 佳那
編集/佐藤 友美

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