ここでしか得られない何かのために、今日も本屋へ行く。『本屋のない人生なんて』
「誠に勝手ではございますが、〇〇書店は9月末をもちまして閉店いたします」
そのお知らせをXで見たとき、「悲しい」と「寂しい」と「後悔」がないまぜになったような、何とも言えない気持ちに襲われた。
このあたりでは一番と言っていいくらい大きな本屋で、人文書なども豊富に取り扱っている品ぞろえのいいお店だった。訪れるたびにたくさんの本が出迎えてくれて、何時間でもいられそうな穏やかな空気感があった。
自宅からは少し離れたところにあるので頻繁には行けていなかったけれど、近くで何か用事があるときには必ず立ち寄っていたお気に入りの本屋。
あの本屋がなくなってしまうのか。私がもっとあそこで本を買っていたら、閉店をまぬがれたのだろうか。人ひとりが買う本の冊数なんてたかが知れているけれど、そう思わずにはいられなかった。
本屋の閉店はここ数年でよく見聞きするようになった。特に地方では本屋がない地域も多くあると聞く。出版文化産業振興財団の調査によると、2024年3時点で本屋が1店舗もない自治体は482市町村あり、日本全体の27.7%に上るのだそうだ。本屋の数は、残念ながら減り続けている。
もちろん、ただ単に本を買うだけならAmazonで十分だろう。購入ボタンをポチッとすれば翌日には届くし、わざわざ本屋まで出かける必要もない。けれど。
私は本屋で本を選んで、本屋で買う機会を失いたくない。さまざまな本が並ぶ本屋の中を回遊魚のように泳いでワクワクしたり、まだ読んでいない面白そうな本を見つけてテンションが上がったりするのが何より好きだから。これは、ネットショップで買うだけでは得られない感覚だ。
そんなある日、いつものように本屋をじっくり見て回っていると『本屋のない人生なんて』という本が視界に飛び込んできた。まさに私の気持ちを代弁してくれるようなタイトルの本。思わず手に取り、すぐレジに向かった。
この本は、日本全国にある11か所の本屋と、そこに携わる人々を訪ねたノンフィクションだ。北は北海道、南は熊本まで、個性豊かな本屋が次々に登場する。
それぞれの店主の前職や、本屋を始めた経緯はさまざまだ。自ら書店を開業した人はもちろん、地方の書店チェーンで働いていた人もいれば、親が始めた書店を継いだ人もいる。書店員の経験すらほとんどない状態で書店を開いたパターンも少なくない。けれど、そこに宿る想いはみな共通していると感じた。それは、本のある場所を守りたいという想いだ。
静岡県掛川市にある高久書店は、新型コロナウイルスが流行し始めた2020年2月にオープンした。この店を営む高木久直さんは、自らを「本屋バカ」というほどの本好き。ローカル書店チェーンのエリアマネジャーの職を辞めて、収入が下がるとわかっていながら本屋を始めたのは、「この町の人たちにしっかりと本を届ける場所をつくりたい」からだという。
高木さんは高校2年生のとき人生に悩み、自殺も考えたことがあった。そんなときに書店で出会った手塚治虫『火の鳥』全十四巻を読み通すうち、長く苦しい思考のトンネルから抜け出せていたのだと語る。
本との縁は不思議なものだと思う。私自身も悩んでいることがあるときは、よく本屋に立ち寄って本を眺める。そうしていると、ふと目に入った本に欲しかった答えが書かれていたりするのだ。
高木さんは辛い時に本屋に支えられ、救われた経験があった。だから、かつての自分のように迷いを抱えた子どもたちが、自由に本と出会うことのできる場所があってほしいとの想いを胸に、本屋を開いた。
子どもたちに対してだけではない。本屋に来られない地域の高齢者のために、本の宅配サービスも行っている。
数年前に、掛川駅前の商店街にあった本屋が閉店。交通の足のない地域の高齢者が、気軽に立ち寄れる本屋がなくなってしまったのだという。そこで高木さんは、ケータイのショートメールで本の注文を受け、入荷があり次第自宅まで届けるシステムを編みだした。お客さんが買った図書カードを預かり、そこから代金を引くことで支払いも完了する仕組みだ。歩いて行ける範囲に本屋がなくなってしまった高齢者にとって、この方法はとてもありがたいのではないかと思う。
書店がなくなってしまった、いわゆる「無書店地域」に本を届けるべく、高木さんは「走る本屋さん」の活動も行っている。中古のエブリイワゴンに本を積み、書店のない地域を訪ねて回っているという。
無書店地域が増えている、と危機感を持つことは誰にでもできる。けれど、それに対して実際に行動できる人がどれだけいるだろうか。この高木さんの行動力と熱量の高さには、圧倒される思いがした。
高木さんだけではない。この本に登場する書店の店主たちはみな、いかに地域に貢献するか、いかに本を届けるかに心を砕き、工夫を続けている人ばかりだった。本屋を続けていくには利益を上げることも必要だ。けれどそれだけでなく、この世の中に本という存在が必要だと信じて、本をできる限り多くの人へ届けようとしている。その強い熱意をもって、本屋を営んでいる店主ばかりであることが印象的だった。
「私はね、本屋という商売はもう終わった、と思っている人たちを見返したいんですよ」
高木さんのその言葉に、すべての書店主たちの想いが詰まっているように感じた。
閉店前にどうしても行きたくて、予定を調整して例の本屋を訪れてみた。いつもと変わらず、たくさんの本と温かい空気が迎えてくれた。別れを惜しみながら、一つ一つの棚をじっくりと見て回った。
本屋がなくなってしまうのは悲しいし残念だ。けれど、ここで本に囲まれて感じた心地よさや本の香りはずっと覚えていると思う。
ただ、悲しいことばかりではない。実は、その近くに新たなシェア型書店がオープンしたのだ。一般の方が棚を借りて好きな本を置けるスタイルのその本屋は、小さいながらも着実に地域に根付いているようだ。
消える灯があれば、新たな灯も生まれる。一つ一つは小さい灯でも、それが増えていけばきっと大きな灯になる。
本屋には、ネットショップでは得られない何かがある。それは知識欲や好奇心を満たしてくれるだけにとどまらない。
訪れた人を拒否せず受け入れる、本の懐の深さ。辛い気持ちを抱える人や、弱っている人の避難所のような場所。ここなら弱い自分をさらけ出しても大丈夫、という安心感に包まれる場所が本屋なのかもしれない。だから私は本屋へ行く。ここでしか得られないものを得るために。
私も先ほどとは別のシェア型書店で棚を借り、小さな本屋を営んでいる。この本に登場した本屋の店主たちのように、私も本のある場所を守り続けたい。
文/羽石 友香
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