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13人のNulbarichが魅せてくれた「CLOSE A CHAPTER」

「一旦しゃがみます」とリーダーのJQさんがInstagramのストーリーズで投稿した。2024年2月のことだった。それが、バンドNulbarich(ナルバリッチ)の活動休止の発表となった。きっといつか活動再開をするだろう。しかし休止前の最後のステージの今日は、さすがに少しさみしい気持ちがする。いつ活動再開をするのかは、発表されていない。

Nulbarichは様々なジャンルの音楽を演奏するバンドだ。ある説明によるとアシッドジャズというジャンルで彼らは案内されていた。一言で言うと、ジャズに電子音を合わせたダンスミュージックというところだろうか。更にNulbarichは、メンバーが固定ではない。リーダーのJQさんと親交のある演奏者の中で、その日にスケジュールが合う6〜7人のメンバーがステージに立つ。しかし最終公演である今日は、これまでステージに立ったことのある全てのメンバー、13人が参加する。ギターだけでも4人もいる大所帯だ。

席に着いてしばらくすると、薄暗いステージにメンバーが現れた。誰からともなく楽器を鳴らし、しだいに音が重なり、即興で前奏曲が組み立てられていく。段々とボリュームも高まっていき、ドラムの今村さんがシンバルを大きく叩く音で興奮が頂点になる。これがファンファーレだ。オープニングの曲をその場で作り出すNulbarichならではの光景を見て「これがNulbarichだよなぁ〜」と心の中で僕は呟いた。

Nulbarichは、日本のポップミュージック界では最も即興が多いバンドなのでは? と思うほどに一つの曲を色々なパターンでくずして演奏する。それが聞いていて楽しくて、何度もライブに足を運んでしまう。しかし、3曲目に「NEW ERA」のイントロが始まった時、おお、と僕は小さく声をあげた。原曲に近いバージョンでの演奏だったからだ。この曲を原曲に近い形で久しぶりに聞けたことで、僕はまるで取っておいたデザートをようやく食べさせてもらえたような感覚がした。しかも4曲目には僕が大好きな「Handcuffed」が演奏された。なかなか演奏されない曲なので、少しさみしい思いをしている僕の心を見透かされているような気がした。

JQさん以外のメンバーも心の底から楽しそうに、笑顔を湛えながら演奏している。これは、僕がこのバンドを好きな理由の一つだ。会社でも、みんながこれくらい楽しそうに仕事ができたらいいのになといつも思う。今日はいつにも増して、みんな笑顔だ。きっと、今日のライブへの思い入れが大きいのだろう。

NAPPO(なっぽ)さんというギタリストがいる。僕が彼をNulbarichで見たのは2021年6月の公演が最後だった。彼は腕を大きく振ってあおったり飛び跳ねたりと、Nulbarichというバンドの感情面の要の存在だと感じていた。しかし、彼はその2021年の公演の後、体調を崩していたそうだ。全員集合する今日の公演で、僕は彼の姿を見ることが特に楽しみだった。派手なボディーランゲージは健在。あの日の彼が帰ってきたのだと、僕はホッとした。

ライブの途中、JQさんによるメンバー紹介があった。JQさんは感傷的になることを避けたかったのか、メンバー紹介はサクサクと進んでいった。しかしNAPPOさんの番になった時、JQさんは彼の近くに駆け寄り、肩を叩きながら「よく戻ってきたなー!」とマイクを通して叫んだ。底抜けに明るい声で。リアクションが大きいはずのNAPPOさんは、少し微笑んだだけだった。その瞬間を噛み締めているようだった。そのまま次の曲が始まっていったが、僕はその後もNAPPOさんを見つめていた。ギターを弾くのに夢中になっている彼の表情を見ながら僕は「よかった……」と心の中で呟いた。彼の胸の中で今、どんな感情が巻き起こっているだろう。生きていれば、たった数年でも色々なことがある。僕は、Nulbarichと出会ってからの約6年で、自分にも起こった色々な出来事を思い出し、涙が堪えられなくなった。

ラストの曲「Sweet and Sour」は、僕は涙を目にためながら一緒に歌った。人生には酸いも甘いもありますねという事を明るくゆったりと歌った曲だ。僕にとってはNulbarichが一時休止することも人生における一つの ”酸い” になるけれど「それもラフに乗り越えてね」と言われているようだ。この曲、今は染みに染みすぎる。

バンドの慣例に従い、今日もアンコールはなしだ。演奏を終え、特に挨拶の手順が決められた感じはなく、フリーな雰囲気だった。メンバーは抱き合ったり、中央に集まって階段状のところにしばらく腰を掛けていたりした。JQさんの「泣いてるヤツいるー」というマイクを通した声で、メンバーの中に涙を流している方がいるのがわかった。さみしい思いをしているのは自分だけじゃなかったと思えて、僕は嬉しかった。メンバーはゆるい雰囲気で挨拶を済ませた後、まるで放課後のサッカー部の部員たちが校庭から引き上げていくような足取りでばらばらとステージを去っていった。「本当に終わってしまうんだ」と思っていたら、最後の最後に、Nulbarichそのものをあらわすようなサプライズが待っていた。

聞いたことのない曲が流れ、ステージ上の大きなスクリーンにJQさん1人だけが映る映像が流れた。何かコメントを言うのかな? と思っていたら、映像の中のJQさんは歌い出した。とても優しく、派手ではないがジャズっぽく、ミディアムテンポの曲だ。やがて、映像の中で上から垂れ下がった電気のスイッチのような紐をJQさんが引き下ろした。すると画面が切り替わり、バンドメンバー数人が演奏する姿と、JQさんが一緒に歌っているシーンになった。また紐をJQさんが引くと、別のメンバーとJQさんの映像。また紐を引く。これが、体感で4分ほどの曲の間に何度も繰り返された。衣装はステージ上でメンバーが着ていたものと同じなので、ステージを去ったメンバーが、そのまままたゆるく集まって演奏しているような雰囲気だった。それを見て、僕は改めてNulbarichというバンドを理解した。一人ひとりがプロの仕事をし、自由に生きる中でも時々集まり、それぞれが好きに演奏していても最高にカッコいい音楽が奏でられて、それがNulbarichの音楽になるのだ。活動スタイルそのものが、Nulbarichなのだとわかった。

活動休止という一時的な出来事を超えて、Nulbarichの活動のコンセプトをこの映像がしっかりと確認させてくれたおかげで、さよならの寂しさが少し和らいだ。チームNulbarichの心遣いが胸に届いて、柔らかい気持ちになれた。目の前のことに忙殺される日々に疲れても、Nulbarichの音楽を鳴らせば、そこにこの13人はあらわれる。レコードから流れてくる優しい音をリビングのソファでゆったりと腰を掛けて聞いているような、そんな気持ちにさせてくれるバンドだ。また必ず会いたい。

※最後に流れた映像は「Lights Out feat. Jeremy Quartus」という曲のMVだということが後にわかりました

文/hanata.jp

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